第7話 必然たる奇跡
時々振り返りながら全力で走っていたが、未だ『影』は俺たちのことを追ってきている。もうそろそろ体力の限界だなと思った
「拓真!扉があった!」
まじか。すっかり忘れていたが俺たちはトンネルにある出口を探さなければならなかったのだ。俺が何も考えずに逃げている間、紗黄はしっかりと扉を探してくれていたようだ。
「俺もすぐに入る!先に入れ!」
俺の言葉に一瞬だけこちらを向くような素振りを見せ、紗黄は『炎』を飛び越える。
「拓真、先に待ってるからね」
そう言った後に紗黄はドアノブに手をかけ、扉を開き中へと入っていった。
これであとは俺が脱出すれば全員が救われるはずだ。
「マッてヨ、イッショにいヨウ」
声が後ろから聞こえる。この声はさっきの駅員だろうか、だが俺にはどうすることもできない。それに『炎』も消えかけている、もう長くは持たないため今すぐにでもあの扉に入らなくては。
トンネルの出口まであと一歩のところまでたどり着いた俺だったが、『炎』が消えた。ドアノブに向かって伸ばした手に、ねっとりとした嫌な感触が触れる。瞬間、『影』が闇から這い出てくる。伸ばしていた右手だけでなく、足が、背中が、頭が、嫌な感覚で包まれる。
「キミもコッチのナカマだヨ」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
こんなところで死にたくない。
その願いに呼応するかのように周囲の時間が遅くなったように感じる。いや、『影』の動きが実際に遅くなり、やがて静止する。俺も指一本すら動かすことができない。
どこからか声が聞こえる。トンネルに響いているわけではなく、中性的な声が頭の中に直接響いてくる。
「なぜ、死にたくないんだ?」
言葉が自然と心に染み込む。1/fゆらぎの声と言うべきものなのか、声を聞いていると恐怖が薄れ、まるで暖かい何かに包まれているかのような感覚が全身に広がってくる。さっきまでの嫌な感じは一切感じない。
(なぜ死にたくないのか、か。なぜ...そうだな。俺は紗黄と生きるために死にたくない。俺は生きて紗黄を
幸せにする。そのために生きている、でどうだろうか?)
生きるために生きるみたいなことを言った気もするが、状況が状況だ。仕方ないだろう。
「いいね、私が手助けするのは力だけだ。きっかけは君の意思次第。君にはこれからも生きてもらわなければ困るからね。最大限のサポートはしたつもりだよ」
謎の声はそれを言い残した後、消えた。全身に広がっていた暖かさは体の内側へと沈んでいき、最終的に心臓へ集まった後、すっと消えた。その時にはさっきまで動かなかった体が動くようになっていた。
体に悪寒が戻り始める。『影』が動き出すことを覚悟して、俺は目を閉じた。今のが何だったのかは気になったが、もう考えても意味がないだろう。すべてを諦めた俺だったが、何も起こった様子がない。目を開けてみるとそこに『影』はおらず、闇だけが広がっていた。
奇跡に感動する一方で、ここから早く出なければという恐怖に急かされて扉を探す。見つかった扉のドアノブに手をかけた後、俺は開いた扉の先を見る。トンネルの中と何も変わらない闇がそこにあった。今更引き返すこともできないと腹を括り、俺はその扉を通り抜けた。
出た先はどこかの公園のようだ。月明かりと点々と置かれた街灯の光が俺の目に入ってくる。トンネルの中で暗闇に慣れていたため1度目を閉じて、目を慣らした。
その後すぐに紗黄がどこにいるのかと探そうとした俺だったが、なにかにつまずく。
確認しようとして下を向いた俺が目にしたのは、血を流して倒れこんでいる紗黄の姿だった。
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