7.どうやら、武闘会に参加させられるようです
同じ転生者であり苦行を乗り越し者だと打ち明け合ったツェリン様とは、その後も何度かお茶会を開いている。
ゲームの知識量は同じくらいだけど、転生者が与える影響の実体験を持っているツェリン様の話はものすごく参考になった。
例えば、ゲームでのアリスは一人っ子だったが、実際は下に年の離れた二人の弟がいる。三人姉弟だ。これは、ツェリン様だけでなく、アリスのお父さんである現ファドレッド卿も転生者であることが大きな原因だろう(前世で二人は兄妹だったと聞いたときは、つい涙をこぼしてしまった)。
転生者がいることで、ゲームにはなかった大きな改変がされることは分かった。しかし、アリスというゲームのヒロインが生まれており、ストーリーの大筋には影響が小さいとみることもできる。
ツェリン様と話し合ったけど、ネガティブに捉え最悪の事態を避けるように動いた方がいいという結論に至った。
なので方針は、今と変わらずレベルを上げ続ける。これに落ち着いた。
────最悪の事態といっても、クローディアが殺されてしまうのはルートの一つよ。むしろ殺されないルートの方が多いわ。
ツェリン様の言葉を思い出す。
そうなのだ。
クローディアが殺されるルートというのは、隠しキャラを攻略するための必須条件であり、ゲームをクリアするだけなら、殺されずに国外へ逃亡するルートに落ち着く。
だけど、ここは現実だ。隠しキャラが私の目の前に現れている以上、隠しキャラのルートをたどらないという可能性がある。
それに、記憶を思い出した時、最初に頭の中に浮かんだのは、ラスボスである私が殺されるシーンだった。夢でも見た。あんな絶望を受け入れられない。だからレベルを上げて、アリスたちに殺されることなく、逃亡する。
そう決意したことで、レベル上げにも励むようになり(体調を崩さない程度にだ)、今は52になった。
※
さて、この学園のテストには2種類ある。知識を問う口頭試問と武力を問う実技試験だ。
ゲームでの口頭試問は、聞かれたことに対して選択肢がでてきて、正しいものを選択するという簡単なものだった。しかし、現実では選択肢など現れるわけがない。アリスやマシューのように必死に勉強しなければ追試になってしまうだろう。
だが私は違う。なぜなら、シリーズを制覇し隠しキャラのルートに至るまでやりこみ、辞典と呼ばれるほどの分厚さを誇る公式設定集を読み込んだのだ。この国の歴史や文化などは余裕で説明できる。
と余裕ぶっていた自分に文句を言いたい。
私が読み込んだのは、公式設定集なのだ。ということは、この国の正史とは当然ちがう。今の世界にとっては、裏設定と呼べるものになるのだ。
それを口頭試問で、ただの学生が答えることは異常だ。しかも、試験官は担任である学園長である。そんなことを知っていると悟られてはいけない。
というわけで、試験日前日に教科書を読み直し、歴史書にも目を通さなければならず、朝起きた時にフィスカに「一夜漬けはお体に悪いですよ」といらぬ心配をかけてしまった。
口頭試問では、淀みなく学園長からの問いに答えることができた。
これで試験を終了する、という学園長の言葉にホッとして退室しようとする。
ノブに手をかけ、扉を開けようとした時、「すまない。もう一問あった」と引き戻されてしまった。
無視できるわけもなく、席に着く。
「さて、最後の質問だが、ダンジョンの役割とは何か?このことについて君の意見を簡潔に述べなさい」
確かに国の歴史や芸術については答えたが、ダンジョンについては答えていない。特に不自然な質問ではない。呼び戻されたから、変な質問をされると身構えてしまったが、安心した。
「ダンジョンの役割とは、安全に戦闘についての経験を積むことのできる訓練場であると考えています。主な理由は三つあります。一つ目は、緊急脱出魔法があること。二つ目は、多様な魔物と戦闘ができること。三つ目は、階層ごとに魔物の強さが異なることです。これらの理由により、ダンジョンは安全な訓練場であると考えられます。以上になります」
「……なるほど、よく分かった。これで本当に試験は終了となる。ご苦労だった」
「ありがとうございました」
一礼し、今度こそ退室する。
最後に何か考えているようだったけど、答えに不備があったのだろうか……。
まあ、自分の考えを述べなさいという試験だったから、少しの不備は見逃してほしい。
もう一つの実技試験だが、これはダンジョンをどこまで攻略できているかで評価される。
私たちは今では、22層まで攻略できている。入学した年でそこまで攻略できたのは、初めてだという。
まあ、主要メンバーが集まっているから当然の結果と言える。
というわけで、実技試験の結果は文句なしの最高評価だ。
テストが無事に終わり、食堂で頑張ったご褒美にチーズケーキとコーヒーを楽しんでいると、「クロちゃん、お疲れ!」とパフェを持ったアリスが私の正面に座った。
やはり、ご褒美は大事だよね。
「アリスもお疲れ様。口頭試問はどうだった?」
「んー、まあ、頑張って答えたよ。年代が合ってるか不安だったけど、なんとか思い出せたし。みんなとの勉強会のおかげだね!クロちゃんは?」
「良かったわね。私もそこまで難しいことは聞かれなかったわ。最初のテストだから、手加減してくれたのかもね」
「手加減なんてしてくれるかな~、クロちゃんが頭いいから簡単に感じたんじゃない?」
「これでも頑張って勉強したから」
「でも、クロちゃんが困ってるところみたいかも」と言いながら、スプーンの動きは止まらず、パフェが目に見えて減っていく。
「そういえば、試験が終わったと思ったら、学園長が一問出すの忘れていたって言って、引き留められたの。気を抜いた後だったから、ちゃんと答えられてたか少し心配だわ」
「どんな問題?」
「ダンジョンの役割について簡潔に説明しなさいって問題よ。アリスだったらどう答えた?」
「んー役割かぁ……。特に決められた役割はないんじゃないかなあ。もともとあったダンジョンを利用する形で国や学園ができたんだから、その役割は私たちが勝手に決めているものですって答えちゃうかも」
「あー、なるほどね……」
確かに、歴史でも国より先にダンジョンがあったと伝えられている。
実際には、ダンジョンがある国として当初から設計されていたと、公式設定集には載っていた。
「クロちゃんは、何て答えたの?」
「私は、安全な訓練場よ」
試験で答えたようにその理由をアリスに話した。
「クロちゃん……、脳筋?」
呆れた顔して、最後の一口を頬張った。
いや、まあ、レベル上げを急いではいるけど。解せぬ。
※
テスト期間が終わると、すぐに次のイベントが始まる。
それが武闘祭だ。
実技試験はダンジョンの攻略した階層によって評価される。ダンジョンはパーティーで攻略するため、個人の評価はあまり重視されていない。
しかし、血気盛んな学生たちは、自分の力を知りたがる。
そこで開催されたのが武闘会なのだ。
武闘会は、個人戦で行われる。学年ごとにトーナメントを行い、学年での一位を決める。その後、その生徒たちで、学年を超えて再度トーナメントを行う。これで、学園最強を決めるのだ。
例年、最高学年の優勝者が学園最強の座につくのだが、今年はシュルツとマシュー、マーキスが参加する。
王族と四家の子息が参加する。しかも、ダンジョンも高学年に迫る勢いで攻略している。今年はもしかしたら、という雰囲気が会場を満たしていた。
学年別では、シュルツが順当に優勝し、最強へのトーナメントにコマを進めた。
アリスなんて大声で「シュルツー!頑張ってー!」と大声で応援していた。シュルツが勝てたのはそのおかげもあるんだろうなぁ。
私はとても恥ずかしかったけど!
その後、シュルツは苦戦すること決勝戦へ進んだ。
……もしかして、レベル高い?
待て待て待て、え?なんで?
ゲームだとこの年で学園最強になるには、レベル30以上は必要だ。シュルツは強力な支援魔法が使えるからもう少し低くても行けるかもしれない。
だけど、高学年との戦闘で苦戦しないということは有り得ない。
……まさか、レベルキャップも解放してる?レベル40以上?
困惑している私に関係なく決勝戦が始まる。
「さあ!皆さん、決勝戦です!この戦いで学園最強が決まります!」
「いやあ、今年は予想外の連続でしたねえ。まさか、新入生がこの決勝の舞台に上がるとは思わなかったのでは?」
「そうですね!学園二番目の男として名高い、アストン君を開始数分で倒した時には、あまりの凄さに会場も一瞬静かになってしまうほどでした!」
「その巨大新人の勢いをシェルリィちゃんは止められるかな?」
「シェルリィちゃんは二年連続の学園最強の座がかかっていますからね!ここで、両者入場です!」
客席から歓声がワアッと湧き上がる。
笑顔で観客に手を振りながら、余裕を持った様子でシュルツが舞台に上がる。
一方で、気怠そうに舞台に上がる女生徒。現学園最強であり、私の姉であるシェルリィ・ブラキシスだ。
「さあ!ここで本日の主役である、お二人をご紹介いたします!西側で余裕のある笑顔を振りまいているのは、今回のチャレンジャー!シュルツ・フォーブス!我が国の王太子!ここまで才覚溢れる王族がいたでしょうか!新入生のダンジョン攻略階層の記録を塗替えるだけでは飽き足らず、学園最強の座まで手を伸ばす!将来有望ではなく、現在有望!」
「アストン君も強かったよー?」
「対するは現学園最強!シェルリィ・ブラキシス!気怠そうな表情とは裏腹に実力は熾烈を極める!ダンジョン攻略は現時点で48層!えっ?何?……シェルリィちゃんマジで?……今本人から訂正が入りました!なんと!昨夜50層のボスを討伐したそうです!しかも、ご存知の通りソロです!まさに規格外!」
「もう、学園卒業しちゃいなよ。え?みんなと一緒に卒業したい?私もだー!」
そう、この姉、私よりも強い。
この前調子に乗って模擬戦をお願いしたら、いつの間にか切られていた。レベルはそこまで離れていないはずなのに。
ていうか、ソロで50層を攻略したのか……。強すぎる。というか昨夜?
シュルツだけでなく、身内からも困惑させられるとは……。
「さてここで、お二人から意気込みを伺いましょう!シュルツ選手お願いします!」
「正直に言ってここまで勝ち上がれるとは思わなかったよ。それに、50層を単独で攻略してきたなんて衝撃な話もあったし。けど、ここまで来たからには、勝つ気持ちで挑むよ」
シュルツらしい、真っ直ぐな言葉だ。
観客のほとんどは、シェルリィが勝つと思っているのを察しているくせに。難儀な性格だなぁ。
「シュルツ選手ありがとうございました!さあ、シェルリィちゃんもお願いします!」
「シュルツには悪いけど、私は棄権する。ボス倒して疲れた。代わりにクロと戦って」
棄権するという言葉を聞いたとき、会場から逃げようと席を立つ。
言い終わったと同時に、私の目の前に姉がいた。
逃げられなかった……。
次の瞬間には、舞台の上に立たされていた。
「クロも私と同じくらい強い。さあ、可愛い妹よ、やっちゃって」
後半は私にかけられた言葉だが、この会場で現状を把握できているのはシェルリィだけだろう。
「シェルリィ、私は代わりにならないわ?」
「なる。大丈夫」
出来るだけ冷静に語りかけたが、即座に返される。
シュルツに目を向け、視線で助けてと合図を送る。
「僕はそれで構わないよ?」
裏切られた。おかしい。ここに私の味方はいないのか。
シュルツのその言葉が引き金になり、話が進んでしまう。
「え、ええと、シュルツ選手の了承を得たところで、シェルリィちゃんの代わりに妹であるクローディア・ブラキシス選手が対峙することになりました!シェルリィちゃんの言葉を信じるなら、クローディア選手はシェルリィちゃんと同じ強さということです!まさに最強姉妹!シュルツ選手に相応しい相手と言えるでしょう!」
「姉妹でおかしいのか~」
司会の先輩が必死だ。実況の先輩は失礼だな。
しかし、その必死さに引っ張られ観客たちも盛り上がりを取り戻す。
……引き返せなくなった。
シュルツをジトッと睨む。
「そんな目で睨まないでよ。僕もびっくりしてるんだから」
「その割には、余裕そうに見えるわよ」
「そう見せてるだけだよ」
「はあ……。わかったわよ。戦えばいいのよね」
やけ気味に返事を返すと、「君ならそう言うと思ったよ」と余裕たっぷりで返された。
「さて、気を取り直して!クローディア選手にも意気込みを伺いたいと思います!クローディア選手、お願いします!」
「……姉の代わりが務まるとは思いませんが、期待に応えるよう頑張りますので、応援お願いします」
「クローディア選手、ありがとうございました!それでは、位置についてください」
司会の言葉に従い、所定の位置に着く。
深呼吸し、宝具を展開し気持ちを切り替える。
観客の声が遠くなっていき、シュルツに焦点があっていく。
「それでは!始め!」
合図が聞こえた。
その瞬間、シュルツのすぐ後ろにブロックを展開する。
距離を取ろうとしたが何かに阻まれ、少し動きが止まる。
その隙を逃さないよう駆け出しながら魔法を発動。
「グラビティ」
その場に縫い付け、短刀を振るう。
「ビロウ」
逃げられないと判断したシュルツは魔法を発動させ、杖をかまえる。
魔法によって弱体化させられ、短刀を押し込めずはじかれる。
……距離を取り体制を整えられてしまった。
「アバーブ・ファイアランス」
ブロックで魔法を防ぐ。威力が強化されているせいか、ブロックが割れてしまった。
───一撃でも当たると負けか。
「レーザー」
魔法を放つも、避けられてしまう。
……レベル40以上はあるな。
「クローディア、強すぎない?」
「それは私のセリフよ。王太子だからって頑張りすぎ」
互いの強さに驚きつつ、動きは止めない。
シュルツがこちらに駆けてくる。
「ビロウ」
私の体が重くなる。
杖が振り下ろされる。ブロック。
「レーザー」
頭を狙ったが、首を動かして避けられた。
────噓でしょ!
シェルリィみたいな動きを見せられ、戸惑う。
「アバーブ・ファイアランス」
目の前に炎が揺らめく。ブロックで防ぐが、視界がやられた。
咄嗟にしゃがむ。頭の上を何かが通り過ぎた音がした。
「グラビティエリア!レーザー!」
がむしゃらに魔法を放つ。
右。防いだ音が聞こえた。左に転がり距離を取る。
顔を上げ周囲を確認する。いた。
ブロック。足元に設置し、バランスが崩れる。
────レーザー!
シュルツの頭を魔法が打ち抜く。
驚いた顔をした後、なぜか納得したような表情になる。
シュルツの体が光り、舞台の上から姿を消す。ダメージ過多による魔法が発動した。
「決まりました!勝者!クローディア・ブラキシス選手!」
試合中は舞台に聞こえないように遮断されていた司会の声が会場に響き渡り、会場を揺らす勢いで歓声が上がる。
……ふう。疲れたぁ。
「お疲れ様」
「シェルリィ、あなたって人は……」
いつの間にか、シェルリィが得意気な顔で私の頭をなでていた。
50層のボス戦で疲れたなんて噓だ。それに彼女なら、このレベルの戦いなんて、疲れることも無く終わらせられる。
「満足した?」
「……」
返事がない。どうしたのかとシェルリィを見ると、私の後ろの方を見て険しい顔をしていた。
次の瞬間、シェルリィの姿が消え、キンッと金属がぶつかり合った音が聞こえた。
音がした方を振り向くと、シェルリィと騎士が切りあっていた。
────どうしてあんな奴が!
運営席にいるはずの学園長を見る。
私が睨んでいるのに気付いていても、その表情はいつもと変わらない。
逃がす気はないらしい。
隣にシェルリィが戻ってきた。
「あれ強いよ。クロも本気出して」
そう言うと、どこから取り出したのかもう一振りの刀を私に渡す。
受け取り、敵の情報を伝える。
「あれはナイト。70層のボス。剣を主体に重力系の魔法を使ってくるわ」
「分かった」
視線をそらさないまま、返事を返してくる。
それはそうだろう。シェルリィも警戒せざるを得ない相手だ。
適正レベルは、80。学園長は私に期待しすぎだと思う。
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