64 勝鬨と冷めたごはん①
「みんな、怖がらなくていいよ。このお姉さんとお兄さんも、僕の友だちだからね」
スライド式ドアを開けると、子どもたちはびっくりして体を強張らせた。ノアがやさしく声をかけるが、あまり反応はない。
無理もないのだろう。長時間両親と引き離され、狭い空間に押し込められていたのだから。
どの子も、就学前の三歳から五歳に見える。パニックに陥っていないだけ、本当によくがんばっていた。
「アッシュさん。あの子がシンディさんの娘さん、エミリーちゃんですよ」
ノアにうながされ、アッシュは誘拐犯を置いてから歩み寄った。
車両後部を覗くと、子どもたちはフラットに収納した座席の床に座っている。その真ん中、少し大きなお姉さんに抱っこされた小柄な少女に、アッシュはすぐ気づいた。
少女は片方だけピンクの長靴を履いている。
「エミリー」
お守りのように、シンディから託された長靴の片割れを取り出す。見覚えがあると思ったのか、少女は不安げな目をぱちくりさせた。
アッシュはドアの補助台に片足を置き、そっと身を寄せる。
「エミリーのママさんから、預かってきたのだ。心配してた。エミリーはこの靴じゃないと、お外に出たがらないのにって。一生懸命、エミリーを捜してたのだ。会いたがってるのだ」
お靴、履かせてあげるね。やわらかく話しかけるアッシュの声を、エミリーはじっと聞いていた。
怖がらせないよう、そっと小さな足を掬い取って、
まるでおとぎ話の姫の証みたいに、靴はぴたりとはまった。
「エミリーはピンクが似合うね。かわいいのだ」
目を起こして、アッシュはぎょっとした。エミリーの大きな瞳が、みるみると涙の幕に覆われていく。それはあっという間に決壊し、涙袋を越えて、きつく結ばれた唇を濡らした。
助けを求めて、アッシュはノアを振り返る。と、その時、首がぬくもりに包まれた。
「エミ――」
「わああああああんっ!!」
突然、エミリーが大きな声で泣きじゃくる。
ようやく緊張の糸がほどけたんだと、アッシュは悟った。やわらかな肌は熱く、苦しいほどの力を振り絞り、少女は体中を震わせて泣く。
これほどの感情を抱え、長い時間耐えていたのか。脆弱な体で、懸命に。
「だいじょうぶなのだ、エミリー。もうすぐおうちに帰れ――あれ?」
アッシュはぎごちない手で、エミリーを抱き締め返そうとした。だが、腕が誰かに掴まれる。エミリーを抱っこしていた、少し上のお姉さんだった。
アッシュの腕をぎゅうと抱いて、すすり泣きはじめる。
「えっ、えっ?」
すると、もう片方の腕も取られた。今度は小さな男の子だった。男の子はアッシュと目が合ったとたん、火がついたように泣く。
それが合図だったかのように、後部座席にいた子どもたちが一斉に泣いて、わらわらと集まってきた。
「ちょ、ちょおーっと待つのだ!」
戸惑うアッシュの制止は、泣き声で掻き消される。暴れ怪獣アルゴンに鍛えられたとはいえ、集団に囲まれることはまた別問題だ。
「ぬー! 助けるのだノア! ハイジ! この両手が紅に染まる前に!」
「ははは! いいじゃないですか。みんな安心したんですよ。おっかないガーディアンは、やっつけましたし」
笑って済ませるノアの後ろで、ハイジはのんきに欠伸をしていた。子どもの加減を知らない力に、倒れそうになりながら、アッシュは叫ぶ。
「裏切り者おっ!」
「アッシュさん、いい場所がありましたよ。鍵つき冷蔵庫です」
「ナイスなのだ、ノア。閉じ込めておくのにぴったり!」
ヴァーチャー基地のガーディアンを掃討したとはいえ、
多くの廃屋同様、室内は荒れ放題だったが、広くてイスとテーブルがたくさんある食堂は、居心地がよさそうだった。
しかし誘拐犯を拘束しないことには、気が休まらない。そこでノアが見つけてきたのは、調理場の奥にある大型冷蔵庫だった。
「おいっ、やめろ! こんなところに閉じ込められたら、凍え死ぬだろ!」
「建物の電気は死んでるから安心するのだ。大人しく入るの、だ!」
アッシュは後ろ手に縛ったオレンジ髪男を、容赦なく蹴り入れた。もうひとり重傷の青髪男は、ノアが応急手当てをしている。ガーゼや消毒薬は途中、医務室で拾ったものだ。
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