第26話 球技大会 7
○side 絵麻
早朝、わたしはアラームの音で目を覚ました。
部屋のカーテンの隙間から差し込む朝日が優しく目に当たる。眩しさに包まれて目を凝らしながら、ゆっくりと背筋を伸ばした。
ベッドから起き上がると、デジタル時計が目に入り今日の日付と時刻を教えてくれる。
今日は球技大会の2日目。わたしの役員としての当番がある日であり、先輩が選手として出場するバスケットボールが行われる日でもあった。
部屋から出て顔を洗いリビングに行くと、そこはシーンと静まり返っている。いつもなら、せんぱいやお義父さん、ママたちが食卓を囲んでいるというのに。
しかし、思い出してみるとママは今日休みで、お義父さんは一昨日から短期出張で家に居らず、せんぱいは役員の仕事はなく選手に専念するだけなので、いつもよりゆっくり寝ている。
だから、この時間に起きてくるのはわたしだけということになる。因みに今日はせんぱいと学校に行く時間も違う。役員は一時間前集合が言い渡されているためだ。せんぱいと一緒に登校できなくて、少し寂しいが役員の仕事はサボれないので仕方ない。これで一緒に登校した連続登校記録も一旦は途切れてしまう。
だが、また重ねればいい。少なくともわたしはずっと一緒にいることを望んでいるのだから。
キッチンで朝食と今日のお昼を作り、朝食を食べてから学校の支度を済ませて先に家を出る。
朝食に関しては、せんぱいの分も作っておいたからギリギリに起きてきても困らないはずだ。それにお弁当に関しては選手として頑張れるようにメッセージも添えたので見てくれるといいけど。
せんぱいから朝食の感想を聞けない若干の名残惜しさを感じながらわたしは学校に向かった。
◯
私の役員としての当番は本部での集計だったため、大会が始まっても本部から動くことはなく、本部に集められた戦績をひたすらまとめていた。
集計しているので当然ながらせんぱいのクラスの情報も入ってくる。
「すごいずこい……ずっと、勝ってる……」
破竹の勢いとはまさにこのこと。せんぱいの友人である大聖先輩がいるチームということもあり注目チームとして挙げられていたが、見事にその期待に応える……いや、それ以上の結果を残しつつある。
それに何より……
「せんぱいもちゃんと活躍してる……♡」
渡される資料には試合の情報が事細かに記載されており、誰が何点決めたのかも書いてある。
グループリーグでの先輩の3ポイントシュートは大きな武器になり、チームにかなり貢献した様子だった。
せんぱいの活躍を聞いてウキウキで情報をまとめていたが直に観れなかったという心残りだけが積もっていく。
あぁ……観たかったなぁ……こんなことなら、鏑木先輩に頼んで役員の仕事にも気を配って貰えばよかった……
こればかりは、自分の情報収集不足であり落ち度は自分にある。残念ながら、後悔してもあとの祭りだ。
でも幸いなことにわたしの仕事は、グループリーグがある午前だけ。午後からの決勝トーナメントは観戦することが叶いそうだ。
せんぱいのクラスの予選突破に小さく喜び、運営の仕事を終わらせ、同級生たちと一緒にお昼を食べる。
ウチのクラスも男女両方予選突破したらしく大いに盛り上がっていた。きっと、せんぱいのクラスもいま同じような光景なんだろう。
もうそろそろ、お弁当を食べる時間だけど忍ばせておいたメッセージ読んでくれたかな??
過去に失敗した経験があるのであまり過激な内容は書かず、ただ「ガンバ!」とだけ書いておいた。
他人がみてもただの応援にしか思わないだろうけど、わたしが作っていることを知っているせんぱいなら……
どんな感想をくれるのだろう……こっそり、連絡してみちゃおっかな……でも、集中してたら迷惑だしやめといた方がいいかな……
こんなこと誰かに相談できるはずもなくただ自問自答を繰り返す。暫くして、ようやく決心がついた。
うん……感想ならあとで聞けばいいし……邪魔しないようにしよ。
お昼が終わり、クラスメイトが自分のクラスの応援に向かうなかわたしはこっそりと抜け出し、せんぱいの試合をずっと観戦していた。ベスト8は、一年生のチームだったがわたしのクラスではなかったため、罪悪感を抱くことも遠慮することもなく全力でせんぱいのクラスの応援をしていた。スタメンで活躍するせんぱいの姿はやっぱりカッコよくて、終了のブザーを聞いて嬉しそうにガッツポーズをするせんぱいをみたらこっちも嬉しくなって。強敵と思われていた三年生のチームを打ち破ったときは、思わず飛び跳ねちゃいそうになったりして。決勝に辿り着く頃には、先輩が一番見える場所で応援していた。
決勝の前でせんぱいと奇跡的に目が合った。
そして、ニコリと微笑んでくれた。
よかった……見つけてくれた。
期待してはいなかった。だって、こんなにも大観衆のなかでわたしを見つけるなんて至難な技なことぐらいわかっているから。
でも、それでも。わたしはここで応援してるよ……ってそれだけは伝えたくて。
だから、見つけてもらえて本当に嬉しかったんだ。
いよいよ、決勝が始まる。
相手は3年のスポーツ推薦のクラス。メンバーにはあのバスケ部部長である那須も含まれていた。
強敵なのは間違いない。でも、せんぱいならきっと勝ってくれる。そう思わずにはいられなかった。
「へいっ!パスッ!!」
「させるかっ!!」
試合の開始とともに繰り広げられる一進一退の攻防。
点を取っては取り返しての繰り返しだった。観客のボルテージも最高潮になり、選手自身の声が掻き消されるほど。
第三クォーターが終わる頃にはスコアは65-62。せんぱいのクラスがちょっとだけリードしていた。
あと残りは10分。正直なところこの差はあって無いようなものだ。お互い交代も上手く使っているが、どちらも限界が見え始めている。おそらく、これまでかなりの試合数をこなしてきた影響だろう。
それは、せんぱいも例外ではなくインターバルでは、俯きとても辛そうにしていた。
最後の第四クォーターが始まると激しさはより一層増していく。
「あっ……」
残り3分くらいの時だった。相手チームが疲労が原因なのか著しくズレたパスを供給した。それを見逃さなかったのが大聖先輩。見事にカットすると前線にいるせんぱいに素晴らしいパスを送った。綺麗に受け止めドリブルを開始する。せんぱいがレイアップシュートを決めているところはトーナメントでは見ていない。
おそらく、グループリーグでもなかったんじゃないだろうか。だが、こんな独走状態ならおそらく3ポイントではなくレイアップシュートを選択するだろう。たとえ、得意でなかったとしても。せんぱいが試合をこなすごとにドリブルやパスの技術が上がっているのは肌で感じていた。
今なら全然経験者と比較しても遜色ないレベルだ。
綺麗なフォームでゴール下までドリブルし、シュートを決めるためステップを踏み出した。腕が上がり、あと数秒でボールが放たれる。その時だった。
「宇積田なんかにさせるかぁああああああ!!!!」
ものすごい勢いで突っ込んでくる人がいた。
那須先輩……
バスケ部部長その人だった。きっと、誰もがディフェンスをするために手を伸ばすと思っていた。
だけど、実際は。
どかっっ!!!!
鈍い音がコートに響き渡った。
手を伸ばせば、多分正当なディフェンスだっただろう。だけど、那須先輩がやったのは、手を使わない身体だけのタックル。
最初から彼の目的はゴールを防ぐことじゃなく、せんぱいを突き飛ばすことだったのだ。予想外のところから接触を喰らったせんぱいは勢いよく体育館の壁に激突した。
慌てて、審判がせんぱいに駆け寄る。
わたしは、最初なにが起きたのかわからなかった。
だけど、時間が経つにつれて事態を把握していく。
えっ……!せんぱいッ……う、ウソでしょ……??
上半身を起こしたが腰を抑え立ち上がることが出来ない。
そんな、先輩を見るだけでわたしの頭は真っ白になって、ただその場に立ち尽くしているだけだった。
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