62 圧倒・弾幕魔のジャラード!②

 マンティスが金切り声を上げる。すぐに後退したが、水流にセンサーアイの片方とヒートブレイドを一本持っていかれた。


「なんだ。そんな攻撃系魔石持ってるなら、早く使うのだ!」


 文句をこぼしながら振り返ると、オレンジ髪男はガクリとひざをついた。アッシュがとっさに手を伸ばすも、間に合わず、地面にドッと倒れる。

 何十キロも走ったかのように、男は呼吸を乱していた。尋常ではない汗が、全身から噴き出している。

 急性疲労症候群だ。大量の魔力を消費した際に起こる病態。重度になれば痙攣けいれん、呼吸困難、意識混濁。そして、死に至ることもある。


(わかっていたはずなのだ、この人は自分の魔力量を。だから使わなかった。だけど、使ってくれた)


 アッシュは唇を引き結び、男を肩に担ぐ。


「君の思い、無駄にしないのだ。きっと助ける」

「バカだな、おまえ……。おれは、自分のためにやった、だけ……」


 シュポッ。

 ふと、どこか間の抜けた音がした。目を向けると、基地の広域投光塔にジャラードが照らされている。その肩にあたる部分で、一瞬、光条が瞬いたように見えた。

 明る過ぎる照明の中、放物線を描く飛翔体がこちらに向かってくる。

 次の瞬間アッシュは、絶叫した。


「いきなりショックシェルはズルいのだあああっ!!」


 できる限り遠くへ地面を蹴る。同時にアッシュは、担いだ男を力いっぱい放り投げた。

 驚く男と視線が絡む。なにごとか叫んだ唇の動きが、やけに緩慢に見えた。

 迫る地面を最後に、アッシュは目を閉じる。

 直後、まぶた越しにも爆発の光が苛烈に届いた。衝撃が襲い、アッシュの体は吹き飛ばされ、叩きつけられる。

 アスファルトと土が、雨あられとなって降り注いだ。


「……あれ。無事、なのだ?」


 ぱちりと目を開き、アッシュは体を見た。手足はちぎれてないし、腹に風穴が開いていることもない。塀にぶつかった背中だけが、ビリビリと痛む。


「なんで。私のいたとこより手前で、爆発してるのだ……」


 黒く地面がえぐれた爆心地は、数メートル手前だった。一体なにが起きたのか目を凝らすと、ジャラードの単眼センサーがなにかに注目している。

 その視線の先を辿って、アッシュは思わず飛び跳ねた。


「ハイジーッ!! 生きてたのだ! よかったあ!」

「勝手に"、ケホッ。殺ずな"」


 そこにいたのは、弓を構えたハイジだった。黒い上着を脱ぎ捨て、白のシャツは土埃にまみれていたが、目立った外傷はない。

 監視塔崩落前に脱出し、矢でショックシェルを打ち落としてくれたようだ。


「じゃれ"る"な、どら"猫。本気、出ぜ」

「別に遊んでないのだ、失敬な! それだけ元気なら、そのままジャラードのタゲ取ってるのだ!」


 おー。とやる気のない返事を聞きつつ、アッシュは走り出す。死にかけても無表情な男だ。

 その揺るがない姿が、アッシュの心に安堵と勇気を注ぎ、奮い立たせる。


「誘拐犯その二! 魔石を寄越すのだ!」


 アッシュは放り投げた男の元に駆け寄り、胸倉を掴んで揺さぶった。


「てめえは強盗犯か! いててっ。この馬鹿力女!」

「つべこべ言うなのだ! 死にたいのだ!?」

「ちっ。わーってるよ。どのみち俺は魔力切れだ」


 投げやりに言って、男は魔石を放り寄越した。掴み取る拍子につい、男から手を放してしまい、誘拐犯は汚い悲鳴を上げる。


「マンティスの攻撃を防いだせいで、剣の耐久度は落ちてる。魔法を撃てるのはたぶん、一回なのだ……」


 つばのくぼみに魔石をはめ、強く握り込む。アッシュの魔力に呼応し、魔石は蒼天色の光を増した。


(魔石から、知識が流れてくる。そっか。君の名前はレブマなんだね)


 ジャラードの弾幕が飛ぶ中、ハイジはブリーゼブーツで避けながら、弓で応戦している。加勢するべく走り出したアッシュを、隻眼せきがんのマンティスが追跡してきた。


「おい! 絶対に返せよ! それ何百万もすんだからな!」


 誘拐犯が吠える。マンティスが横から突進してくる。軽やかに避けるアッシュの目はただ一点、ジャラードに注がれていた。


「ハイジ! カバー頼むのだ!」

「ぶぢかま"せ」

「……わかってるのだ!」


 後ろを確認し、アッシュはあえて足をゆるめる。切り返したマンティスが、再びブースターを点火させる姿にほくそ笑んだ。


(ぶちかませ……本気を出せ……。ハイジはもしかして気づいてるのだ? なのに怖がらず、任せてくれる。そうだとしたら)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る