第15話 翌朝



「ふんふんふふ〜ん♪」


どういうわけか昨日から絵麻の機嫌がいい。

俺が思っているよりも早く帰ってきたと思ったらずっとこんな調子だ。晩御飯を作ってくれる時も、今みたいに朝食を作ってくれるときも。

ずっと、鼻歌混じりでなんだか足取りも軽やかだ。


「どうした??」と尋ねてみても「何でもないです~」としか言わない。


これは、何か隠し事してるな。

最初は別に興味があるわけじゃなかったが、こんなに勿体ぶられると逆に気になってくる。


「絵麻??昨日なにかあっただろ?」


「まぁ……ありましたけど……もしかして、せんぱい気になりますか??」


「まぁ……多少な」


「ふふふ、へぇ……そうなんだぁ……」


「べ、別に絵麻の個人的なものなら無理にとは言わないけど」


「個人的なものでは無いですし、せんぱいにも関係あります」


「俺にも関係あるのか……?」


俺に関係があるなら、どうして言わないのだろう。

まさか、昨日の件に関してだろうか?


「はい、昨日鏑木先輩が言っていた当番表のことですよ。今日のお昼くらいに鏑木先輩がメッセージ送るみたいなので、それがきたら言おうと思ったんですけど」


やはり、昨日の風紀委員会の当番の件だったらしい。

それで、絵麻がこんなに上機嫌ということは嫌な予感しかしないのだが……


「はい、お待たせしました!朝食がちょうどできましたよ〜」


机に並べられたのは、ご飯、目玉焼きとサラダとウインナーと味噌汁。

the日本の朝食って感じのメニューだ。


「せんぱい?知りたいですか?」


「当番の振り分けか?」


「はい。わたし、昨日のうちに当番表もらってるのでそれを送ってあげます」


「まじか」


「…………ただし、あーんさせてくれたらです」


「あ、あーん??」


「今日は登校まで時間あるじゃないですか!だから、わたしにあーんさせてくれたらこれ送ってあげます。どうです?やりますか??」


絵麻は俺の隣に座ると、箸を持って揶揄うようにニヤニヤしていた。

あ、あーん…をやれば当番表をいち早く見ることができる。

だけど、しなくても昼に鏑木先輩から送られてくる………


「ほらほら、どうします?かわいい義妹からあーんしてもらう機会って中々ありませんよ??」


「くっ………」


「時間も惜しいので10秒で決めてください。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」


「わ、わかった!やればいいんだろ!!やるよ!」


覚悟を決め、絵麻の方に向き口を開けると当人は何故かポカンとした表情を見せる。


「ほ、ほら、やるなら早くやってくれ」


「ちょっ、ちょっと待ってください!ほ、本気ですか??」


「な、なんだ?俺がビビってやらないと思ってたのか?」


「だ、だって……別にやらなくても後から鏑木先輩に送ってもらえますし……」


「じゃあ、やめるか??」


「え……?」


「俺は別に無理してやらなくてもいいんだぞ。絵麻ができないって言うなら無理に……」


「や、やります!!やらせてください!」


そう言うと絵麻は一度、ゆっくりと深呼吸してから箸を持ち直す。心なしか少し手先が震えているようにも見えた。


「さっきまでの威勢はどうしたんだ?いつもならこういう時喜んでやるくせに」


「だ、だって……まさか本当にやってくるとは思わないじゃないですか……わたしだって心の準備ってのがあるんです」


俺の寝顔を写真で撮ったり、必要以上につけまわしたりするのも全部心の準備をしていたからってことか。


「せんぱいこそ、どういう心境の変化ですか??」


「別にただ知りたかっただけだし、絵麻にやられてばかりも癪だったからな」


そう、これは義妹にただ朝ごはんを食べさせるだけだ。

仲のいい兄妹ならなんの問題もないじゃないか。


「は、はい……せんぱい、あーん」


ご飯が口の中に運ばれてくる。


「おいしいですか?」


「お、おいしい…」


初めて、あーんをしてもらったがこれ凄く恥ずかしいな。

父さんと義母さんが目の前にいたら絶対にできないやつだ。

しかし、そう感じているのは俺だけではなかったようで絵麻も頬を染めながら俯いていた。もしかして恥ずかしがっているのか?


「はぁはぁ……初めてのあーん……来年から記念日にしないと」


前言撤回。やはり、いつもと変わらない。

てか、心の準備するの早いな。


「ま、まだやるのか??」


「は、はい?」


「ほら、わりと時間が迫ってるしこのままだと間に合わなくなるぞ??」


今日はかなり余裕があったはずなのに時計は出発時間の一時間前をきっている。 

俺はあと朝ごはんを食べて、着替えるだけでいいが絵麻は他にも色々支度がある。


「あーんして遅刻するのか?」


「わたしはそれでも一向に構わない――」


「ダメだ。あーんして遅れたとか言えるわけない。今日は一旦おしまいだ」


「もぉ……仕方ないですねぇ……せんぱいを遅刻させるわけにはいきませんし、今日はここまでにしておいてあげます」


絵麻から箸を渡され、自分でご飯を口の中に運ぶ。


「せんぱい……いま当番表送ったので後で確認しておいてください」


「わかった」


ピコンとスマホが鳴り、絵麻から当番表が送られてくる。

朝食を食べ終わったら確認しよう。


絵麻も隣でご飯を食べ始めるがずっとこちらをチラチラ見てきた。

未練がましいなぁ……

急いで朝食を食べ、シンクに食器を置いてからスマホを確認する。メッセージ欄には絵麻から送られてきた当番表が貼られていた。


えっと……俺の場所は……今日の放課後、絵麻と二人で

明日のお昼も絵麻と二人。明後日の朝も絵麻と……


あれ?鏑木先輩が見えないが……


「絵麻……これってどういうことだ??ずっと、俺たちがペアになってるけど…」


「あぁ、鏑木先輩が忙しいようだったのでわたしと交代してもらってます」


「そうか………別に絵麻が無理やり入ったわけじゃないんだよな??」


「あああ、当たり前じゃないですか〜!鏑木先輩を思っての親切心ですよ?親切心!」


ほんとかなぁ……

そう言い張る絵麻に自然とため息が溢れたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る