4.なまくびの子

これは学生の頃の話です。


ある日、ふたつ隣のクラスの子から呼び出されました。「ちょっと話があるから来て」と。その子は所謂、クラスのカーストでも上位の、可愛くて社交的な女の子でした。一方で私は今で言う陰キャやオタクといった存在で、狭いコミュニティから外に出ることもなく、毎日決まった、同じような仲間たちと時間を過ごしていた存在です。そんな私に、カースト上位の女の子が呼び出しをする。絶対にろくでもない話だろうな、と思いながらも、断る権利などなく、言われた通りの時間に、指定された場所へ行きました。一人で来て、と事前に言われていたので、指定の場所へ行く最中もソワソワとした気持ちが止まりませんでした。一体何の用事なんだろう、思い当たる節なんかないのにな…と思いつつ、人気のない場所へたどり着くと、時間通りに彼女がやってきました。クラスが違い、ほとんど話したことのない彼女の姿をこうしてしっかり見るのは、その時が初めてでした。比較的校則が厳しい学校だったのにも関わらず、薄く茶に染められた髪色。細く描かれた眉。この年代にしては大人びた化粧。彼女と対峙すればするほど、住む世界が違うな、なんて思いました。


合流して少しの沈黙の後、彼女が緊張した面持ちでこう言いました。「急に呼び出してごめんね。あの、ちょっと変な事言うけど、聞いてほしい」私は引き気味で頷き返します。彼女は続けます。「〇〇ちゃん(※私です)のこと、見かける度に気になってて。その…悪いものがついてるの」


…こうして筆をとっている今も、彼女にこの言葉を言われた時の気持ちになり、手が止まります。「どういうこと?」それ以外に感情がありません。当時も当然、どう返したらいいのかわからず、ひとまず彼女の言葉を繰り返すしかありませんでした。「悪いものって?」


そこから彼女は私に説明を始めました。〇〇ちゃんには悪いものが憑いていて、生きるエネルギーを奪われている。いつも辛そうで、見かけるたびに気になっていた。私なら救えるから、今回勇気を出して話しかけた。お祓いをしたいから、できたらウチに来て欲しい。

要約すると、こんな話でした。


当時、テレビでは某女性霊能者が持て囃されていて、ちょっとした心霊ブームがありました。ははーん、なるほど。これは霊能者ごっこなのだな、と私は理解し、元よりオカルト好きだった事もあり、彼女の提案に乗ることにしました。アレコレ質問責めにする事もなく、素直にお祓いを受けることを承諾すると、彼女はホッとした顔をしました。私はそんな彼女をみて、なんて心優しい人なんだろう、と感嘆したことをぼんやり覚えています。なんでそんな事を思ったかというと、私のような存在に話しかけてくれたことに、ただ感嘆したのです。カースト上位の女の子の、ごっこ遊びの相手に選ばれたって優越感もあったかもしれません。


早速その日から『お祓い』が始まりました。

放課後、彼女の家に出向き、彼女の言う作法に従い、お祓いを受けます。昔の記憶ながらそこそこ強烈な体験だったので作法も覚えているのですが、これが『ごっこ遊び』ではなく『本当の宗教』だったとしたら、こうして人目に触れる文章にするのは少し不味いかな…と思うので、作法の詳細は残念ながら省きます。一応、この話を書くにあたり、当時の記憶から連想できる言葉をネット検索にかけ、実在する宗教のお祓いだったのか、それともごっこ遊びだったのかを確かめましたが、確信的な情報は見つかりませんでした。けれど恐らく…仏教系だとは思うので、見つからなかっただけで似たような作法を持つ何かは実在していると考えています。そう思うくらいに、あの『お祓い』は、ごっこ遊びにしては本格的だったのです。


お祓いは、学校がある日はほぼ毎日行われました。我が家が放任主義だったのもあり、お祓いで帰りが遅くなろうが、特に問題はありませんでした。彼女の家に行き、儀式を受け、有難いお話を聞きます。でもそれより覚えているのは、彼女の家がとても大きくて綺麗で、出てくる紅茶が美味しく、砂糖をどれだけ入れても怒られなかったという事です。我ながら楽観的だなと思いますが、子供が思うことなんてその程度でした。


そんな風に始まった彼女との付き合いでしたが、お祓いはある日突然に終わりを告げました。彼女から「これ以上は無理」と断りを入れてきたのです。日に日に具合が悪くなるから、今は自分を清めたい、と。先ほど「突然」と言いましたが、私は薄々、終わりが近い事を感じていたので、特に驚くことなく彼女の申し出を了承しました。そしてもう彼女と話すことはないだろうな、とも思いました。実際その通り、その後彼女と関わることはありませんでした。


私が、クラスメイトでもない彼女のことを、話しかけられる前からなぜ認識していたか、という話をしたいと思います。


初めて彼女を見かけたとき、私は「頭が二つある」と思いました。彼女の髪色も正面からまじまじと見るまでは黒髪だと思っていました。普段は遠くから見かけるだけだったので、違和感を持ちつつもあまり気にしていなかったのですが、ある日『そう思う理由』に気づきました。あの子の後ろには生首がくっついている。


そうです。彼女の後ろにはいつも黒髪の女の生首がくっついていて、それが彼女と重なって見えていたのです。だから頭が二つに思えたり、髪色を勘違いしていたのです。女の生首、と言いましたが、もしかしたら落ち武者とか、髪の毛が長いだけの男性だったかもしれません。とにかく皮膚の色や周りの雰囲気がモノクロで、暗くて、怖くて、見かけるたびに嫌な気分になっていました。だから覚えていたのです。大変そうな子がいるな、と。


また、お祓いが終わると思った理由も、同じようなものを彼女の家で見たからです。彼女のおうちは確かに綺麗で広かったのですが、暗く、怖かったのです。家に入った途端、すべての景色の彩度が落ちて、気持ちが落ち込みました。何より嫌だったのは、家の隅や家具の隙間などに、”何か”がいたのです。あの生首も天井にいました。それが日に日に存在感を増していっていたので、なんとなく、そろそろお祓いが終わるなぁと、思ったのです。


ここまで書いて、紅茶を入れました。すべては妄言ですが、それでも自分の見てきたものを形に残すのは、恐ろしい気持ちになります。本当に書き残して良いのか、本来ならこのまま忘れてしまった方が良いのでは?と迷いが生まれます。怖い話もオカルトも好きですが、娯楽の範疇を超えたホラーは、ただただ恐ろしいと感じます。


この一連の体験が何だったのか、綺麗なオチはありません。謎のままです。彼女の名前もしっかり覚えているのでSNSで試しに検索もかけてみましたが、少しも引っ掛かりませんでした。私の記憶違いなのか、幻だったのか、妄想なのか、もはや確かめる術はありませんが、ただ一つ思うことと言えば、優しさや好奇心が理由であろうと、安易に他人の”何か”を祓おうとするのはやめておいた方がいいんだろうなと、そう思います。

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