第22話 家を穢す

 沙織の家――


 居間で、ちゃぶ台を挟んで向かい合って座っている真一と義母の沙織。ふたりとも厳しい表情を浮かべている。ちゃぶ台の上には分厚いファイルが開かれていた。興信所による亜希子の素行調査の結果だ。


「ご覧の通りです……」

「…………」


 娘である亜希子の痴態に言葉の無い沙織。


「興信所のオフィスでは、車の中で行為に及ぶ映像も確認しました」

「車の中で……なんて恥知らずな……」

「男の方は、コンドームを着けていませんでした」

「! ……真一くん……本当に――」

「お義母さん、謝らないでください……今回の件、なあなあで終わらすつもりはありません。厳しい制裁を加えたいと考えています」


 真剣な顔付きの真一と目を合わせた沙織は、それを肯定するようにゆっくりと頷いた。


「それでは、証拠を積み重ねて一気に畳み掛けます。お義母さん、美咲をよろしくお願いいたします」

「大丈夫よ、しっかりね」


 沙織は、真一の手に自分の手をそっと重ねた。

 真一の手に沙織の体温が伝わってくる。


 ここにも絆はある――


 真一は重ねてくれた沙織の手に、自分の手を改め重ね、沙織の手を挟み込んだ。沙織から伝わってくるその暖かさに、真一は心から安堵した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 閑静な住宅地の中に、一軒だけ他とは違う高い塀に囲まれた大きめの家が建っている。他と比べると、裕福な家族が住んでいるのかと思わせる佇まいだ。

 その大きな家の玄関の近くに、深紫色の軽自動車がスッと停まった。車を降りたスーツ姿の男は表札を確認して、インターホンのボタンを押した。


『はい』


 インターホンから聞こえた女性の声。


「突然申し訳ございません。私、高木(真一)と申しますが、そちらのご主人の敦さんと私の妻の不貞について奥様にお話があり、不躾ぶしつけながら伺わせていただきました」

『えっ! しょ、少々お待ちください!(ブツン)』


 真一は改めて家の表札を確認した。


『松永』


 カチャ カチャ ガチャリ


 玄関を開けて出てきたのは、黒髪ショートカットの女性。亜希子の浮気相手であるスーパーマツナガの店長・松永まつながあつしの妻、涼子だ。不安そうな表情を浮かべている涼子に、真一は深く頭を下げた。


「と、とにかく、ここではなんですので……」

「突然お伺いしたのに、申し訳ございません」


 真一は、涼子の案内で家の中に上がらせてもらった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 真一が涼子の元を訪れた数時間後の夕方、真一の自宅――


 ガチャリ


 亜希子が帰ってきた。


「へぇ、これが亜希子の家かぁ」

「チンケな家でしょ。こんなちっぽけな家しか買えないのよ、ウチの甲斐性なしは」


 亜希子と共に家へ入ってきたのは、浮気相手の敦だ。どうやら店を抜け出して、亜希子に連れられてきたらしい。


「ホントに旦那は帰ってこないの?」

「今夜も夜遅くなるって言ってたわ。このところ、帰りが遅いみたい」

「遅いみたいって?」

「私の方が帰りが遅いからね、敦さんが私を離してくれないから」

「旦那は何も知らずにお仕事か、馬鹿だねぇ。娘は?」

「娘も友だちの家を泊まり歩いているわ」


 亜希子は、夫の真一が出勤する振りをして有給休暇を取得していたり、半休を取得していたりすること。そして、娘の美咲が自分の実家(沙織の家)にいることを知らない。


 玄関先で亜希子へ後ろからかぶさるように抱きつく敦。


「じゃあ、たっぷり亜希子を愛してやれるな」

「ふふふっ。ねぇ、私だけじゃなくて、このちっぽけな家も敦さんの色に染めて……」


 敦はニヤリと笑った。


「全部の部屋の思い出、塗り潰してやるよ。居間、寝室……」

「ねぇ、娘のベッドでもしましょうよ」

「亜希子は悪いお母さんだなぁ。くくくっ」

「生意気な娘にお仕置きしないとね。ふふふっ。ねぇ、早く……」

「たまんねぇスリルだな……よし、まずは夫婦の寝室だな」

「早く、全部敦さんで塗り潰して……」


 階段を上がり、寝室のある二階へと向かうふたり。寝室の扉を開けた瞬間、亜希子をベッドに押し倒す敦。そのまま乱暴に衣服を剥ぎ取っていく。亜希子のスマートフォンがゴトリと床に落ちた。


「亜希子、愛してるよ」

「あぁ、敦さん。私も愛してる……」


 ぶーん ぶーん ぶーん ぶーん


 床に落ちた亜希子のスマートフォンがバイブレーションで振動している。しかし、身体を重ね合わせ始めたふたりは、それに夢中になっていて、まったく気が付かない。

 薄暗い寝室の中で、床に転がっているスマートフォンのディスプレイがポッと光っている。そのディスプレイには『音声着信 母』と表示されていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あの子はなんで電話に出ないの! この大変な時に!」


 自宅の居間で、スマートフォンを手に悪態をついている亜希子の母である沙織。何度電話を入れても、亜希子と連絡が取れないようだ。

 電話を切り、別の電話番号へダイヤルし、慌てたようにスマートフォンを耳に当てる。


「お願い……出て………………あっ! もしもし、美咲ちゃん!? 今どこ!? まだ学校なのね! ……いい、落ち着いて聞いてね。お父さん、会社で急に倒れたらしいの――」






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<次回予告>


 第23話 霧散した希望



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