第6話 ある種の脅迫



 思えば、この側仕えメイドには、今まで一番苦労をかけてきたな……。


 俺と同年代というだけで、俺の側仕えメイドとして抜擢されたせいで毎日のように俺に罵倒されていた日々はさぞ辛かった事だろう。


 それでも生きて行くためには今の職場を辞める事も出来ず、そしてどんなに罵倒されても立場的に俺へ言い返す事もできない。


 以前の俺は平民を人と見ていなかったから性欲の捌け口にはしなかったのだが、そんな事などマリエルが知る訳も無く、恐らく俺に襲われる覚悟を毎日しながら側仕えメイドとして働いてくれていたのだと思うと心苦しくなってくる。


「……その、なんだ……今まですまなかったな」


 その心苦しさを少しでも軽くしたいと思った俺は、気が付いたらマリエルへ謝罪をしていた。


 勿論、マリエルに対して酷い事をした事を悔いているし、心からその件で謝罪をしたいと思っているのも事実なのだが、謝罪をしたいと思った理由の中に自分本位な感情もある事が、なんだか自分で自分が嫌になる。


 それでも俺は聖人君子でもない普通の人間である以上そう思ってしまうのは仕方がない事でもあるし、何よりもそれを理由にして謝らないという選択肢を選ぶ方が俺はもっと嫌だと思った。


「……どうしたのですか? いきなり……?」

「今までの俺であれば謝罪の言葉を口にするなど想像すら出来なかっただろうから、急に俺が謝罪をして訝しく思うのは俺も理解できる。だが、逆に言えばそう思ってしまえる程以前の俺は酷かったという事でもあり、それだけマリエルに酷い事をしてきたという事でもある……。許してくれとは言わないが、せめて謝罪はしなくては俺が俺自身を許せそうにないと思ったんだ……。結局は自分勝手な考えで一方的にマリエルへ謝罪する形になってしまったのだが……それを含めて、謝罪したいと思っているのは本心である事だけは知って欲しい」

「…………」


 取り敢えず言いたい事は全て言い終えたのだが、マリエルは俺の目を見つめたままで口を開こうとしないではないか。


 何故マリエルは喋らないのだろうか? 


 そう疑問に思ったのだが、そもそもこれはマリエルの立場からすれば『立場的に今までされて来た事を許すと言わなければいけない』という状況であり、ある種の脅迫に近い事を俺はマリエルにしてしまっている事に気付く。


「再度言うが、謝罪をしたからと言って許す必要は無い。そのまま憎み続けてもらっても良い。だから今ここで許さないと言っても俺はマリエルに対して酷い事は決してしないと誓おう」

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