第27話 球技大会 8


「見たところによると緊急性はありませんが、腰を強打したみたいですね」


あれから、俺はすぐに医務室に連れていかれ養護教諭に見てもらっていた。もっとも彼女も医師レベルの専門家ではないので100%正しい判断を下せるかと言ったらそうではないが、素人の俺が見るよりかは数段良いだろう。


あの時は、何が起きたかわからず気付いたら目の前に床があった。その後すぐに腰に激痛がはしり、立ちあがろうとしてもうまく力が入らずその場に蹲っている事しかできない。


審判の先生の指示に従い、医務室に運ばれ一応応急処置は受けたがまだ若干痛みが続いている。


とんだ災難だったが、決勝の勝敗はどうなったのだろうか。おそらく、今頃勝敗は決しているだろうが外の情報がシャットアウトされているせいでどうなったのかがわからない。


俺が抜けたせいで負けていたら申し訳ないなぁ……と思ったりしていると、医務室をトントンとノックする人がいた。


養護教諭は、報告のため職員室に向かっており、医務室には俺しかいなかった。養護教諭に用があったりしたのだろうか。


取り敢えず、「どうぞ」と言って入室を許可する。

そこに、「失礼します……」と言って現れたのは絵麻だった。


「え、絵麻……?ど、どうした??」


絵麻は俺の姿を確認すると、くしゃりと顔を歪め勢いよく飛び込んできた。


「ま、待って……まだ痛いから…」


俺の言葉が届いたのか既の所で立ち止まると、額を俺の胸にコツンと当てぐりぐりしてくる。


「ううっ……もう……ほんとに……心配しました。心臓がどうにかなりそうでした…無事…ですよね……?」


「あぁ、うん……まだちょっと痛むけど、この通り俺は無事だよ。心配かけてごめん……」


「あぁ…よかった……よかったです……」


俯いた彼女からは小さな嗚咽と鼻を啜る音が聞こえる。ぎゅっと、俺の体操着を握る力が強くなり、存在を改めて実感しているようだった。


「そういえばさ……決勝の結果知らないんだけど、どうなった?あの後どうなったか、心配でさ…」


「最初に心配することがそのことですか……!まったく、もっと自分を大切にしてください。今回は大事ありませんでしたけど、最悪の事態もあったんですからね!」


「全然無理なんてしてないし、今回に限れば俺は不可抗力だ。俺がどんなに気を付けていたところでああなったはずだ」


これまでは、ポジションが噛み合わず、あまりマッチアップすることがなく直接的に那須先輩と対峙したのは多分あの時が初めて。交代で俺がポジション変更し、彼と対峙することになったからだ。


あんな殺気に満ちたものは、初めてだった。彼からタックルを受けた時俺は既にシュートを決めるため両足を宙に浮かせており避けることが不可能だった。


手を使わずに肘を突き出して突進してきたので弁明の余地はない。


「結果は、せんぱいたちの優勝です。相手チームはあの一件から明らかに戦意喪失してて、勝負になりませんでした。那須先輩は、職員室に呼び出され後々、処分が下されるみたいです」


「そっか……優勝できたのか。よかった……」


ひとまず、安心だ。大聖が望んでいた目標を達成できたのだから。だが、那須先輩の件は……おそらく、軽い処分で済むだろう。学校も事を大きくして有望選手を潰したくはないだろうから。


それをわかっているのか、絵麻はとても苦しそうな顔をしていた。唇を噛み締め、理不尽をどうにかして納得しようと……だが、絵麻はきっと。


「せんぱい……すみません。ことを荒立てると、せんぱいに迷惑がかかるのは重々承知しています。だけど、こればっかりは黙って見過ごすことが出来そうにありません」


声を振るわせ、今にも踵を返し走り出しそうな絵麻を腕を掴んで止める。


「待て…」


「離してください…」


「ダメだ。行くな」


「せんぱいには出来るだけ迷惑かけませんから。全部わたしの責任ってことにしますから。お願いですから行かせてください」


「ダメだ」


「どうしてですか……」


「俺にとって、それが一番困ることだから」


「え………?」


「確かに俺は物理的に傷付いた。だけど、今こうして何も問題なく絵麻の前にいれてる。それで十分なんだ。もうこれ以上、無駄な争いをしたくない。それで傷付くのが絵麻なら尚更だ」


「で、でも………」


「俺のために絵麻がこんなにも怒ってくれること、それがわかっただけでも十分だ。だけど、これは絵麻がすることじゃない。俺なら大丈夫だから。取り敢えず、絵麻は明日のことに集中してくれ」


「明日……」


「そうだ。明日だ。優勝して俺にひとつ願い事を叶えさせるんだろ?このままだと俺の一人勝ちだ。それでもいいのか??」


「よ、よくないです……」


「なら、絵麻が頑張ることはもう決まったな」


「はい………明日、絶対優勝します」


「うん、それでいい」


やはり、絵麻はこうでなくちゃ。

理不尽に立ち向かうなんてそんな茨の道、歩かせるわけにはいかない。

それに、当事者は俺の方だ。

ちゃんと、自分でなんとかする。

そもそもこんなことまで絵麻に頼ってたらカッコ悪いからな。

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