第26話 雲の上へ

 真一の自宅――


 ダイニングキッチンの床に倒れ、目の前に立っている母親の亜希子を睨みつける美咲。そして、目の前に倒れて自分を睨んでいる娘を怒りの表情で見つめる亜希子。

 亜希子の入浴中、帰宅した美咲がテーブルの上の亜希子のスマートフォンを見つけ、不倫の証拠となる保存されていた写真や動画、チャットのやり取りなどを自分のスマートフォンで撮影していた。しかし、それに気付いた亜希子は、美咲の頭を殴りつけたのだ。


「お前の浮気の証拠、全部撮影したからね!」

「……美咲、あんたのスマートフォンを寄越しなさい」

「渡すわけないでしょ! 全部お父さんに見せるから!」

「……いいから寄越しなさい」

「浮気相手の男に股開いてピースサインして、馬鹿じゃないの!?」

「!」

「お前の血を引いてると思うとゾッとする!」

「……クソガキ、調子に乗るなよ」

「お前なんか人間じゃない! その辺で盛ってる野良猫と同じだ! 家畜以下の豚女!」


 亜希子は素早い動きで美咲の上にのしかかり、マウントを取った状態で美咲の顔に平手打ちを繰り返す。


 バヂンッ ガッ バヂンッ


「産んでやった恩を忘れたか! クソガキが!」

「ぐっ……あがっ……んぶっ……」

「お前なんか産まなきゃよかった! この! この!」


 バヂンッ バヂンッ ガッ


 鼻血を流してぐったりしている美咲。


「このまま雲の上へ送ってやる!」

「やめろ!」


 バッ


 亜希子は後ろから肩をつかまれ、そのまま後ろへと引き倒された。真一だ。美咲の戻りが遅いので見に来たところだった。


「美咲、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……」


 美咲を抱きかかえながら、真一は亜希子を睨んだ。


「自分の娘にこんな暴力をふるって! 君は一体何をしているんだ!」


 立ち上がった亜希子。


「別に。言うことを聞かない美咲をしつけていただけよ」

しつけだと!? 娘の顔を殴りつけることがか!」

「見間違いじゃない? そんなことしたかしら?」

「鼻血まで流して……美咲、もう大丈夫だからな」

「うん、お父さん……」


 真一にハンカチで鼻血を拭ってもらい、安堵する美咲。

 それを見た亜希子は、いぶかしげな表情を浮かべた。


「あぁ……あんたたち、そういう関係なの?」

「はっ?」


 いやらしい笑みを浮かべる亜希子。


「私から相手にされないからって中学生の娘に手を出して……美咲が帰ってこないのは、つまりそういうことだったのね」

「馬鹿言うな! どんな発想したらそうなるんだ!」

「確か……グルーミング、とかって言うのよね。美咲を手懐けて、どっかに囲っているってわけね。で、夜のお世話もしてもらっていると。最低ね」

「亜希子! 言って良いことと悪いことがあるぞ!」

「親子でそんなことするなんて……あぁ、おぞましい。畜生にも劣るわ」


 その言葉に美咲は亜希子を強く睨みつける。


「あんたの血を引いてるんだ。私がおぞましいのも当たり前でしょ。畜生にも劣るのはお前だ!」


 しかし、亜希子はいやらしい笑みを浮かべたままだ。


「あら、何の証拠があってそんなことを言っているのかしら?」


 亜希子の手には美咲のスマートフォンがあった。それをヒラヒラを美咲へ見せつける亜希子。


「あっ……」

「ねぇ、真一。美咲にスマートフォン持たせるのは早いんじゃない?」

「私のスマホを返せ!」

「いいわよ、返してあげる。はい」


 亜希子は明後日の方向へスマートフォンを放おった。放物線を描いて飛んでいく美咲のスマートフォン。その先にはキッチンのシンクがあった。そして――


 ドボンッ


 ――シンクの中にあった水が並々と入っている食器洗い用の桶へと吸い込まれた。


「私のスマホ!」

「美咲のスマホって、防水機能ついてたっけぇ~?」


 亜希子はキッチンへ向かい、桶に手を突っ込んだと思うとそのままジャバジャバと音を立て始める。


「なんか汚れてるみたいだから、洗っといてあげるねぇ~」


 取り出した美咲のスマートフォンを洗剤で洗い始める亜希子。


「私の……私のスマホ……証拠が……」


 亜希子は、泡だらけのスマートフォンを水でゆすぎ、電源ボタンを押した。しかし、ディスプレイには何も映らなかった。

 ニヤリと笑った亜希子は、スマートフォンを真一と美咲の方へと放おった。


 ゴトン


「はい、返すねぇ~」


 涙ながらにスマートフォンを拾う美咲。亜希子はそれをニヤニヤしながら見ている。


「……美咲、行こう」


 美咲に肩を貸して、ダイニングキッチンを出ていく真一。そのまま玄関へ向かった。


「美しい親子愛ねぇ~。一円にもならないけど。あははははは!」


 高笑いする亜希子を無視し、ふたりは振り向くことなく自宅を出ていった。家の前に停めておいた車に乗ったふたりは、そのまま自宅を離れていく。

 走行中の車内で、心配そうに美咲へ声を掛けた真一。


「美咲、大丈夫か?」

「……お父さん、聞いて」

「美咲?」

「私、思い出したことがあるの。お願い、話を聞いて」


 頬を腫らしながらも、真剣な面持ちで訴えかけてくる美咲。その様子に真一も耳を傾けることにした。


「お父さん、あのね――」


 五分後――


「――つまり、そういうことなの。私、すぐに確認するから」

「美咲……ありがとう。ものすごく助かるよ」

「ふふふっ、やったね!」

「でもな――」


 赤信号で車がスゥッと停まった。真一は真面目な表情で美咲と向かい合う。


「――もうこれ以上はダメだ。美咲の気持ちは嬉しいけど、さっきみたいなことがまたあったら……あとはお父さんに任せてくれ」

「で、でも!」

「美咲」

「……分かった……でも、私はいつだってお父さんの味方だからね。それだけは覚えておいて」

「ありがとう。本当に心強いよ」


 信号が青に変わり、深紫色の軽自動車がゆっくりと滑り出す。

 笑顔を交わしあったふたりは、沙織の家へと向かった。


 ハンドルを握りながら、真一は気合を入れる。


(悔しいが、あそこで手を出すわけにはいかなかった……美咲を守るためにも、早く決着をつけなければ……各所との調整ももう終わる……エックスデーは……今週末だ!)


 遂に迎える対決の時。それぞれにどんな結末が待ち受けるのか。それを知るものは、まだいない。






----------------



<次回予告>


 第27話 対決の時



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