第14話 放課後

○ 絵麻 side


「ごほごほ……悪いな、お前だけ残るようなことをさせて……」


「いえいえ、大丈夫です」


風紀委員の定期集会のあと、私は風紀委員長である鏑木先輩に呼び止められていた。

マスクをして時々咳き込みながらも黒髪ロングで如何にも風紀委員長のようなその風貌。

どこか懐かしさを覚えるその姿は同性のわたしでも思わず見惚れてしまうほどだった。


「さっき言ってた通り、あたしたちは同じチームになった。だから、当番の割り当てをしっかり決めたいと思う」


鏑木先輩が言うに現状と変わらず二人一組で校内を周回するが、曜日によってそのペアを変更するということ。


例えば、月曜の昼がわたしとせんぱいだった場合、火曜の夕方はせんぱいと鏑木先輩のペアで校内を巡回するみたいな。


これだと他の風紀委員より仕事量が少なくなってしまうが、そこは私たちの当番の日を多くして均等にするように調整するとのこと。


「話はこれぐらいだが、他に聞いてみたいこととかあるか?」


「聞いてみたいことですか……?」


「あぁ……なんせ初めての委員会なんだ。まだまだわからないことも多いだろう?本当はもう少し学校に慣れてから勧誘するつもりでいたんだが、生徒会の手があまりにも早くてな。こうせざるを得なかった」


家で話したときせんぱいも言っていたが、やはりこの時期での勧誘は異例中の異例だったらしい。

普通は早くても6月に行われる定期考査が終わってからだとか。

わたしもそれに向けて準備していたから生徒会や風紀委員会から話をもらった時は、驚いたものだ。


「そうですねぇ……なら、何故わたしを勧誘したのか教えてください」


「何故かって……?そんなの知ってどうなる?お前がただ優秀だったからじゃダメか??」


「鏑木先輩は、そんな基準でメンバーを選んでない気がします」


「ほぅ……」


「今日の定期集会でもそうでした。クセが強いメンバーで一見協調性がないように見える人たちだけど、やる時はちゃんとやる。おそらく、何らかの理由で生徒会に加入することができない優秀な人材を集めているような気がしました」


「あっはっは!スゲェな!正解だ」


鏑木先輩は、風邪をひいていることを忘れているかのように豪快に笑った。


「鏑木先輩?風邪をひいた演技も忘れてますよ?」


「ちっ……そこもバレてたのかよ」


あんなに咳き込んでいた割には瞳は虚ではなかったし、鏑木先輩の性格はせんぱいから聞いていたため、もしやと思ったら本当にそうだった。


「バレるとめんどいから他の部員にはナイショな?」


白い歯を見せ、口もとに手を当てるのは茶目っ気があるが、きっと司会をやらされたせんぱいがその場にいたら文句の嵐だったろう。


「だいたいなんで、あたしが司会までやらなきゃいけないんだ。メンバーだって揃ってるんだし他のやつがやればいい」


「それぞれ役割があるからそれは致し方ないようにも思えますけど…」


やはり、とことん自由人だった。

せんぱいがあんなに苦労している理由がわかる気がする。


「ちっ……オマエも宇積田みたいなこと言いやがって……あぁ、そうそう。お前をどうして風紀委員に勧誘したかだったな……それはな……」


「………」


「宇積田が興味津々にオマエのことを熱心に見つめていたからだ」


「せ、せんぱいが??」


「あぁ……入学式のとき、司会をしていたアイツの背後にいたんだが、明らかにオマエを視線で追っていた。宇積田は入学してからあんな風に他人をずっと見つめてるような質じゃなかったからな。アイツがそんなに気になる人材なら引き入れてみるのも一興かと思ってたが、見事にその思惑は当たっていたというわけだ」


「せ、せんぱいが……」


ステージの上からでも、わたしを見てくれていたことは知っていたが、そんなに目で追ってくれていたなんて……うふふ……


ここが学校じゃなきゃ気持ち悪い笑みを浮かべて、喜びの舞をしているところだった。

踏みとどまったわたしよ。ナイスだ。


「聞けば、お前らは中学が一緒だったらしいな。それで知り合いだったからと思っていたが、これまでを見るにどうやらそれだけではなさそうだ」


「………??と、いいますと??」


「お前ら、ただの先輩後輩じゃないだろ?」


「ど、どういうことでしょう……?」


まさか、ここまで踏み込んだことを言ってくるとは。

完全に想定外だった。

彼女の観察力がずば抜けているとは思っていたけど。


「そのまんまだ。お前ら、先輩後輩の関係にしてはどこかぎこちないんだよな。宇積田なんて、他の後輩と接するとき基本的に下の名前で呼んでいた。それなのに、お前だけは名字で呼んでいるだろ?それに、お前も宇積田に対して頻繁に視線を向けている。他のヤツらは違和感なく接してたようだが、あたしからみたらずっと不思議で仕方ない。お前らなんかあるだろ?」


早口で捲し立てる鏑木先輩に圧倒される。

高校に来て、初めての危機。

わたしとせんぱいの関係が疑われてる。

なんとか上手くやらなきゃ。


でも、どうやって?

悔しいが疑われても仕方ないだけの証拠は集まっていた。なんとか、この義理の関係だけは隠さないと……

義理の関係だけは……そうか。

別に全部が全部隠さなくてもいいのか。

最低限守らなきゃいけないのは、義理の関係だけ。

なら、私の気持ちを言ったところで何にも問題ないのだ。


「さ、さすがですね……そこまで見破られているとは思いませんでしたよ……」


「ふん、当たり前だ。風紀委員長をナメてもらっては困る。さぁ……どんな関係なんだ」


「そうですね……一言で言うとわたしの想い人です」


「は?」


「だから、私の想い人です」


「想い人………?宇積田が??」


「はい、実は中学校の頃からずっと好きだったんです」


「おい……オマエ……宇積田のどこがいいんだ……?あいつは確かに有能なしたっぱだが、恋慕はおかしいだろ?」


「おかしいってどういうことですか!?何処からどう見てもカッコよくて理想の王子様ですよ!!」


「ウソだろ……?ありえねぇ」


鏑木先輩があり得ないといった表情でこちらを見てくるが、私は別に色眼鏡でせんぱいを見ているわけじゃない。好きになる前も好きになってからもせんぱいは全く変わってない。

わたしと鏑木先輩の間にあるのはせんぱいを好きであるかないかの差でしかない。

というか、大事なことに気付いた。


「あれ……?と、いうことは鏑木先輩は、せんぱいを好きじゃないんですか??」


「あ……?変なこと言うと思ったらそんなことか。あるわけないだろ?あたしと宇積田は使役人と下っ端の関係に過ぎねぇよ。無論、他のやつよりもお気に入りではあるがな」


「じゃあ、せんぱいを狙うことは……」


「絶対ない」


そ、そうなんだ……

よ、よかったぁ……あの雰囲気からして一番の恋敵かと思っていた。

しかし、鏑木先輩にそのような意図は全くないということ。


あれ……まさか、せんぱいを好いている主要なライバルは他にいないのでは!?

もちろん、生徒の中にはいるかもしれないがそこには絶対負けない自信がある。

これは、もしかしたら当初の予定通りに夏まで仕留めあげることができるかもしれない。このままジリジリと距離を詰めていても変に逃げられるかもしれない。

ならば、短期決戦を持ち込まないと。

そうと決まれば、この鏑木先輩にも間接的に共犯者になってもらおう。


「鏑木先輩……相談があります」


「ん?なんだ?」


「常時活動で先輩の当番のところ、全てわたしに譲ってくれませんか?」


「譲ってほしいだと??いったいなにを………ってそういうことか……お前の思惑はわかったが譲れば私が他の役員に責められる。それはできないな」


「じゃあ、生徒会との会議に参加するということにして、わたしに当番を任せてくれませんか?だって、これから忙しくなりますよね?」


「ま、まぁ……生徒会との会議が入ってるのは事実だけどよ……」


「なら、先輩は別にサボってないし問題ないですよね?会議が早く終わればそのまま帰れたりしますよ……?」


「お、おまえ!あたしを甘い言葉で惑わせようとするなっ!」


「別に惑わせてません。わたしはせんぱいと一緒に仕事ができて、鏑木先輩は早く帰れる。これってとってもwinwinな関係だと思いませんか?」


「くっ………」


「それと、もし先輩が窮地に陥った時は必ず助け舟を出すと約束しますよ??」


「お、おまえぇ……」


「出来るだけサボりたい鏑木先輩からしたら、喉から手が出るほどほしいものですよね?だって、風紀委員長だって先代の委員長に頼まれたから仕方なくやってるだけなんですから」


「お、おい……どこでそれを……?」


「うふふ、ナイショです。どうですか?お約束してくれませんか??」


「ちっ……そこまで言うならわかったよ。常時活動についてはお前に一任する」


「ありがとうございます……それと、このことは口外禁止で」


「あぁ……その通りにする」


「ご協力ありがとうございます。では、また明日です!」


そう言って教室を後にする。

窮地から上手く誤魔化し、先輩の協力を取り付けるところまで成功した。


ふふふ……これで活動の時はずっと二人っきり。

早く常時活動でせんぱいと一緒に仕事したいなぁ……


あ、でも……その前にせんぱいがお腹を空かせて待ってるかもしれない。

急いで帰らなきゃ♡







「鏑木先輩と二人きりだったけど、アイツ大丈夫かな……」



――絵麻を心配し、帰路についた彼だったが、最大勢力鏑木先輩が絵麻の手に落ち、まさか自分が窮地に立っていることなどこの時知る由もない。



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