第24話 新たな絆
県立中央病院 一般病棟――
「こら! 廊下を走ってはいけませんよ!」
「ご、ごめんなさい!」
廊下をセーラー服姿で走る美咲。すれ違った看護師から注意されてしまったが、その足が止まることはない。一秒でも早く父親の下へ。
「701……702……703、あった!」
703号室は大部屋のため、扉がなかった。そのまま部屋に飛び込む美咲。部屋の中を見渡すと、部屋の一番奥の右手、窓側のベッドのところに美咲の祖母である沙織の姿があった。駆け寄る美咲だったが、沙織は人差し指を口に当てて、静かにするようにポーズを取る。
ベッドには眠っている父親の真一がいた。
顔をくしゃくしゃにして、声を出さずに涙を零す美咲。ベッド脇に座っていた沙織は美咲に寄り添い、優しく抱き締めた。身体を震わせる美咲の頭を撫でる沙織。
「……お父さんね、ちょっと疲れちゃったみたい。今はゆっくり眠らせてあげよ。ね?」
沙織の言葉に頷く美咲。沙織はベッドの向こう側にもうひとつ椅子を用意して、美咲に座るように促した。真一を挟み合うようにして向かい合うふたり。窓の外は、もう日が暮れており、空が夜へと変わろうとしていた。
「……お父さん、大丈夫なの……?」
「……うん、疲労とストレスで神経が参っちゃったみたいだね……お父さん、課長さんで仕事も忙しかったと思うし……会社の緊急連絡先を私の携帯の番号に変えていたのが不幸中の幸いだったわ……」
「……お父さん……」
真一の寝顔を見つめる美咲。
沙織と美咲は小さな声で会話を続けた。
「……ねぇ、お母さんは……? 家にいなかった……?」
「……お母さんって誰ですか……?」
「……えっ……?」
「……私に母親はいません……」
「……美咲ちゃん……」
「……そういえば、以前私が住んでいた家に女がいましたよ……」
「……声はかけたの……?」
「……はい、お父さんが倒れたことも伝えました……」
「……それでも来なかったの……!?」
「……エクササイズで忙しいそうです……」
「……エクササイズ……?」
「……よっぽど気持ちいいみたいですよ。ペアでやっていました……」
「! ……ウ、ウソでしょ……?」
「……寝室の中で……ベッドの軋む音……激しい吐息……動物の鳴き声みたいなものも聞こえましたね……」
「……情けない……なんて情けないっ……!」
「……家は汚染されました……アイツらに……すべて……」
美咲は膝の上で握っている拳を震わせ、沙織は自分の娘である亜希子の愚行に怒りの涙を浮かべた。
「んん……」
ベッドの上の真一が小さく声を上げた。美咲と沙織の視線が注がれる中、真一はゆっくりと目を開けた。
「……あれ? ここは……」
「お父さん!」
涙を零しながら真一に抱きつく美咲。
「えっ? 美咲?」
「真一くん、具合はどう?」
「お義母さんまで……」
「真一くん、会社で倒れたのよ。覚えてる?」
「あっ、そういえば……」
「お父さん……ヤダ……心配させないで……」
美咲の抱き締める力が強くなっていく。
「美咲……ごめんな……心配かけて……」
その顔を沙織に向ける美咲。
「おばあちゃん!」
「ん? どうしたの?」
「おばあちゃんも自分の気持ちに素直になって!」
「えっ……」
「お父さん! お父さんは、おばあちゃんにも凄く心配かけたんだからね!」
真一が沙織に目を向けると、その手は震えていた。
沙織の瞳が
「真一くん……」
沙織はそのまま両手で顔を覆い、小さく嗚咽を漏らしながら身体を震わせた。
自分に抱きつく美咲の頭を優しく撫でる真一。
「お父さん、早く離婚しなよ……お父さん、壊れちゃうよ……」
「真一くん、お願いだから無理はしないで……」
「ふたりとも、ありがとう。もう少しなんだ。もう少しですべての準備が整う……だから、もう少しだけ待ってくれ」
身体を起こす美咲。
「お父さん、おばあちゃん! 全部済んだらさ、私たち三人で家族になろうよ!」
沙織もゆっくりと顔を上げた。
「新しい家族ね。素敵な義理の息子と、可愛くて優しい孫娘。私、とっても幸せなおばあちゃんになれそうね」
真一もベッドの上で身体を起こす。
「ふたりとも……オレの家族に……なってくれますか?」
「私、お父さんと絶対に離れないからね!」
「ふたりともウチで暮らしましょうよ。きっと幸せになれるわ」
微笑み合う真一、美咲、沙織の三人。この三人共通の『幸せの形』がそれぞれの心の中で形作られていく。
しかし、それを具現化するために、真一は妻の亜希子、そして間男の敦と決着をつけなければならない。自身が倒れるトラブルはあったものの、真一の準備は着実に進んでいる。背徳の沼に溺れ、その非道な快楽に飲み込まれた情欲の獣たちとの対決の時は近い。
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<次回予告>
新章『第五章 対決』
第25話
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