第10話 絶対なる悪意
死神に囲まれて逃げ道のない
死神は一斉に鎌を取り出し、それを振りかざそうとしている。
拓真を助けるための力は、死神に斬られた箇所から血が流れ、全身が冷たくなる中で手に入れている。
私は願っていた。次であろう拓真に危害が及ばないことを。
私は願っていた。斬られた彼の命が無事であることを。
そして私は願った。この不条理を壊すチカラを手に入れることを、私の邪魔をするすべてのものを破壊することを。
自身の願いに呼応するかのように、体の内側から熱が湧いてくる。熱く、熱く、徐々に熱を増すそれは私の心臓から全身に広がっていった。さっきまでの寒さはすべて消え去り、体に燃えるような熱がこもる。
「私の拓真に触れるな」
ドスの効いた声が|紗黄(さき)の口から発せられる。すでに流れていた血は止まっている。倒れている紅から刀を取ると、それを構えようとした。だが、私の体に広がっている『熱』が別の方法を教えてくる。
「『殺せ』」
私の言葉に従い、刀は宙に浮く。一直線に
「紗黄……?」
死神によって紅、橙乃も倒されて絶望していた拓真の目に映った一刀の刀。それが飛んできた方角に自身の最愛の人である紗黄が生きて立っていることに歓喜を漏らした拓真。
倒された死神は三体、残りは七。拓真の背後には未だ死神が残っており、大型の鎌が拓真に牙を向けている。
拓真は紗黄が生きていることで安堵し、危機が迫っていることに気づいていなかったが、それは一切気づかせないまま終わった。
「『断ち斬れ』」
一閃、それで決着はついた。 七体いた死神は拓真に鎌を振り下ろす前に塵となる。振り返った拓真の目には死神の姿は見えなかった。
「拓真ぁ!」
「紗黄ぃ!」
俺は紗黄の下へと走り出す。紗黄も同じように向かってくる。邪魔をするものはここには誰も居ない。俺たちは抱きしめ合い、お互いが生きていることを確認し合う。信じられない体験もした。怪我もした。最愛の人を失いかけた。それでも、今の俺達に失ったものは一つもない。今日の出来事は貴重で、一生のうちに味わえないような経験もいくつもできた。同時に嫌な思いもたくさんした。だが、俺たちは無事に生きてここにいる。
俺たちが一分以上、いや、正確には分からないがただただ無言で抱きしめ合っているところに、意識を取り戻した紅が近寄ってきた。
「今回の一件にお二人を巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」
紅が深く深く頭を下げこちらに謝罪してきたので、慌てて腕を解いて体勢を整える俺と紗黄。
「いや、紅たちは悪くないでしょ?怪異に襲われたけど、ちゃんと無傷で脱出できたし」
紗黄の言う通り、紅たちは悪くないだろう。むしろ紅たちがいなかったら俺たちは『きさらぎ駅』から脱出できなかっただろう。俺たちだけでは絶対にあの場から動くことすらできないし、ましてや怪異から逃げることなどできない。
「いえ、そのようなことが起きないように事前に対処するのが本来の『陰陽師』の仕事です。なのに『きさらぎ駅』から出るためのサポートもせず、あまつさえその後の対応が遅れたせいで『死神』によって怪我を負―――」
紅が頭を下げたまま長々といろんなことを言っているが、ようするに自分たちのミスを謝罪している。だが、あの状況下で最善の方法で俺たちのことを救ってくれたと俺は思っている。紗黄も「そんなことはないよ」と紅に言っているので同意見だろう。
「話は変わりますが、お二人は今後今までと同じように日常生活を送ることができません。」
ずっと謝罪していた紅はやっと顔を上げ、俺たちに別の話をしてきた。同じような日常生活を送れない!?え、俺たちなにかしたか?
「どうして?」
紅にその理由を聞く俺。
「本来であれば『怪異』に巻き込まれた人が妖力に目覚めることがないので、記憶処理をして元の生活に戻ることができます。ですが、お二人は妖力に目覚めているため記憶処理ができないので、もうただの一般人としての生活には戻れなくなっています」
俺が妖力に目覚めたのは特殊な例だったのだろう。紗黄もさっきの刀の攻撃を見た感じ、明らかに妖力に目覚めているし、たしかにこの力を持ったまま今まで通りの日常生活を送るのは色々と問題があるだろう。
「なら俺たちは今後どうすればいいんだ?」
もうただの一般人として生きていけない以上、受け入れるしかない。俺は今後の生活について紅に質問をした。
「今後お二人には俺たちと同じ『陰陽師』になってもらいます」
まじか、俺たちが陰陽師に。力は手に入れているかもしれないが、如何せん右も左もわからないルーキーだ。そんな簡単になれるものだろうか?
「紗黄さんは莫大な妖力がありますね。拓真さんも平均以上の妖力がありますし、素質が十分にあります」
素質があると...う〜ん選択肢もないみたいだし、考えても意味はないが『陰陽師』になる...か。親になんと言ったらいいか分からないが、俺の力で誰かが救われるというのなら断る理由はない。なりたい職業もないし、意外といいのかもしれない。
「いきなりで申し訳ないですけど、今から涼介たちを連れてくるんで待っててもらってもいいですか?あまりにもこっちに来ないので心配で、」
そう言って何処かに行ってしまった紅を見送った俺たち二人は、今後のことについて話し合うのであった。
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公園から消えた男、グリードはどこかのビルの屋上から独り言をぽつりとつぶやく。
「紗黄、お前は僕たちの希望だ」
その男の目には炎が灯っていた。
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