第6話 絶望の底で
「
結月がまだ任務についてから間もない頃、同じように怪異の空間内にいた安全そうな人に声をかけてしまった。大丈夫だと思っていた、相手が子供だから怪異な訳がない。そんな思い込みがあった。しかし、それは違っていた。
子供のように意思が未成熟なものは魂の抵抗が弱い。逆に、意思が強いものほど怪異は嫌う、だからこそ怪異は自身の空間に人を閉じ込めるのだ。肉体を衰弱させ、心を弱らせ、最後の最後に自分が手にかける。一部例外も存在するが大抵はそういう奴らだ。子供を使い、警戒心を解いたものは一番のカモだ。
「お母さんとかお父さんは?」
今度も返答はない。
(もうそろそろ来るな)
結月はそう確信して神術の準備を始める。拓真先輩を説得するのは無理であろう、なぜならば彼は引き込まれている。紗黄先輩がさっきから何度も呼びかけているというのに一切反応しない。これはまずそうだ。
怪異は人を引き付ける何かを持っている、あの子供を見た時点で拓真先輩はそれにかかっていたのかもしれない、でなければなぜ彼は一度駅員の格好をした怪異に騙されたというのに話しかけてしまうのか。やはり拓真先輩を助けるには神術で祓うしかない。無理やり離せば何かしらの影響が残ることも考えられる。
「祓えたまえ 清めたまえ」
結月は
「ねぇ、おにいさん。こっちにきてよ?」
(こっちに来てよ?眼の前にいるのに何を言っているんだ?)
男の子は後ろを向いたまま拓真に声をかける。
「炎の神
結月は男の子の言葉を一切気にせずに祝詞を続ける。
そんな中、男の子が何を言っているか理解できない拓真。そんなことはお構いなしに男の子は拓真の右腕を掴む。
「ん?どうしたの。俺はここに...痛ってえ!?お前何を...いや、その顔は...」
拓真が見たものは振り返った男の子の顔、いや、顔があるはずの部分には黒い影だけが存在していた。
「
機械が故障したときの声と言うのか、ザラザラとした声がトンネル内に響く。ひどく嫌な声だ、拓真も結月も|紗黄(さき)も、全員が不快感を持つ声で男の子は話を続けようとする。
「害あるものを祓い給え 『
青い炎が結月の右腕から放たれる。それは一直線に男の子の場所、ちょうど拓真が背を向けている方向に飛んでいく。全力で投げられた野球ボールのような速さでそれは拓真の背中にぶつかり大きく炎が揺れたかと思うと、炎は男の子にまで広がる。
「ウ”ワ”ァァァァァァァァアアアアアア」
拓真を掴んでいた手を離して、大きく叫びながら倒れ悶え苦しみ始める男の子。
拓真にも広がったはずの炎はすぐに消え、一瞬だけ慌てていた拓真もすぐに落ち着きを取り戻し、紗黄へ飛びついた。二人とも無事で良かったと結月が安堵したところ、影で覆われているはずの男の子の顔から影が抜け落ち、安堵の表情が見えたかと思うと、何か喋ろうと口をパクパクと開いている。
(あ・り・が・と・う)
結月の方を見て、そう言ったのかと思った矢先、顔に『影』が戻る。
「オカアサン、オトオサン、センセイ、ミンナ、タスケテ」
『炎』で照らされていたトンネル内に影が広がる。『影』が、『影』が、『影』が、『影』が拓真たちを取り囲む。影だったものは起き上がり、三次元的な肉体を為し始める。
「このままだと間に合わない。こうなったら、先輩方はここから逃げて扉を探してください!私が道を切り開きます」
結月は怪異に抵抗することができない拓真たちを逃がすことを最優先する。
「『
術名の通り、トンネルの先へと向かう『炎』が引かれ、二本の『炎』に挟まれた一本道ができる。『影』はそれを嫌うかのように避ける。まだ完全にどいてはいないが、ある程度は減った。肉体を形成できていない『影』だが、あと五秒もすればそれを為すだろう。
(〘チャンスは一度きり〙)
俺と紗黄の思考が揃う。
一瞬目を合わせ、互いに意思を汲み取る。
今しかない。すべての影が道から退いた今、一人が通り抜けてもまだ少し隙間がある細い道を一気に駆け抜ける。紗黄を前に行かせて自分は全速力でその後を追った。駅のエレベーターに乗るときも同じようなことをした気もするが、今は状況が違う。火事場の馬鹿力で紗黄と同じ速度を維持する。
「怪異は妖力がないと祓えない!逃げることだけ考えて!」
結月の声に反応して一瞬だけ後ろを振り返ったが、『影』が迫ってきており、結月の姿は確認できない。
「”結月”あとは頼んだ!」
俺は前を向き直し、力いっぱい声を振り絞る。自分より一学年下の結月を身代わりにしたような状況だが大丈夫なのだろうか。だが、もう戻ることができる状況ではない、反省は無意味だ。
一直線上に伸びた『炎』が足元から照らしてくれているため、最低限の視界はある。『炎』に照らされたトンネル内で見えたのは、無数の『影』だった。いつまでこの『炎』が持つのかは分からない。今はがむしゃらに走り続けるとしよう。
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