第28話 球技大会 9
◯ 絵麻side
3日目の朝。球技大会の最終日を迎えた。
この日は、遂に私が選手として出場する。競技はバレーボール。梅雨はもう過ぎ去ったのか、外は嘘みたいな晴天ぶりで、室内競技をするのがもったいなく思ってしまうほどだった。
寝癖で少しはねた髪を気にしながら、リビングに向かうとそこにはやっぱり誰もいない。役員の仕事があるせんぱいはもう家を出たようだった。
少し寝坊したのか朝食がいつもよりも簡単なものが多い気がしたが、お弁当はしっかり作って行ってくれたらしい。
昨夜、突然「明日は俺が弁当作るから」と言われた時は驚いたが、私が万全で居られるように気遣ってくれているようだった。そんな気遣い上手で紳士なところもたまらなく好きだ。
顔を洗ってから、食卓につく。作られてからそんなに時間は経過していないようでまだ仄かに温かい。味噌汁を啜ると何処か懐かしさがあり暖かい気持ちになった。役員の仕事がないと言ってもそんなに悠長にしている余裕はないので少しだけ急いで朝ごはんを口に運んで準備を始めた。
荷物をまとめて玄関に行こうとすると、起きてきたママと鉢合わせる。
「あれ……?まだ行ってなかったの……?」
朝方に帰宅したママはまだ眠たそうな目を擦りながらそんなことを聞いてきた。
「うん、今日は別々なの」
いつもせんぱいと一緒に登校していることを知っているママはわたしが一人でいることを不思議に思ったらしい。学校の仕事の話をすると納得したようで相槌を打っていた。
「じゃあ、行ってくるね」
靴を履き玄関のドアに手をかける。
「うん、いってらっしゃい。頑張るのよ?」
その「頑張るのよ」がどういう意味を含んでいるのかわたしにはわからない。ただ単に競技を頑張ってこいと言ってるのか、はたまた娘の覚悟を感じとりそっと背中を押してくれたのか。どちらにしろ、わたしにとっては一番のエールだ。振り返らずにひとつ深く頷いて家を出た。
〇
「あっ!おはよ〜、絵麻ちゃん!!」
教室に着くとわたしの存在に気が付いたクラスメイトが手を振って出迎えてくれた。
「おはよ〜!みどりちゃん!」
ニコニコしながら近づいて来た一人の友人に挨拶した。
この人は、みどりちゃんといってスポーツ万能でクラスメイトから一目置かれている存在だ。今回の球技大会も彼女が率先してチームをまとめ上げてくれた。
「へへへ〜、絵麻ちゃん。今日がやっと選手デビューだね♪」
わたしが本部の役員で出場できる種目が限られていることを彼女は知っていた。人数的な観点から出場するしないに限らず基本的に一人当たり二種目にエントリーすることがセオリーとなっているため、わたしのような単独エントリーは非常に珍しい。
「昨日はちゃんと寝られた??役員のお仕事で疲れてない??」
みどりちゃんは、わたしが昨日疲れた様子で帰宅したことを覚えていたらしく心配していたようだった。
「うん!全然へいきへいき!大丈夫」
わたしが昨日疲弊してたのは、仕事による疲れではなくせんぱいがあんなことになってしまったことによる緊張感から来たものだ。無事だとわかってから緊張の糸が切れどっと疲れが溢れてきただけだ。
だが、そんな事情を知らないみどりちゃんに余計な心配をかけまいと誤魔化した。
まぁ…みどりちゃんにとっては、関係ないことだし。
きっと、せんぱいとも面識がないだろうし。
要らぬ気をまわさせないに越したことはない。
「そっかぁ…それなら、よかったぁ……わたし、絵麻ちゃんも大事な戦力だと考えてるから本調子でなきゃどうしようかと思った」
「わたしを戦力として見てくれてたの……??」
あの約束を先輩に頼んでおいて情けない限りだが、自分の見立ての甘さを実感することになった。球技大会の役員の仕事は想像以上に多くこれまでクラスの全体練習に一度も参加できていない。やったことといえば、昼休みに数人でレシーブの練習やあとは家でイメトレをしたくらいだ。
優勝するとせんぱいの前で啖呵を切ったものの、明らかな練習不足で正直なところあまりの貢献できる自信はなかった。
「当たり前じゃん、クラス全員が戦力だよ??このクラス全員で優勝するんだから!」
「優勝……」
「そう!優勝だよ??絵麻ちゃんは、したくない??」
したくないわけない。
だって、せんぱいと約束したから。
「したい……!みどりちゃん、わたし優勝したいよ!」
「うん。みんなで頑張って優勝しよっ??」
「うん!優勝する!!」
本格的なバレーボールは中学校以来。
もちろん、不安は沢山ある。
だけど、それ以上にわたしはもう覚悟を決めたんだ。
◯
ソフトボールやバスケットボールを見てきてわかるようにウチの学校は私立ということもあり、スポーツが得意な生徒というのが比較的多い。そういう学校で、球技大会を行えば、必然的に大会のレベルも上がる。
グループリーグが始まり、初戦は会場の関係で少し時間が遅れて始まる私たちのクラスは、試合の時間まで他クラスの試合を観戦していた。もちろん、見ていたのは後々対戦するであろう同学年の試合なのだが、如何せんレベルが高い。まるで、部活の練習試合を観戦しているかのようだった。
あんなに速いスパイクやサーブ、ちゃんとレシーブできるかなぁ……
覚悟を決めたはずなのに試合が進むにつれて不安は増幅していった。
「え〜まちゃん??」
「うわっ……!ど、どうしたの?みどりちゃん?」
「表情固くなってるよ??もしかして緊張してる??」
「うん……緊張もしてるけど、一番は圧倒されてる……こんなにレベルが高いなんて思っても見なかった」
「まぁ…そこは、私立だし致し方ないところはあるんだけどね?でも、絵麻ちゃんもちゃんとできるよ?」
「そうかなぁ……」
「レシーブの練習してるところ見てたよ。大丈夫。ちゃんと出来てたから。あの時みたいにやればできるよ」
みどりちゃんに元気付けてもらったが、わたしの不安が払拭されることはなく初戦を迎えた。
「わ、わたしが先発なの……?」
「うん?そうだけど?」
このチームはみどりちゃんが仕切ってるため、先発も全てみどりちゃんが決めているのだが、初戦の先発にわたしの名前が。まさか、選ばれるとは思ってなかった。
「初戦だよ??ここで負けたらチームの流れも悪い方向に」
「絵麻ちゃん………」
「な、なに……?」
「大丈夫」
「え?」
「大丈夫だから。絵麻ちゃんならやれる。だって、優勝するんでしょ?それともしないの?」
「する………今回だけは絶対しなきゃダメなの!」
「うん……そうだよね。絵麻ちゃんは、それだけを考えてくれてたらいいから。コートの中には6人もいるんだよ?助け合えば不可能なんてないって!だから、ミスを恐れず思いっきりやっちゃって??」
「わかった。もう大丈夫。思いっきりやる」
「その調子だよ。絵麻ちゃん」
先発の6人がそれぞれの位置に着く。笛がなって戦いの火蓋が切って落とされた。
◯
試合開始から数分後、わたしはこの試合のレベルの高さを身をもって感じている。高校一年生の未経験も混じっている大会のはずなのに大きなミスが一つもないのだ。点をとってはとられての繰り返し。みどりちゃんが言ってくれたようにわたしも一応は通用している。だけど、決定打に欠ける選手なのは間違いなかった。
いつも、スパイクで点を取ってくれるのは他でもないみどりちゃんだから。
そろそろ、私も貢献しなきゃ……と思っていたところで、相手からの強烈なスパイクが飛んでくる。仲間がブロックしてくれていたが、ボールは味方の手に当たり場外へ。
このままだと、相手の得点になっちゃう……!スコアは、22-23。このままだと相手にセットを渡してしまう。この大会は通常の5セットマッチではなく特別ルールの3セットマッチ。だから、1セットの重みが全然違うのだ。
これを渡せば……こっちはかなり不利になる。決勝トーナメントを目指すチームにとっては絶対に落とせない試合だ。
私の足は自然と場外に踏み出した。ボールの落下地点を正確に判断し手を伸ばす。
「えいやぁー!」
渾身のレシーブだった。
再び自軍に戻ったボールは優しいトスを貰い、みどりちゃんが強烈なスパイクを決める。
23-23
やっと、これで同点になった。ゲームポイントまであと2点。
これからは、デュースすら許さない。
「絵麻ちゃん!ナイスっ!!」
チームメイトが駆け寄り、私を褒めてくれた。
「あ…だ、大丈夫??体操着……?」
「体操着……?」
みどりちゃんが指差す場所に視線を向けると、そこには摩擦で擦り減り穴の開いた体操着があった。
膝だからさっきレシーブしたときだろう。
でも、これくらいなら。
全然気にならない。
だって、優勝に比べたら安い対価だから。
「大丈夫。怪我してない。ただ、摩擦ですり減っただけ。ケガしてないよ?」
「そっかぁ〜。ならよかったぁ〜」
「心配してくれてありがとう。でも、まだ試合は終わってないから」
「そうだね。この点を無駄にしないためにも勝たないとね」
再び、位置に戻る。
これまでの不安はもう一切残っていなかった。ただ、勝利を渇望するだけ。
その日、私たちは快挙を成し遂げた。
圧倒的な成績でグループリーグを突破し、トーナメントでも優勝候補を押し除け、決勝での勝利。
この大会でMVPはみどりちゃんが勝ち取ったが、きっと私も少しくらいは貢献が出来たはずだ。
だって、みんなが私を褒めてくれたから。
―――――――――
何気に絵麻と同級生との会話の描写って初めてな気がしてます…
あと二話で完結です。
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