58 目覚めるヴァーチャー基地①

「こんばんはなのだ」

「は? え、ちょちょちょ!」


 力任せに車両のドアをむしり開けて、ずいと身を潜らせる。いきなり現れた銀髪の大女に、煙をふかしていた運転席の男は目を白黒させた。

 有無を言わさず、ゆるんだネクタイをわし掴み、外に引きずり出す。

 その時、口にガムテープを貼られた子どもが何人か見えた。

 怒りがアッシュの力を増幅させる。もうひとり、ハイジが突き飛ばしてきた外の男も受け取り、ブリーゼブーツで一気に月下へ飛び出た。


「覚悟するのだ」


 鼓膜をつんと揺らす機械音。男の最初の奇声で、ルシオルはもう反応している。

 一斉に川を覗き込む青い目玉たち。それが赤へ変わる瞬間、アッシュはあらん限りの力で、男たちを高い塀の中に放り投げた。


「ちょっと待てええええ!?」

「嘘だろおいいいい!!」


 直後、響き渡るけたたましい警報音。ルシオルが赤灯をつけてから五秒も経たず、ヴァーチャー基地に非常灯が灯る。

 彼らが目覚めた。


「ノア! ルシオルの処理と子どもたちは任せたのだ!」


 アッシュは護岸壁を駆け上がり、鳴き喚くルシオルを踏み台にして、高く跳躍する。塀の上でくるりと回れば、旧聖府軍の電磁弓を携えたハイジが飛び上がってくるのが見えた。


「アッシュさん! ハイジさん! くれぐれも気をつけてください!」


 叫びながら、ノアは旧聖府軍の長剣と盾を投げた。武器を受け取ったアッシュの脳裏に、エデンとステラ、アルの顔が過る。


「早く帰らないと、夕飯食べられちゃうのだ」


 着地とともに、剣と盾を構える。

 長剣はアルトス社製。刃渡り八十センチ。切っ先からゆるやかに広がる刃幅と、柄頭の金細工が特徴的だ。量産品のためレア度はコモンだと、ノアが残念そうに言っていた。

 盾はよくわからない。説明を聞き流した。ごめん。縦長の爪型で、水色と白に塗られている。これは聖府軍のテーマカラーだとかなんとか。正直興味はない。


「高台、行ぐ」

「カバー入るのだ」


 ハイジはしなやかに下り立つや否や、塀沿いの監視塔へ走る。その背をかばうように、アッシュは前に出た。


「なんなんだよ、てめえらは!」


 放り投げられた男たちが取り出したのは、どちらもレーザーガンだ。

 電磁エネルギー系の武器は、旧聖府軍の主力装備だった。しかし人類が地上を追いやられるとともに、それらの武器は取り残される。

 後々、浮遊都市からはみ出した者が下界ニースに下り、放置された武器を漁った。

 そうしていつしかエネルギー系の武器は、ならず者の代名詞とも言える存在に成り下がっている。


「このクソ女が! 死ね!」


 青髪の男がレーザーガンを発砲する。アッシュは盾で防ぎ、突進した。一歩出遅れたオレンジ髪の男には、剣を投げつける。


「うおっ!?」


 怯んでいる隙に、青髪男を盾で突き飛ばす。すばやくブーツで飛び、オレンジ髪男が構えたばかりの銃を弾いた。

 すぐに剣を拾う。が、男の蹴りが飛んできて叶わない。


「ちっ!」


 アッシュは軽やかに飛びのいた。その背中に青髪男が発砲してくる。

 銃声で反応し、アッシュは前転で回避しつつ、目前のオレンジ髪男の後ろに回り込んだ。


「くそ! あの女ちょこまかと……!」


 仲間が射線上に入り、青髪男は撃てない。

 その間にアッシュは盾を構え、オレンジ髪男に体当たりした。


「ぐあっ!」


 大きくよろめいた相手へ、追撃をかける。

 アッシュは地面に突き刺さった長剣を支えに、男の銃を足でなぎ払った。

 カッと地面に落ちる銃。痛みに歪む男の顔を、つづけ様に蹴り上げる。そのまま宙返りし、遠心力で刺さった剣を引き抜いた。


「やってくれたなクソアマァッ!」


 青髪男が回り込んできていることは、視界の端に捉えていた。斜め後方から銃を突きつけられ、アッシュはぴゃっとしゃがみ込む。


「やーんっ。コワいのだあ!」


 は? と相手が呆けた瞬間、ヂヂヂと放電音が響き、緑の閃光が男の米神をかすめる。


「外しだ。次は仕留め"る"」


 その電磁弓を放ったのは、監視塔のハイジだ。夜空を背景に次の矢をつがえ、力を蓄えていく緑の火花が瞬く。


「あ。やっべ」


 青髪男は一目散に逃げ出した。間髪いれず、ハイジの矢が足元を穿うがっていく。

 自ら弓を拾ってきただけあり、ハイジの腕前はなかなかのものだ。相手の動きを先読みして放ち、塔に近づけさせない。男も撃ち返してくるが、身を引くタイミングも的確だ。


「でも連射性能は相手のほうが上。時間はかけられないのだ」

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