第24話 球技大会 5



「こほん。え〜、これより球技大会を開催する!」


グラウンドに急遽建てられた特設の雛壇。

その壇上で道脇生徒会長がそう宣言した。

全校生徒1000名近くが綺麗に整列するその壮観さはその場に立ったものしかわからない。

だが、きっと凄まじい光景なのだろう。


壇上に立つ道脇先輩を本部から眺めながらそう思った。開会式も滞りなく終わり、1日目の種目であるソフトボールが始まる。男子は第一グラウンドを使用し女子は第一グラウンドよりも少しばかり小規模な第二グラウンドを使用する。学校が保有する全てのグラウンドを使用しないと円滑に進まない。それほど、今回の競技は大規模なものとなっているのだ。


今日の俺に割り当てられた当番はソフトボール女子の得点板係。ソフトボールの球審だけはより専門的な知識が必要なため体育科の教師が務めることになっている。


試合開始前に本部に寄ると、ももがいた。


どうして彼女がこんなところにいるのだろう…。

確か、ももはソフトボールに出場するので役員の割り当てはなかったはずだが。


「ちっ……誰かと思ったらクソゴミか。どうしてここにいる?」


出会って早々に暴言を吐かれる。

俺、なんもしてないのに……


「俺はソフトボールの得点板係だから道具を取りに来たんだよ。お前こそどうしたんだ?もう競技始まるだろ?」


参加選手はそれぞれのコートに整列していないといけない時間である。こんなところにいて大丈夫なのだろうか?


「別に……ちょっと、野暮用があっただけだ」


「ふふ〜ん……もしかして、翼か?」


「んなっ!?ば、バカかオマエ!そそそ、そんなわけないだろっ!?」


あり得ないと言わんばかりに手をブンブンと振り否定するももだが、ちょうど本部には翼がいる。


翼は本日、会場のアナウンス係となっていて機材を点検していたためこちらの話を聞いていないようだったが、もものこの慌てようおそらく俺の考えは正しかったようだ。


「ほ、ホントに違うからなっ!?道脇会長に呼ばれて来ただけだからなっ!?」


「あ〜、わかってるって」


「だったらその気持ち悪い笑みを浮かべるのをやめろっ!!」


「べ、別に笑ってなんかないって」


性格からは想像もつかないような健気っぷりに思わず笑みが溢れてしまった。こんなにも思ってもらえるなんて翼も幸せ者だ。

当の本人は自覚すらしていないようだけど。


「ちッ……今すぐ拳を繰り出したいところだけど、これ以上は遅れられない……命拾いしたな。余計なことしたら、次はタダじゃおかないから覚悟しとけ」


そう言うと、ももはスタスタとグラウンドに向かってかけて行った。きっと、彼女はいいところを見せるために懸命になるだろう。

翼よ、少しだけでもいいから終わったら労ってやるんだぞ、と心の中でそう言って荷物をまとめると本部を後にした。


少し遅れて、会場に到着すると両軍の選手がコートに並び整列していた。

どうやら、開始の挨拶をしているようだ。

あぶないあぶない。もう少しで本当に遅刻になるところだった。

得点板に記入するためのペンや終了後に本部に届ける試合結果を記した用紙を適当な場所に起き、試合の開始を今か今かと待っていた。


俺が得点板を担当するのが三年女子のリーグということもあり、風紀委員長の鏑木せんぱいや生徒会、風紀委員会でお世話になった人たちがちらほらいた。


暫くしてから球審の開始の合図と共に試合が始まる。

初戦から優勝候補同士の対戦ということもあり、外野の観客も大勢いて大変盛り上がっていた。


「おー!ここでAチームの素晴らしいヒット!走者がベースに戻って、一点先制だぁああ!」


どうやら、得点が動いたらしい。ここでようやく俺の出番だ。得点板の前で待機していた俺は、ササっと得点板に数字を書き記す。やってみてわかる本当に単純で楽な作業だ。ぶっちゃけ、こんなところに本部の人員を割く必要性などない気がしなくもないが、公正な試合であるため、どうしても本部の役員がしなければならないらしい。


試合が進むにつれて段々と白熱した勝負になっていく。得点が動くたびに書き足していったが、7回裏最後の攻撃。6-4のスコアで攻めはBチーム。1アウト3塁2塁の大チャンス。


ここで、打席に立つのは、鏑木先輩だった。

ホームランが出れば逆転サヨナラのチャンス。

今日も大車輪の活躍を見せていた彼女だが結果は如何に。既に塁に出た走者も離塁アウトにならないようにベースをしっかりと踏みながら固唾を飲んで見守っていた。


ピッチャーがボールを放った数秒後、気持ちのいい音が響き渡った。

それは、第一戦の試合が幕を閉じた合図でもあった。



あれから、数試合を観戦……ではなく、得点板係として帯同し時刻は正午を迎えた。ここから1時間はお昼休憩となり試合は中断する。


俺もゆっくりと食事を取りたいのは山々なのだが、初日は絵麻と一緒に見回りの仕事が割り当てられている。噂の件も相まって若干やる気がないが仕事を放棄したら後で化け物がやってくるので勤めを果たすしか選択肢は残されていない。


見回りと言っても、昼休みずっとやるわけではないし早く終わればちょっとくらいゆっくりする時間もあるだろう。


早く終わりたいなぁ……とそんな願望を抱きながらも絵麻が待っているであろう集合に向かった。


「あ、やっときましたね、せんぱい!20.68秒の遅刻です!」


「時間通りだと思ったけど…意外と細かいな」


「そうですよ!こういう行事は一分一秒が命なんですから」


約束の場所に向かうと既に絵麻はそこに居て、俺のことを待っていたようだった。手には昼休みだけ使用することが許可されているスマホを握りしめている。

友達と連絡をとっていたりしていたのだろうか。

まぁ…そんなことはどうでもいいとして、見回りだ。


絵麻がいうように行事は一分一秒が命だ。これをどのくらい意識するかによって自分の自由時間は無限大の可能性を秘めているのだから。


早く終えて、ゆっくりご飯を食べたいなぁ…


「せんぱい?急ぎません?」


「あぁ…そうだな。急ごう」


きっと、絵麻も早く帰って友達とご飯を食べたいはず。二人の思惑は見事に一致しているのだ。早く終えない理由がない。


俺たちは、さっそく見回りスポットの巡回を開始した。



「やっぱりあの二人一緒にいるぞ……」


「やっぱりほんとだったんだ…」


やはりと言っていいのか、わからないが案の定注目を集めてしまった。ちゃんと、風紀委員のバッチを付けているというのにだ。


冷静に考えれば仕事で一緒にいることなど理解できてしまうのだが、あの噂があまりにも話題性に富んでいる所為もあるのだろう。誰もがこちらをチラリと横目で流し小声で呟く。


正直なところ居心地が悪い。

間違って女性専用車に乗ったレベルでだ。


「ふひひ、みんな噂が大好きなんですねぇ……決定的な証拠なんてどこにもないのに」


そう言って隣を歩く絵麻がにやけ顔を浮かべていた。

言葉とは裏腹に表情に出てしまってるだけに、もしかしたらコイツもグルなのではないかと疑ってしまいそうになる。


「このウワサの大元が絵麻ってことはないんだよな?」


人目があるためヒソヒソ声で話しかけると、絵麻は心外と言わんばかりに、


「当たり前じゃないですか!わたしがそんなウワサを流すなんてあるわけないじゃないですか!?どうして、私がせんぱいと付き合ってるなんてウワサ――」


「ちょ、ちょっと、声デカいから!」


横をすれ違った人が思わず振り返ってしまうくらいには大きな声だった。

これ以上、暴走されるとマズイと思った俺は、半ば強引に手を引き、人混みのない場所に連れ込む。


「も、もう……いきなりなんですか……!?」


「なにって、あんなところで大きな声だして言ったら……」


「別に否定するつもりだったんだから、よくないですか?それよりもセンパイのしでかしたことの方がよっぽどマズイと思いますよ?」


「俺のやったこと……」


「ウワサの張本人たちが手を繋ぎ揃って人混みから消えたんですよ??これは、マズイでしょ……」


確かに言われてみればその通り。

強引に手を引いてここまでやってきたんだ。通りかかった人が俺たちのウワサを知っていたらもう疑念から確信に変わるだろう。

いま思えばとんでもないことをしてしまった。

ここにタイムトラベラーの方はいらっしゃいませんか??

今すぐにでも縋り付きたいんだ。


「はぁ……まあ、私にとっては不都合どころが逆に好都合なんでどっちでもいいですけど、ひとつ言っておきたいのは、わたしはウワサなんて使って外堀埋めたりなんて卑怯な手は使いません。正々堂々せんぱいをオトします。わかりましたか??」


「あぁ…うん。わかった……」


「ならヨシ!行きましょセンパイ」


「行くってどこに??」


「応接室2ですけど……」


「応接室2??もう見回りは辞めるのか?」


「いま、人前に出ていったら大騒ぎですよ。ほとぼりが覚めるまで、ゆっくりしてましょ?それに、一応は見回りしましたし」


「そうは言ってもなぁ……」


「そんなこと言ってもせんぱいお腹空いてるんでしょ?さっきからずっとお腹なってましたよ?」


「バレてたのか……」


「せっかく、せんぱいのためにお弁当作ってきましたし一緒に食べません??」


「一緒にって……絵麻は友達と食べるんじゃないのか??」


「せんぱい……なにを言ってるんですか??こんな大切な日ですよ??学校行事ですよ??思い出の日ですよ?今日こそ、せんぱいと一緒にご飯食べなきゃでしょ!?」


「そうなのか??」


「そうですよ!?競技なんて雑事よりむしろ、この時間がメインまであるのに!」


当たり前だと言わんばかりに詰め寄ってくる絵麻。

相当楽しみにしていたのか、今度は絵麻が俺の手を引いていく。


「私はせんぱいと違ってちゃんと人混みを避けていきますから観念してください」


手を握る力がより一層強くなっている気がした。


「絶対に逃しませんからね??ねぇ?せんぱい?」


このまま、拘束され絵麻と共に昼食を食べた。

1日目は、この後も順調に進み初日の日程を終えた。

明日は、いよいよ俺の番だ。


――――――――――

お久しぶりです

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

連載を再開します。今回も既に完結まで書き終えているので走り切るだけです。

最終話含めて5日間、よければ、最後までお付き合い頂けると幸いです。

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