アイツの口癖

長月龍誠

アイツの口癖

「死にたい」


 それはアイツの口癖だった。


 けれど、その口癖は俺と二人きりのときだけだった。


 アイツはみんなの前では明るく振る舞っていて、そのときは死にたいなんて言うような人間には見えない。それが不思議でたまらなかった。




 深夜、俺はユーチューブとツイッターを行き来していた。


 シャトルランは34回しかできない俺だが、ユーチューブとツイッターなら永遠に往復できる自信がある。


 何も苦労がいらないし、嫌なことも時間もすべて忘れられる。こんな娯楽、やめろと言われても不可能だ。


 時計を見ると、三時になっていた。少しため息をついて、俺はまたスマホに目を戻した。


 そのとき、丁度よく通知が入り、それはアイツからのものだった。


「どうせ起きてんだろ。公園で待ってるわ」


 そういえば、と思った。何分か前に、アイツから公園で会おうと誘われていたのだ。


 面倒くさいが9割だったが、俺はベッドから起き上がり、そのままの格好で家を出た。




 外は少し肌寒かった。


「よお。今日も辛気臭い顔してんなあ」とコイツは言った。


 俺は無視してブランコに乗った。


「それはオレも同じってか」とコイツは鼻で笑い、ブランコを漕いだ。


「何の用だよ」


「別に、なんでもない。というのは嘘で、寝れなくて死にたくなったからお前に会いたかったんだよ」


「それだけで死にたくなったのか? しょうもないな」


 重病だな、そう思った。


「しょうもなくねえよ」とコイツは言った。「そんでお前は、なんで死にたいんだよ」


「死にたいなんて一言も言ってないだろ」と俺はむきになって言った。


「お前なんて、達筆で死にたいって顔に書いているようなもんだろ。そんな暗い表情してたらわかるんだよ」


 俺は何も言えなかった。


「俺、ずっと気になってたんだけど、お前はどうしていつもそんな明るい表情ができるんだ?」と俺はついに聞いてみた。「俺の前では死にたいなんて言うくせに、死にたいようには見えないんだ」


 別に、俺の顔に書いてある文字を消したいわけではなかった。コイツはどうしていつも明るい表情ができて、それなのに俺の前では死にたいなんて口に出すのか、純粋に気になったのだ。


 無理をしている、嘘をつける、どうせそんなことを言うのだと思ったけど、返ってきた言葉は思いもしないことだった。


 コイツはブランコを漕ぐのをやめて、少しためらったように、口を開いた。


「お前のためだよ」とコイツは下を向いて言った。「ほっといたらお前、ほんとうに死んじゃいそうだろ。ほら、仲間がいると安心するだろ? だから、お前といるときは死にたいって言うようにしてんだ」


 考えてみれば、コイツは昔から世話焼きなところがあった。


 小学校のとき、グラウンドで転んで泣いていた俺を、コイツは保健室まで連れて行ってくれたときがあった。他にも俺の相談に乗ってくれたりと、いろいろ世話になったものだ。


 高校三年生にもなって、まだ俺の世話を焼いてくれるなんて馬鹿だなと思った。同時に、俺も馬鹿だなと思った。


「俺が死ぬわけねーだろ」


「ほんとうか?」とコイツは疑心暗鬼に聞いた。


「ほんとうだよ」


 そう俺が言うとコイツは、はにかむように笑った。


「なんか安心したよ」とコイツは言った。「ところで、お前はどうして死にたいなんて思うんだ?」


「彼女に振られたからだよ」と俺は言った。


「しょーもな」


 俺らは声を出して笑った。


 空を見上げると、星たちも笑っているかのように輝いていた。


 夜の空はこんなに綺麗なのか、このとき初めてそう思った。

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アイツの口癖 長月龍誠 @Tomat905

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