6.どうやら、協力者ができるようです

 学園長と共にダンジョンから戻ると、アリスたちが駆け寄ってきた。


「良かった。私ね。戻ってきて。皆とすぐに知らせたの。学園長が来てね。私が行こうって言って、ダンジョンにね。一人で行っちゃったの。戻ってきて、本当に良かった」


 と泣きながら説明してくれた。


「学園長が来てくれたのはアリスたちのおかげだったのね。ありがとう」

「なかなか戻ってこないから、何かあったのかと心配したよ」

「逃がさないように手加減されて攻撃してきたのよ。緊急脱出魔法を使う暇もないくらいにね。学園長がすぐに倒してくれて助かったわ」

「そういうことか。……どうして急にあんなことが」

「わからないわ。学園長に聞いてみたけど、初めてのことみたい」

「……そうか」


 私の嘘にすんなりと騙されてしまったシュルツ。少し後ろめたさが残るが、しょうがない。

 話が聞こえているはずの学園長も、否定しない。


「今から学園長室で話を聞きたい。マシュー、まずは君からだ。他のものは、食堂で待っていなさい」


 そう言うと、後ろも向かず歩き出してしまった。「じゃあ、行ってくるわ」とマシューは学園長についていく。


「私たちも行きましょう」


 残された私たちは食堂へ向かう。

 ほとんどの生徒はまだ授業中ということもあり、食堂には人が少なかった。

 席に着き、先ほどは支離滅裂だったアリスの話を聞く。


「戻ってすぐに受付の人に報告してくれたの?」

「そうだよ。クロちゃんだけが残るって言ったから、泣いてる場合じゃないって思って」

「僕らは何が起きたかわからないまま戻ってしまったので、二人が戻ってきて助かりました」

「私もクロちゃんとシュルツくんが助けてくれなかったら、訳も分からないまま泣くだけだったかも」

「助けたかいがあったわ」

「まさか、戻らせないように攻撃してきたとはね」

「きっと、マシューとマーキスが一撃で戻ったことで学習したのね」

「あの魔物ってもっと下の魔物だよね?」

「そうだね。あれは40層のボス、エンシェントスコーピオンだと思う」

「それを学園長は軽く倒したんですね……」

「さすがだよね……」


 学園長の強さに関心が移って助かった。

 実際は、倒し終わった後に来たんだけど。


 ※


 その後、マーキス、アリス、シュルツの順で呼ばれ、最後に私の番が来た。

 はぁ、学園長になんて言われるか……。

 扉をノックし名前を名乗ると、「入りなさい」と入室を許可される。

「そこに掛けなさい」と来客用の椅子をすすめられ、そこに腰掛ける。机を挟んだ向こう側には、学園長が座っている。

 何を聞かれるんだろうとびくびくしている内心を知ってか知らずか、学園長が口を開く。


「単刀直入に聞こう。君のレベルはどうやって上げた?」

「……ダンジョンで上げました」

「生身で行ったということか……。どうしてそんな危険を?」


「……実は転生者で、将来、幼馴染に殺されないためにです」なんて言えるはずがない。しかも学園長に。


「他の人より有利に立ちたいと思ってしまいました……」

「最悪、死んでしまう危険があることを知っていてもか?」

「……はい。防御に優れた自分が死ぬ可能性は低いと考えました」

「なるほど。それで、今のレベルはいくつだ?」

「36になりました」

「そうか……」


 そこまで聞くと、目を閉じて何か考えこんでしまった。

 沈黙が部屋を満たしていく。

 心臓に悪いからやめて欲しい

 はぁとため息が聞こえ、目が開く。


「ダンジョンへの不法侵入は不問とする。今後は行わないように」

「善処します」


 答えが不服だったのか、無言でこちらを見てくるが、諦めたようで「もう行っていい」と許しをもらえた。

 部屋の外へ出る。

 体にどっと疲れがのしかかる。

 ……乗り切れた気がしない。これは確実に目を付けられたな。

 今日はもう帰って寝よう。睡眠大事。

 フラフラと歩きながら、屋敷へ帰る。


 ※


 さて、ダンジョンでサソリ(エンシェントスコーピオン)と戦い、レベルが一気に36まで上がったので、夜更かしする頻度や時間は格段に減った。

 それによって、頭がふらふらすることも無いし、肌のハリツヤにも悪影響がない。素晴らしいことだらけだった。

 その代わりレベルはあれから2しか上げられていないけど……。


 学園が休みだから、自室でのんびり本を読んでいると、部屋がノックされた。

 入室を許可すると、フィスカが入ってきた。


「クローディア様、ツェリン様がいらしています。来客室の方へご案内いたしました」

「急に?珍しいわね。すぐに向かうから、コーヒーとお菓子の準備をお願い」

「かしこまりました」


 ツェリン様はアリスの叔母だ。アリスと幼馴染だからか、小さい頃から何かと面倒を見てもらっていた。一緒におままごともしたことがある。

 鏡を見て、髪や服装におかしなところがないか確認し、来客室へ向かう。

 ノックし中へ入ると、ツェリン様が「クローディア、急にごめんね」と申し訳なさそうに謝ってきた。


「いいえ。ツェリン様ならいつでも大歓迎です」

「そう言ってくれてうれしいわ」

「それにしても、急に来てくださるなんて、珍しいですね」

「最近、アリスからダンジョンの話を聞いてしまって、それで顔を見に来てしまったの」

「ありがとうございます。学園長に助けていただいて事なきを得ました。それも聞いてますでしょう?」

「それでも、心配だったの」


 アリスに似て、とても優しい。……アリスが似たのか。

 フィスカが用意してくれたコーヒーとお菓子を楽しんでいると、ツェリン様が何かを話したそうにソワソワしている。

 フィスカに「コーヒーとお菓子美味しいわ。こちらはもう大丈夫よ」と言い、二人きりにしてもらった。


「何か秘密のお話でしょうか」

「察してもらえて助かるわ。あのね……」


 どうしたんだろう。

 ツェリン様が話してくれるまで、コーヒーを飲みながら待つ。

 覚悟を決めたようにこちらを見た。


「クローディアはゲームをどこまでクリアしてるの?」


 衝撃的過ぎて、むせた。

 サソリが出てきた以上に衝撃的だった。


「ああ、やっぱり転生者だったのね」


 ツェリン様は私の反応に安堵したのか、コーヒーを飲む。


「私、ゲームは全部クリアしたわ。もちろん、全部のルートも。だから、あなたのことが心配で心配でたまらなかったの」

「……そうでしたか」


 確かに。自分の姪がゲームのヒロインで、しかも、その友人がラスボスだ。これは、心配しないでことはできない。


「……私も同じです。すべての作品、ルートをクリア済みです」

「……まさか、苦行を乗り越えし者だったとは」


 ツェリン様が戦慄している。それはこちらも同じですよ?


「どうして、私が転生者だと?」

「アリスから話を聞いて、おかしいと思ったの。エンシェントスコーピオンの攻撃は魔法が使えなくなるほど、激しいものじゃなかったから。あと、学園長が動いたことも」

「……やっぱり、知っている人からしたらそう思いますよねぇ。ちなみに、学園長が来る前に倒してしまいました」

「うわぁ」


 引かれてしまった。解せぬ。


「だって、あのサソリが砂漠にいないのですよ!ゲームの時は、砂漠の暑さなんか気にしませんでしたけど、今では、日焼けしたくないのです!砂まみれになりたくないのです!」

「そ、そうよね」

「納得していただいて、なによりです」


 少し興奮してしまった。


「腕輪はでたの?」

「出ました。早めに取れてラッキーでした」

「良かったわね。学園長からは何か言われた?」

「……ダンジョンへの不法侵入は控えるようにと」

「……それだけ?」

「それだけです」

「……敵認定されなくて助かったわね。学園長も確信はできていないんでしょう」

「まあ、目を付けられた感じはしますけど」

「それだけで済んで良かったと考えるべきよ」


 わかっている。

 転生者であることを話さなかったのも、誤解され、敵認定される可能性があったからという理由だ。


「今後はどうするの?」

「とりあえず、隠しダンジョンを攻略できるくらいには、レベルを上げます。そうすれば、何かあった時に対応できるので」

「……分かったわ。何かあったら相談してね。あなたは、私の姪みたいなものだから」

「ありがとうございます」


 それからは、ゲームの話に花が咲いた。

 ゲームバランスが崩壊している、魔王の攻略が鬼畜すぎる、第3作目の調査団の話は感動した、1作目のヒロインに会ってみたい、やっぱり乙女ゲームではない等々。


「今日はありがとう。本当に何でもいいから相談してね」

「力強いです。ありがとうございます」


 ※


 ツェリン様が帰り、私は自室のベッドに倒れこむ。

 びっくりしたぁ。まさかの出来事だった。ツェリン様が転生者だったなんて(しかも、苦行を乗り越えし者だったとは……)。


 一人になると涙が溢れてきた。

 怖かった。幼馴染に殺される未来が存在すること。それを、一人で抱え込まなければいけないこと。魔王に殺される可能性もあること。

 それを共有できる人が身近にいて、私を心配してくれている。

 こんな幸運なことはない。

 明日からも頑張ろう。そう思えた。

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