第22話 イイこと (球技大会 3)




あれから数日が過ぎ、球技大会本番を迎えた。


天気予報では本番当日は雨が予想され、開催できるか不透明になっていたが、当日を迎えると空は見事な日本晴れ。運にも恵まれ無事開催にこぎつけた。


いつもなら学校指定の制服を身に纏い登校しなければいけないのだが、今日は座学がないため特別に体操着登校が許されている。


夏真っ盛りと言える季節となり、制服では蒸し暑かったのでこういう措置は何気に嬉しい。


絵麻と二人で朝食を食べ、支度をしてから家を出る。二人とも今回の球技大会の運営に携わっていることもあり本番当日でも準備がある。そのため、普通の生徒よりも1時間半ほど早く登校しなければならないのだ。


早朝登校は行事時には恒例化しているが、やはり何度経験しても慣れないものだ。


夏ということもあり、日の出は早く空は明るい。

しかし、この何とも言えない睡魔だけが襲ってくる。


実際のところ、普段ならまだベットにいる時間なのだ。意識が高い人なら数日前から本番に向けうまく調整してくるのだろうが、生憎のところ俺にそんなプロ意識はない。あくびを噛み殺しながら二人で歩いていると、隣にいる絵麻がそんな俺の顔を見て、クスクスと笑っていた。


「くくく……せんぱい、顔に眠たいって書いてありますよ??」


「実際その通りだから、なんも言い訳できないな…」


「だからあれほど昨日は早く寝てくださいって言ったのに……夜遅くまでナニしてたんですか??」


「……別に勉強してただけだけど」


「ふふ〜ん、ですか……」


「残念ながら、絵麻の想像しているお勉強ではないぞ。普通の勉強だ。ここのところ、準備ばかりでろくに時間取れなかったからな」


行事の運営に携わるとこういう弊害も起きてくる。

学校に遅くまでいるということは、それ即ちプライベートな時間を犠牲にしていることと他ならない。

普段でも風紀委員の仕事でそれなりに犠牲にはしているが行事の準備はそれの比にならない。

身体的な負荷はもちろんのこと、精神的にも大きな負荷がかかる。学校で準備を終え、帰路に着く頃には心身ともに満身創痍であり、「よし!これから勉強しよう!!」などという気は余程なことがないと起きない。


かと言って、それを理由にずっと机から離れるわけにもいかないのだ。

何しろ、来年は受験生だから。


「でも、そんなに疲れてたら本番思うように動けなくないですか??」


「今日に関しては、俺は得点板係と昼の巡回くらいでそんなに仕事も多くないから問題ないんだよ」


球技大会の日程は次のようになっている。


1日目、ソフトボール。

2日目、バスケットボール。

3日目、バレーボール。


俺が選手として出場するのは2日目のバスケットボールで、風紀委員や運営としての仕事が多いのは3日目だ。だから、今日はさっき言った通り選手として出場もなければ、運営の重役を担うわけでもない。


ただ得点板の隣に待機し得点が動いたら記入し、試合終了時に本部に報告すればいいだけの簡単なお仕事。


なんなら、昼の絵麻と一緒に行く巡回の方が悩みの種まである。


一緒に行動してあのウワサに拍車をかけないか不安だ。


「えへへ…今からお昼が楽しみで仕方ないです」


「仕事や応援もちゃんとやるんだぞ?」


絵麻は3日めのバレーボールに出場するので俺と同じく今日はあまりすることがない。


「もちろんわかってますよ!わたしのクラスも虎視眈々と優勝を狙ってるんで!」


この球技大会は一見するとスポーツ推薦クラスが一強勢力に思われるが、高校で専攻競技の種目に参加できるのは二人までと決まっているのでそこまで大きな実力差はついたりしない。加えて、この学校の生徒はどういう訳か運動能力は全体的に高かったりする。

よって、スポーツ推薦組でなくとも優勝が目指せたりするのだ。


「せんぱい?」


「ん??」


「わたしイイこと思いついちゃったんですけど」


「却下で」


「まだ、何も言ってないですよ!?」


「だって……絶対ろくなことじゃないでしょ……」


こういう時の俺の予感というものはいつも正しい。

絵麻からのいいこと思いついちゃったは正直言って慣れっこになりつつあるが、今日だけはいつもと違う。そんな風に感じた。


「むぅ……別に聞いてくれたっていいじゃないですか」


口をへの字に曲げ、顔で思い切り不満げな様子をアピールしてくる絵麻。有耶無耶にすることを許さないいつもの姿勢だ。


「まぁ……聞くくらいなら」


「やったっ!やっぱり、せんぱい大好きです」


「ハイハイ…」


他の生徒なら、あの藤森からこんな風に言われたら泣いて喜んでいたかもしれない。実際、俺も絵麻とこんな関係値でなければきっとそのようになっていただろう。たけど、この会話さえも様式美。絵麻が喜んでいるのは紛れもない事実だが、数ヶ月一緒に生活していると相手の口癖もわかってくるのだ。


「で?いいこと…ってまた何を思いついたんだ??」


「ふっふっふ、聞いてくださいよ!わたしたちって今回それぞれ出場する種目があるじゃないですか」


「そうだな」


「仮に優勝したら、相手にどんなお願いでも一つ聞いてもらうってものはどうですか?」


「優勝したらか?」


「はい、優勝したらです」


「それだと、二人が優勝した場合はどうする?」



俺たちは、男女、種目とも別だ。俺と絵麻が直接相対することなく、両者とも優勝する可能性だってある。

絵麻の言っていることは、どちらかしか権利を得られない勝負事とは異なり両方ともその権利を得ることを許されている不思議なものだった。


「それはもちろん、お互いがお願いしましょうよ?だって、準備だってこれだけ頑張ったんですからお互いに得があったっていいと思うんです」


「その場合、俺は得なのか?」


「当たり前です。だって、わたしに好きなことできる権利ですよ??せんぱいはその権利欲しくないんですか??」


「っ………」


蠱惑的な笑みを浮かべこちらを覗き込む絵麻に対して俺は言葉を詰まらせた。

おかしい…数ヶ月前までならいらないとはっきり言えていたはずなのに。


「あれ〜?もしかして、せんぱいも満更じゃなくなってきたってことですか?」


「うるさいな……ちょっと回答に困っただけだ」


「ふ〜ん。ま、今はそういうことにしてあげます」


「なんで、そんな上からなんだよ」


「だって、あとちょっとなので」


その抽象的な言葉さえ、理解できている時点でダメなのだろうか。


「あ〜、早朝登校って億劫だと思ってましたけど、結構いいものですね〜。だって、こうやっても誰にも見られたりしないですし」


「あのな……」


「義妹の権利です!」


「はぁ……」


義妹の権限だと主張されたら俺はどうすることもできない。

早朝、腕を絡める男女が二人。

もし、これを第三者が見ていたら俺たちを義兄妹と認めてくれるだろうか。




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