第23話 球技大会 4
球技大会当日の学校というのは、いつもと変わらないように思えて、場に漂う空気が少し違う。
早朝の校舎。まだ教師でさえポツポツとしか登校してきていなく、校舎は寂しく静寂に包まれているというのに、それぞれの教室には言葉では言い表せない念のようなものが漂っている。
過去最大規模ということもあり、生徒のこの大会にかけるモチベーションは相当なものだ。
それは、俺のクラスでも変わらなく教室の空気は神社に参拝に行った時のようなスピリチュアルなものがあった。
カバンを机に置いて、はぁ…と一息深呼吸。
踵を返し、風紀委員が集っているであろう応接室に向かっていった。
◯
当日の前準備と言えば、大まかに二つに分けられている。
競技で使用する用具の配置と本部テントの設営だ。
生徒会と風紀委員会を適当に分け、それぞれ準備に当たっている。俺は本部テントの設営係だった。
これらは本当なら他の生徒にお願いしたいところだが、自分たちで使うものであり他の生徒に頼むわけにも行かず慣れないながらも必死になって設営している。キャンプのテントとは少し形態が異なるが経験があれば少し違ったのだろうか。
意外なところで己の経験不足を嘆き、四苦八苦しながらも他のメンバーと協力して設営を終えた。
俺たちがテントを建て終わる頃には、用具班も終わったようでぞろぞろと本部前に集まってくる。
しかし、そんななか絵麻の姿だけが見当たらない。
おかしいな…さっきまで用具係として仕事してたはずなのに。テントを設営している間も数回見かけたのでどこか遠くに行ったとは考えにくい。
他のメンバーも絵麻がいないことに気付いたようでざわざわとし始めた。
「藤森ぃ〜〜??どこだ?いないのか〜?」
声の通る鏑木先輩の呼びかけにも絵麻は応じなかった。つまり、この場に絵麻はいないということになる。
「先輩、俺ちょっと探してきます!」
「あぁ、そうだな。頼んだ」
一人の遅刻で全体に迷惑をかけるわけにはいかない。
鏑木先輩には予定通り事を進めてもらうことにして俺は絵麻を見つけるためその場を走り出した。
もう、開会式の時間が迫っていることもあり生徒の姿が多くなってきた。開会式が行われるグラウンドには体操着を身に纏った生徒で溢れかえっている。
このなかから特定の一人を探すのは困難を極める。
だが、絵麻が時間を守らなかったり、サボったりするとは考えにくい。
彼女の近くで何かトラブルが起こっている。
そう思う方が妥当であった。
しばらく探し回ったが、絵麻らしき姿を捉えることが出来ず、最後に今回の競技種目であるソフトボールの用具室に行った時だった。
絵麻らしき声が聞こえてきたのは。
「那須先輩。わたしから話すことはありません。もう帰ります。どいてください」
「え〜?もうちょっとだけ話そうよ」
僅かに扉が開いていたため、覗き見る。
そこには、絵麻とバスケットボール部の部長である那須先輩がいた。
絵麻はソフトボールの競技に使用する用具を取りに来たのか、奥の方にいてそれを塞ぐように那須先輩が立っている。
最初はただの世間話かと思ったがどうやら違うようだ。
「やっぱさぁ〜、俺たち付き合わね??なんか俺、絵麻ちゃんのこと好きみたいだわ〜」
やはりか。
以前から、絵麻を狙う人物は大多数いた。
もちろん、那須先輩もその一人。
しかし、絵麻は告白されてもきっぱりと断っていたためそのような勢力は少なくなっていると思っていたのだが、まだ大物が残っていたようだ。
「何度言われても、わたしは付き合いませんよ?別に那須先輩のこと好きじゃないんで」
「好きじゃなくても付き合ってみたら好きになることだってあるでしょ??お試しでさ?ね?どう??」
「ごめんなさいですけど、あり得ないで〜す。まだ付き合って日の浅い彼女を一方的にフっておいて、そんな人の言葉を信じるわけなくないですか??」
「だって、付き合ってみたらなんか違うなぁ……って思うこともあるだろ?それだよそれ」
「はぁ……それを5回も繰り返しておいて説得力があると思ってます?ごめんなさいですけど、お話にならないです」
「へへぇ……そういうこと言うんだ。せっかく俺が告白したのに?学校での俺の評価知らないの?」
「知ってますよ?スポーツ推薦で3年間優秀な成績を残し、プロ入りも確実視されている天才児でしたか?」
「そうだよ!そう!だからさ、俺がちょっとやんちゃしても学校は隠蔽してくれるわけ?この意味わかる?」
「もしかして実力行使でもするんですか??女の子に手をあげるなんて……那須先輩って想像以上のクズなんですね?」
「はいはい、何とでも言えよ。そんなこと言ってられるのも今のうちだ」
はぁ……とんだ厄介野郎だ。
二人の間に入る機会を失い、そのまま聞き込んでしまったが、そろそろ介入した方がいいだろう。このままだとホントに問題が起こってしまいそうだし。
「お〜い。藤森ぃ?ここにいるのか?」
「あ、せんぱいっ!?」
わざとらしく用具室のドアを引くと、俺の顔を見た絵麻が目を輝かせる。
さっきまでの外道を見るような冷めた目とは大違いだ。
「なんだ、こんなところにいたのか?鏑木先輩が集合だって言ってたぞ。俺たちも行こう」
「ふふふ、了解でぇ〜す。すぐに行きます〜!」
用具室にヅカヅカと入り、絵麻の手を引いて連れ出そうとしたその時だった。
「ちょっと、待てよ。俺、いま大事な話をしてたんだけど?」
「え?そうなんですか?でも、鏑木先輩待たせるわけにはいかないんで、また今度にしてもらって…」
「そっか。でも、そんなの俺には関係ないから。てか、お前誰だよ?クソ生意気なんだけど」
「……風紀委員2年の宇積田です」
「へぇ……風紀委員。確か、絵麻ちゃんと同じ
那須先輩はどこまでも上からで小馬鹿にした言い草だった。
「如何にもそうですけど?同じ委員会の子がいなくなってそのまま放置するわけないでしょ」
「とか、綺麗事言って内心は絵麻ちゃんに優しい先輩って思われたいとかでしょ?いるんだよねぇ……そういうの」
笑いながら肩をぽんぽんと叩き、近づいて那須先輩はこう言った。
「ホント、お前となんて釣り合うわけねぇんだからさぁ………さっさと失せろや」
その声音はどこまでも冷たくて、どこまでも殺気に満ちていた。
そっか、失せろか。
なら、この場から立ち去ってもいいということだな。
「じゃあ、その通りにします。よし、行くぞ、藤森」
「はぁ〜い。それじゃ、もう一生話しかけてこないでくださいね?那須先輩??」
失せろと言われたら言われるがままに失せる。
別に手を離せなんて言われてないし、先輩の指示に従っただけだ。
これなら、那須先輩も文句ないだろう。
絵麻の手を引いて走り出したわけだが、当然那須先輩は阻止しようとする。
しかし、その上をかくのが絵麻だった。
走り去る時、那須先輩の脛を思い切り蹴り込んだのだ。
不意の攻撃で地味に効いたのか、那須先輩がその場で蹲り後を追ってくることはなかった。
「あ〜あ、完全に敵に回しちゃいましたね」
本部に向かう最中、隣で走る絵麻がいう。
グラウンドに向かう過程で俺が絵麻の手を離した時はとても残念そうにしていたが今はとても爽快な顔をしていた。
「別にいいだろ?遅かれ早かれ敵になってただろうし。それにこのままだと多分襲われてたぞ?」
「わたしは護身術習ってたんで別に実力行使でも全然よかったですけどね〜」
「むしろ、さっきよりコテンパンにできたかもしれません」と息巻く絵麻にちょっとだけ苦笑する。
「それに……もし危なくなったらさっきみたいにせんぱいが助けてくれるんですよね?」
「当たり前だろ?大切な……――義妹なんだから」
〇
「くそッ……許さないぞ宇積田、それに藤森絵麻。ぜったいに復讐してやるからな」
用具室では先程二人に屈辱的な仕打ちを受けた男が唇を嚙みしめていた。
様々な思い入り乱れる球技大会が始まる。
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