第五章 対決
第25話 淫靡な記録
過労とストレスで倒れた真一は、精密検査の結果、それ以外に異常は認められなかったため、三日間入院した後に退院した。娘の美咲と義母の沙織は毎日見舞いに訪れており、真一もふたりの優しさに触れ、妻の亜希子の不倫によって深く傷つけられていた心を少しずつ癒やしていった。
なお、亜希子が見舞いに来ることはなかった。
真一の退院から一週間後の午後――
真一の自宅前に深紫色の軽自動車が停まっている。真一の車だ。
「美咲、大丈夫かい?」
「うん、あの女がいても無視するから大丈夫だよ」
「お父さんも一緒に――」
「お父さんはここで待ってて!」
助手的に座っていた美咲は、車のハンドルを握っていた真一の手に自分の手を添えた。
「あの女の顔みたら、お父さんまたストレスになるでしょ。忘れ物を取ってくるだけだから大丈夫。私もここに長居したくないしね」
「……わかった。ありがとな、美咲」
「ふふふっ。じゃあ、ちょっと行ってくる」
車を降り、家の中に入っていく美咲。真一は、車の中でそれを心配そうに見守っていた。
カチャ カチャ ガチャリ
そのまま無言で家の中に入り、そのまま二階の自分の部屋へ。机の中にしまっておいた友人の愛香との写真や思い出の品を自分のバッグに詰め込む。ふと自分のベッドに目をやると、布団は乱れ、得体の知れない染みが大小いくつもついていた。
必要なものをすべてバッグに詰め、部屋を出ていこうとする美咲。扉のノブを手に持った時、誰かから呼ばれた気がして後ろを振り向いた。そこには、机で勉強している自分がいた。美咲は涙が零れそうになった目を腕で拭うと、誰もいない部屋を出ていった。
(あの女はいないの……?)
一階に降りて様子を
(こんな時間に……またエクササイズでもしてたのかしらね、豚女が)
心の中で母親である亜希子に悪態をつく美咲。渋い顔をしながらダイニングキッチンを覗いた。その瞬間、美咲はハッとした表情を浮かべる。
亜希子のスマートフォンが置いてあった――
亜希子が決して手放さなかったスマートフォン。それがテーブルの上に置いてある。夫の真一も、娘の美咲も、最近は不在にしていることが多いため、気が抜けていたのだろう。
慌ててそれを手にする美咲。
(お願い……セキュリティが設定されていませんように……)
美咲は電源ボタンを押した。ディスプレイに明かりが灯り、パスワード入力を求める数字のキーパッドが表示された。
ニヤリと笑う美咲。
(数字の位置が変わるランダムキーパッドとかの設定はしていないみたいね。これなら楽勝だわ!)
美咲は亜希子の指の動きを見ていて、それを記憶していた。整然と並んだ数字のキーパッドを記憶にそってタップしていき、最後に実行キーをタップ。
(いけた!)
ディスプレイには、時計表示と様々なアイコンが表示された。
浮気の証拠となる写真や動画を探す美咲。
「うっ…………ひとって、ここまで愚かになれるの……?」
背徳の沼に溺れ、母親であることを放棄した女のおぞましい写真や動画が無数にあった。普通の女子中学生であれば決して目にすることがないであろう色欲にまみれた映像。こみ上げる吐き気に耐えながら、美咲は確認作業を続け、取り出した自分のスマートフォンで画面を撮影していく。
カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ
そして、LIME(チャットアプリ)のやり取りも確認。口には出せないような下品なメッセージのやり取りの履歴が残っており、目を覆いたくなるような乱れ切った画像がここにも投稿されていた。さらには、真一が入院した後、多額の生命保険金が転がり込んでくるかもしれないと、喜びに溢れたメッセージのやり取りもあった。
「……豚女が……」
カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ
「……これで一通り撮影できたかな……」
悪態をつきながら、ひたすらに撮影を続けた美咲だった。が――
ガズンッ
「うっ!」
――頭に強い衝撃が走り、美咲はその場に倒れ込む。
顔を上げると、怒りの表情を浮かべた風呂上がりの亜希子が立っていた。おそらく亜希子に思い切り殴られたのだろう。
「いったぁ……あれ、豚の水浴びは終わったの? 毎日ヤリまくってる臭い身体じゃ外には出られないもんね」
美咲からの侮蔑の言葉で、亜希子の額に青筋が浮かぶ。
「このクソガキ……」
幸せの思い出が詰まっていた自宅のダイニングキッチンで、母親と娘の怒りと憎しみがぶつかり合う――
----------------
<次回予告>
第26話 雲の上へ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます