59 目覚めるヴァーチャー基地②

 徐々にハイジとの距離を詰めていく青髪男を見ながら、アッシュは盾を構える。


「オラ! よそ見してんじゃねえ!」


 そこへオレンジ髪男が肉薄してきた。アッシュは振り向き様、盾で攻撃を防ぐ。

 蹴り落とした銃の代わりに、男が握っていたのはナイフだ。アッシュは相手の腕を弾き、がら空きの腹にひざを入れる。

 しかし、すんでのところでかわされ、足を踏みつけられる。おまけに盾を掴まれ、後退することができない。

 男は盾を越えて、アッシュの肩や頭に拳をくり出してくる。


「ぐ……っ!」


 その時監視塔から、ハイジの苦悶の声が聞こえた。

 まさか被弾したのか。詰められたら、弓ではレーザーガンに太刀打ちできない。


「ハイジが危ない……!」


 オレンジ髪男の拳を、アッシュはあえて米神に受けた。その間に長剣で、相手の足を斬りつける。

 踏まれていた足が解放される。すぐさま下駄のブリーゼ機能を解放し、風魔法で男を突き飛ばした。

 開ける視界。青髪男が監視塔に向かっていく。


「しっかりするのだハイジーッ!」


 盾の縁を掴み、アッシュは力いっぱい腕を振り抜いた。盾は横回転しながら、一直線に飛んでいく。

 アッシュの声で気づいたか、青髪男は振り向いてぎょっと目を剥く。銃を構えるが間に合わず、仰け反るように倒れてかわす。

 盾は監視塔の扉に突き刺さった。

 あたりに木霊するひどい衝突音。その残響を裂いて、電磁弓がかん高くさえずる。


「待て待て待て! くそ……っ!」


 直後、放たれた緑の閃光から、青髪男は獣のように這って逃げ出した。着弾地点に稲妻が走り、せつな焦げたにおいが漂う。


「どら"猫。ナ"イス、フォロ"ー」


 光の出所を辿れば、大きなとんがり耳が見えた。ハイジの無事な姿に、アッシュは安堵の息をつく。


「バカが! 盾を捨てたのは間違いだったな!」


 そこへ、あざける声が響く。見ればオレンジ髪男が、レーザーガンをアッシュに向けていた。

 突き飛ばした先に、落とした銃が転がっていたのか。失態に気づくも、男の指はもう引鉄ひきがねにかかっている。

 銃口から赤い光が放たれた瞬間、アッシュと男は闇夜よりも濃い影に覆われた。


「どら"猫! 上だ!」


 ハイジの警告が走る。同時に、光沢をまとう機体がアッシュの目の前に降臨する。


「ついにお出ましなのだ」


 四本の後肢。その上に、羽のように突き出た二基のブースター。逆三角形の頭部についたセンサーアイが、左右それぞれでアッシュと男を捉える。

 突き立てられた二本のヒートブレイドがうなり、発光し、アスファルトをゲル状に融解ゆうかいした。


「で、出たあ! マンティスだ……!」


 オレンジ髪男が叫び、レーザーガンを連射した。マンティスの両目がぎょろりと、そちらを向く。

 携帯性・秘匿性を重視した短銃は、自立警備機兵ガーディアンの前ではおもちゃに等しい。マンティスにただ居場所を教えるだけだ。


「やめろ! 逃げるのだ!」


 アッシュは剣を握り、駆け出そうとした。しかしその時、背中にゾクリと悪寒が走る。

 考えるよりも早く、ブリーゼブーツで飛びのいた。直後、アッシュのいた地面がヒートブレイドにえぐられる。


「新手のマンティス! それもそうなのだ……!」


 今やここはガーディアンに乗っ取られた、彼らの巣窟そうくつ。どんな機体が何機出てこようと、おかしくはない。

 トンッと横へ逃れたアッシュを、センサーアイは正確に追っている。ヒートブレイドを引き抜く前にブースターが点火し、高速で突進してきた。


「こんなの相手してられっかよ! おいっ、逃げるぞ!」


 体当たりを避けたアッシュの耳に、男の怒号が飛んできた。見れば、ハイジを狙っていた青髪男が、一部崩れた塀から脱出しようとしている。

 男はブリーゼブーツを作動させると、外に向かって飛び上がった。

 その瞬間、急速式パワーチャージャーの高音が響く。アッシュがハッと振り返った時には、無数の光弾が放たれ、青髪男へと飛んでいった。


「ぐうああ……っ!」


 男の体がビクビクと跳ね、服が飛び散る。せつな、針で縫い止められたかのように勢いを失った体は、塀に衝突して落下した。


「マックス!? マックスゥウウ!! ちくしょう! なんなんだよあのバカでけえガーディアンは……!」


 オレンジ髪男が、ガーディアンから逃げながら喚く。


「ジャラードなのだ」


 腹に響く足音を立て、近づいてくる新手にアッシュはつばを飲む。

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