60 目覚めるヴァーチャー基地③

 ジャラードは弾幕魔だ、と父ジルは言っていた。両腕のガトリング砲からライトバレットを連射し、反撃を許さない。そして遠くの敵には、肩の小型砲台からショックシェルを放ち、すべてを灰に帰す。

 頑強な二本足は逆関節型で、巨体に反し、安定性も機動性にも優れると聞いた。

 アッシュも話に聞いただけで、交戦したことのないガーディアンだ。


「厄介なの引いちゃったのだ。ノア、これ以上増えないように、ルシオルは全部黙らせておくのだ……!」


 塀の外でがんばっている仲間を思い、アッシュも自身を鼓舞する。

 先ほどのマンティスが身をひるがえし、再び向かってきた。直線攻撃はすでに見慣れている。アッシュは最小限の動きでかわし、すれ違い様を狙った。

 しかし二基のブースターが倒れ、マンティスは急旋回してくる。


「なぬ!? フェイントなんて頭いいのだ!」


 ドリフトをかけながら、なぎ払ってくるブレイドを、アッシュは剣でいなす。だが、ブースターで増強された勢いはすさまじく、押される。

 目か足を潰せれば。そう思った時、緑の雷光が瞬き、センサーアイのひとつを貫いた。


「ハイジ!」


 つづけて放たれた矢が、前肢の関節に刺さり、次の矢が頭部の支柱を射抜き落とす。

 どれもマンティスの脆弱ぜいじゃくな部位を狙った、正確無比な矢筋だった。


「びゅーてぃふぉー! そのままジャラードの引きつけ頼むのだ!」


 歓声を上げながら、アッシュはマンティスの後肢を一本斬り落とした。そして剣先をジャラードに向け、ハイジに指示を出す。

 頭部と足の一部を失い、マンティスの脅威は低下した。そうなれば、真っ先に警戒すべきはジャラードだ。

 声は届かなくても、ハイジも同じ判断をするだろう。アッシュは背中を仲間に預け、ブリーゼブーツですばやく移動する。

 無数の穴があいた塀の下で、青髪男はぐったりと倒れていた。


「誘拐犯、なに寝てるのだ! ひとりだけ楽なんかさせないのだ!」


 耳を近づけると、かすかに呼吸音がした。アッシュはサッと男の体を見回す。

 耳、肩、太ももから出血している。体の半分が血濡れだ。特にえぐれた片耳の周りがひどい。


「でも急所は外れてるのだ。反動が大きくて、ばらつきやすいガトリングでよかった。悪運だけは強いのだ」


 ごめん、と断りを入れて、アッシュは男を肩に担いだ。とたん、男が苦痛の声を上げる。痛みで意識を取り戻し、暴れ出した。

 しかし、構っている暇はない。あらかじめ目をつけていた、数メートル先の陥没した地面に運び込む。


「ハァッ、ハァッ……。なんで、お前……助け、う……!」

「黙ってるのだ。呼吸に集中して」


 男のネクタイを外し、気道を確保してやる。そのネクタイで足のつけ根をきつく縛り、太ももの止血をした。

 震える手からレーザーガンを抜き、肩の傷へ導く。そこをしっかり押さえているようにと、男の手をぎゅっと握った。


「少し耐えるのだ。ガーディアンはちゃちゃっと倒してくるから」

「な、んで、なんでだ、くそ……! 同情なんかいらねえ! 正義面すんなよ! 俺らをオカズに、ハァッ、自慰したいだけだろっ! ゴフッ、ゲホ……!」

「理由がなきゃダメなのだ? だってパパもノアもみんな、私を助けてくれたから。助けるのが当たり前だと思ってたのだ。それに……」


 猫耳カバーつきフードを目深にかぶり直し、アッシュは立ち上がる。


「悪人とか血とか関係ない。命は平等って、そう信じたいのだ」


 男はかすむ目を凝らすように、アッシュを見上げた。血に汚れた唇が、なにかを紡ぐ。

 その時、耳元を風切り音がかすめた。アッシュの足元に、緑の矢が刺さっている。


(ハイジからの警告!)


 そう理解するや否や、アッシュは男のレーザーガンを引っ掴み、穴から飛び出した。


「ちょっとこれ借りるのだ!」


 地表へ出た先にいたのは、頭部を失ったマンティスだった。アッシュはぺろりと唇を舐める。

 当てずっぽうに振られたヒートブレイドは、避けるまでもない。突き立てられたそれを足場に跳躍し、背中を陣取る。

 ブースターの動きを足で封じ、無防備にあいた噴射口へ、光弾を叩き込んだ。


「はい次!」


 爆発したがらくたに、もう用はない。残ったブースターに目を移すと、往生際悪く高燃焼ガスを噴き出していた。

 アッシュは悪どい笑みを浮かべ、銃を投げ入れる。とたんに、タービンのひしゃげる音が上がり、黒い煙が弾けた。


「明日の食費、寄越すのだ!」

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