5.手遅れ

俺の友人、仮にAとする。Aは自称霊感持ちで、時々怖いことを言っては周りを怖がらせてた。その怖いことっていうのがなかなか面白かったり、タイミングが良かったりするもんだから、怖い話とかオカルトが好きなやつらからは割と評判がよくて、飲み会やら肝試しやらによく呼ばれていた。俺みたいに、そもそも幽霊に興味がないやつにとっても、たまにドキッとするような予言めいた事も言うもんだから、まぁ、やばいやつだけど一目置いてたって感じだな。


そんなAも含めてキャンプに行くことになった。


日程は一泊二日で、土日を使って遊ぼうって内容だった。土曜日は朝一からキャンプして、日曜日にはキャンプ場の近くでやってるバンジージャンプをやろうって事になってた。メンバーの中には仕事や用事の関係で、土日のどっちかしか参加できないやつもいて、俺とAもその中に入ってた。俺は仕事で、Aは用事があるとかで、日曜日だけ参加することになった。Aは霊感云々を抜けば、ちょっと間抜けなところがあるだけの、のほほんとした良いやつだったので、Aと家が近い俺はAを車に乗せて一緒に集合場所の橋へ行くことにした。


道すがらの車内では、自分の仕事がどうとか、彼女欲しいとか、くだらない話をした。車が山に入り始めた頃から、なんとなくAの表情がかたいというか、すこし口数が少なくなったのが気になったけど、朝から車に乗りっぱなしで長距離移動だったから疲れたのかな?程度にしか思わなかった。


橋につくと他のメンバーはほぼ集まっていて、久しぶりに顔を合わせるやつもいて場はかなり盛り上がってた。疲れた様子だったAも笑顔になってたから、俺はやっぱりさっきのは気のせいだったんだなと思った。


壮大な景色を前に、気持ちいいねーなんて雑談もそこそこに、早速バンジージャンプをやることになった。メンバーの中には当然やりたがらないやつもいて、そんなやつをからかいながらも、人数制限があったから、何人か選抜して飛ぶことになった。俺も飛ぶ方に志願して、じゃんけんを勝ち抜いて見事飛ぶ権利を得た。人生初めてのバンジージャンプにワクワクしたり、ちょっと怖いななんて思いながら、順番待ちしてたら、Aがこそっと近寄ってきた。その顔をみると、もう顔面真っ青。気分でも悪くなったのか?と思って、どうした?って聞いたら、Aが「飛ぶのやめない?」って言いだした。ここで俺は、あーいつもの霊感みたいなやつか、って急に冷めて、「いや、もう申し込みもしたし、今更キャンセルはないだろ」「てかなんで俺に言うの?やめた方がいいなら、ここでみんなに言えば?」ってちょっと意地悪を言った。Aは俺のキツめの言い方に傷ついたような顔して、それ以上は何も言わずに皆からちょっと距離を置いたところで俯いて立ってた。その怯えたみたいな様子がちょっと癪にさわって、俺が悪いの?みたいな気持ちになったのを覚えてる。


そこからは特に事故も何もなく、みんなでバンジージャンプのスリルを楽しんだ。俺もしっかり飛んだが、もう二度とやらねぇってくらいには怖かった。


バンジーのあとには、夕食もかねてバーベキューが予定されてた。さっきみんなで飛んだ橋を見上げながらバーベキューが出来る立地で、飛んだやつは「生きた心地しなかったわ~」とか言いながら、飯の準備とかやってた。俺も橋を見上げると、改めてすごい高さから飛んだなーなんて思ってた。


そんな風にわいわいやってた時、川の方からキャー!!って悲鳴があがった。川の方では、人手が余ってやることがなかったメンバーが適当に遊んだりしていて、その中の誰かが悲鳴をあげたみたいだった。河原で準備してた俺らのグループが慌てて駆け付けると、Bちゃんが流された!!って女の子たちが騒いでる。言われて指さされた方をみると、確かにBちゃんが流されてた。それを見て俺らもやべぇ!!!ってなって、泳げる何人かが服脱いだりサンダル脱いだりして、川に飛び込もうとした。で、一瞬目を離した隙に、Bちゃんがドポンッて音を立てる感じで、川に沈んでしまった。いよいよこれはやばい!!!ってなったときに、Aが急にデカい声で「Bちゃん!」て叫んだ。Aは普段声が小さいやつだったから、Aの裏返った大声はみんなの気を引くには十分で、めちゃくちゃ焦ってた俺らも、ついAの方を見た。そしたらAが、駐車場の方を指差して「Bちゃん!!!」ってもう一回叫ぶのね。何してんだ?って思ってたら、ポカンとしたBちゃんが呆然と俺らを見てんの。もうね、は???って感じ。え?今、Bちゃん川に流されてたよね?って。川に片足突っ込んだ半裸のやつも、悲鳴あげたっぽい女子も、もうみんなポカーンよ。何がどうなってんだ?と思ってたら、一人だけ動いてるAが、川に足突っ込んでるやつを無言で引っ張り上げてて、余計に意味がわかんなくなった。すごい変な空気の中、Bちゃんが「何?みんなしてどうしたの??」って首傾げてた。


飯食うような空気でもなくて、とりあえず悲鳴を上げた女の子たちに話を聞くと、「川で遊んでたら、バシャッて大きな音がして、見たらBちゃんが流されてた」って事だった。一方でBちゃんに話を聞くと、「トイレに行きたくなったから、駐車場のトイレに行った。戻ってきたらみんなが騒いでてびっくりした」って事だった。でも、Bちゃんが川に流されてたのは、その場にいた全員が見た光景だった。多少遠目とはいえ、その姿がBちゃんだったのは、満場一致で間違いなかった。でもBちゃんが駐車場から戻ってきたのも間違いなくて、もうみんなわけわかんねーよ、って顔で黙り込むしかなかった。そんな中、Cが黙り込むAに話を振った。Cはもともと怪談好きで、Aとそういう話をする事も多いやつだった。だから今回も、Aになにかしらの答えを求めて、話を振ったんだと思う。だけどAは、Cに話を振られると、ぐしゃって顔を歪ませた。こう、うまく言えないんだけど、泣きそうっていうか、苦しそうに笑う感じの表情だった。


C「Aならなんか分かるんじゃないの?」

A「・・・」

C「あの場でBちゃんって真っ先に声あげたのお前じゃん。川のBちゃんがなんか違うって気付いてたのか?」

A「・・・うん」


Cに問い詰められるような形でAが話し出した内容に、俺らはゾッとするしかなかった。


A「川にいたBちゃんみたいなものは、Bちゃんじゃないよ。Bちゃんの形をして皆をあっちに引っ張り込むつもりだったんだと思う。・・・ずっと呼びたがってたから」

C「ずっと?呼びたがってたってどういうこと?」

A「・・・橋でバンジージャンプするってなった時に、急に橋の向こう側にそれが現れて・・・放っておいても良いかな?って無視してたんだけど、手足をばたばたさせながらこっちきて、これやばいって分かったときは、もう、止められなかった」

その場の全員「・・・」

A「ほんと、ごめん、そいつ、みんなが順番でバンジーしてる時も、一緒に飛んでて、すごい笑ってて、一緒に飛んで死んでるつもりなのかな?って、俺もう怖くて・・・」

A「バンジー終わったあともヤバそうだったけど、ごめん、もう、ほんと、俺にはどうしようもなくて、川のもああやって止めるしかなくて」


A「本当に、ごめん、俺なんもできなくて、ごめん、今も憑いてる」


もうね、俺ら絶句ですよ。今もこの場に憑いてるって言われて、みんなすごい沈痛な面持ち。冗談にしては悪質すぎだろとか言いたかったけど、もうそんな事すら言えない空気でさ。よっぽど怖いのかAは女みたいにポロポロ泣き出して、ずっと「ごめん」とか「俺にはどうにもできない」とか言い続けてて。女の子もつられて涙目になってて、残された俺ら男はもう、なんとかして場を収めて解散するしかなかった。色々信じられなかったし、Aの態度にもイラつかなかったって言えば嘘になるけど、実際に川に流されたBちゃんは見たわけで。しかも、よく考えればその川、浅いから徒歩で向こう岸に行けるくらいの深さしかなくて、そんな風にBちゃんが全身浸かるほどの深さはない。もう深く考えても「みえない」俺らにはどうしようもねえし、怖いから明日お祓いにいけるやつは行こうって事になった。


片付けは黙々と進んで、予定よりも随分早めに解散になった。Aと同乗してきてしまった俺は、正直Aを乗せてきたことを後悔したけど、放り出すわけにもいかなくて仕方なく行きと同じくAを乗せて帰った。山を出るまでAはずっと落ち込んだ様子だったけど、山を離れて市街に入ったあたりから、表情が少し和らいだ感じだった。


でも俺とAの間にはまだ微妙な空気が残ってて、家までまだ道のりがある中で重い空気も嫌だなと思って、俺はAに軽めのトーンで「なあ、車の中に変なの居たりしねぇよな?」って聞いた。そしたらAは、なかば諦めのような口調で「いないよ。憑いてるって、いったじゃん」って言いだした。俺は、憑いてるならいるって事じゃ?と運転しながら聞き返したら、Aは「その場にいるだけなら「憑いてる」なんて言わないよ」って言いだした。


俺はAの言葉を考えてから、コイツ誰かに取り憑いてるって意味で言ってたのか!とめちゃくちゃ怖くなった。Aに、誰に憑いてるんだ?そいつ大丈夫なのか?それ教えてやった方がよくないか?と、ちょっと責めるような口調で言ってしまったんだが、Aは、「教えてもどうにもできないよ」とうつむいてしまった。俺はここでやっと、Aが泣くほど謝ってた理由が分かった気がして、何も言えなくなった。


楽しかったはずの土日だったのに、なんでこんな事になったんだろうな。あの橋に行ったのが間違いだったのか、止めなかったのが悪かったのか・・・それともただの事故みたいなもんだったのか、わかんないけど。もうAが戻らないってことだけはわかるよ。

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