第8話 螺旋地獄
俺は倒れこんだ紗黄の安否を確認した。血を流し流しているが息はまだわずかにあるようだった。
「おい、紗黄?紗黄?」
「……」
ただし、紗黄の意識はなく血が止まらずに流れている。紗黄が命の危機に瀕しているのは明白であった。急いでバッグからスマホを取り出して、救急車を呼ぼうとする。
119を押して右耳にスマホを傾けた次の瞬間、スマホが下へと叩き落される。
(は?一体何が!?)
振り返った俺の目に映ったものは古いローブで身を包んだ下半身のない骸骨、空想上の存在『
死神は鎌を振り払いスマホを横へと投げ飛ばすと、今度は俺目がけて鎌を振り下ろしてくる。しゃがんだままの俺は回避することなどできず、正面右上から左下にかけて大きく鎌で斬られる。
あまりの痛みに俺は倒れ込み、叫びながらのたうちまわる。斬られた部位が焼けるように痛い。着ていた服に赤い血が滲んできている。
紗黄のことを庇うような立ち位置にいた俺が離れて満足したのか知らないが、こちらに興味をなくした死神。脚がない死神は滑るように移動しながら紗黄の近くにたどり着く。近づかせてなるものかと痛みに耐えながら、体を這うようにして紗黄のもとに向かうが力がまったく入らないせいで一向に近づけない。目の前にいるというのに何もできない。
死神が鎌を構えた。両手で持っているそれは人の命を奪うのには十分すぎるほどで、今の紗黄であれば簡単に命を断ててしまう。
自身の死が迫る中、愛する恋人、紗黄の死の光景を目の当たりにしかけた
心臓から何かが体中に流れ出し、広がる感覚がする。暖かく、心地よい感覚のするそれは、体に力を与えてくる。斬られた胸から流れていたはずの血はピタリと止まり、焼けるような痛みも急に消えた。その時ちょうど死神の鎌が振り下ろされ始めた。
「させない!」
体を起こした俺はそう言って右腕を紗黄と鎌の間に割り込ませる。俺は今この身に流れている力が何なのかを知っている。いや、感覚で理解している。謎の声を聞いていたときに感じていたあの暖かさだ。
これは
振り下ろされた鎌は俺の右腕を真っ二つに断ち斬って、そのまま紗黄に届くように思われた。
「死神、俺の能力は『
言葉を理解しているか分からないが、俺は死神に言った。
俺の能力『無効化』はありとあらゆる事象を無効化することができる。今の俺に、攻撃は一切通らない。そして、今度はコッチが攻める番だ。
「まずは紗黄の”分!」
右手に意識を集中させ、妖力を纏わせる。結月の言葉、「怪異は妖力がないと祓えない」。裏を返せば、妖力があれば俺でもこいつを倒すことは理論的に可能と言うことだ。
俺は死神に裏拳を繰り出した。止まっていた鎌ごと弾き飛ばしながら、死神の顔を殴り飛ばす。痛覚は『無効化』で消しているため痛みはなく、怪我も攻撃と判定されるのか腫れもない。後ろに吹き飛んだ死神に向かって閃光のような速度で駆け出した俺は、そのまま右足で死神を大きく上へと蹴り上げる。今度は重力も『無効化』し、ビルの三階ほどの高さに投げ飛ばされた死神に追撃を決めに行く。
こいつの移動は地面も何も関係ない、自由自在に空も飛べるはずだ。俺は絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。一瞬たりとも隙は与えない、体勢を立て直す暇も与えない。もし一瞬でも
「これでト────」
これでトドメだ、と言おうとした俺だったが、死神が自ら横に弾き飛んだかと思えば、そのまま鎌を振り下ろしながら一気にこちらに向かってくる。
残念なことに、拓真の攻撃は死神に傷を負わせるようなものではなかった。ただ体勢を整えることができなくなるくらいの、ちょっと邪魔な攻撃というところ。殴っているときには気づかなかったが、俺の攻撃で死神が負った傷は一切ない様子。まったく削れた様子を見せない死神の姿に拓真は絶望の表情を見せる。
(もうじき『無効化』が切れる。そうしたら俺はこいつに何もできない。いや、妖力があったとしても俺じゃあこいつには勝てない。無理だ、格が違う。)
圧倒的な実力差に絶望する拓真。妖力を手に入れた興奮から気づいていなかったが、死神から醸し出されているオーラが死そのものであることを今の拓真は認識している。
絶望に打ちひしがれる俺を余所に、目と鼻の先まで迫ってきていた死神の姿が
「僕の命令は、殺さずに、無力化しろと、言ったのに、なんで、あんな、姿に、なってるんだ」
死神を掴み、その顔を何度も殴りながら誰かが話している。
「そこのお前、誰かは知らないが邪魔だな」
そう言った誰かがこちらに視線を向けたかと思うと、さっきまでの位置から一瞬で姿を消した。反応する間もなく、俺の首から血が吹き出る。『
「これでよしっと」
声が後ろから聞こえる。首を押さえながら振り返ると、そこには小さいナイフを持った男がそこにいた。妖力を使いすぎたのか、心臓から暖かさが消えていく。俺は空中から地面へと落下していった。地面と衝突した後、『無効化』で無理やり押さえていた胸の傷や、首の傷から大量に血が流れ始める。
そして俺は、意識を失った。
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