第49話 聞かなかった事にする



「ほら、恥かしがってないで早く教室に入って来てくださいなっ! 生徒の皆さんが待っていますよっ!!」


 俺が閉めた扉をサラサ先生が勢いよく開け、『生徒が待っているから』と言いつつ俺の手首を万力の如く掴み、絶対に逃がさないぞという硬い意思がその握力から伝わってくるほど握りしめながら俺を教室内へと引きずり込むではないか。


 その間『……一番待ち望んでいたのは私なんですけどね……なんちって。きゃっ♡ これって絶対夢に見た『職場内結婚』ってやつになるやつですわよねっ!? 最近ハマっている恋愛小説で読んだ展開と同じだわっ!! どうしよう……結婚式場を今から選んだ方が良いかしら?』という呟きが聞こえてくると同時に俺の本能が『全力で逃げろ』と訴えかけてくる。


 耳をすませば『「先生、あれは何?」「わしらには救えぬものじゃ」』というネットミームが画像付きで聞こえてくるようだ。


「その仮面はきっと、人には言い難い何かがあるのだろうけれども、先生……大丈夫だから。ちゃんと受け止めてあげるから」

「………………」


 そして教壇に立ち、見知った面々を眺めていると、横にいるサラサ先生が俺に力強い口調で『大丈夫だから』と呟いて来る。


 いったい何が大丈夫だというのか、聞きたい気もするが聞いたら後には戻れない気がするので、俺はサラサ先生を無視して自己紹介をする事にする。


 というか反応した時点でヤバい気がするので反応する事ができなかったというのが正しいのだが……。


「初めまして。急な話しで戸惑っているかもしれないが今日から俺がこのクラスの担任となる者だ。名前と素顔は明かす事はできないので俺の事はマスクと呼んで欲しい。そして、ここに居るのが、俺の娘でスルーズだ。能力的には君たちと引けを取らないので安心してほしい」

「ス、スルーズですっ!! よろしくお願いいたしますっ!!」


 そして俺は簡単に自己紹介を済まし、スルーズの背中を優しく『ぽん』と押してやり自己紹介を促すと、スルーズはカチコチに固まった身体で精いっぱい大きな声を出して自己紹介をしたあとぺこりとお辞儀をするではないか。


 あぁ、なんと可愛いのだろうか?


 これからずっとスルーズの授業風景を眺めていたいのだが、この後の一時限目は別のクラスで体術の授業をしなければならないので断腸の思いでスルーズとは一旦おさらばである。


「資料によると独身って書いてあったはずなのに娘さんがいる……もしかして奥さんは既に……っ!! これはその心に負った傷や寂しさを利用して……ではなくて私の愛情と温もりで癒してあげなければ……っ」


 その資料には確か独身の他に娘と一緒に学園へ通う事を書いてあった筈なんだけど……とは思うものの俺はサラサ先生の呟きを聞かなかった事にする。

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