第21話 調査結果

「高木(真一)さん、わざわざご足労いただきまして申し訳ございません」

「いえ、とんでもないです。色々とお世話になりました」


 雑居ビルの一室。興信所のオフィスで、先方のスタッフに頭を下げる真一。ローテーブルとソファ、テレビのある応接スペースへと通された。

 重そうな分厚いファイルをテーブルの上に置いたスタッフ。表紙には『調査報告書』と印字がされたシールが貼付されていた。

 真一を前に真顔になるスタッフ。


「高木さん、まず結論から申し上げます」

「はい」

「奥様の亜希子さん、クロでした」

「…………」


 真一としても分かってはいたことだが、改めてそう言われるとこたえるものがある。


「……相手は?」

「パート先のスーパーマツナガの店長、松永まつながあつしです」

「パート先の……」

「いくつか証拠写真をお見せいたします」


 テーブルに置いてある分厚いファイルを開くスタッフ。

 そこには腕を組んで歩く妻と店長の写真、ふたりを乗せた社用車がホテルに入っていく写真、車の中で抱き締めあって深い口づけを交わしている写真などがあった。真一にとっては見るに耐えないモノばかりだ。

 スタッフが説明を続ける。


「私どもが調査した限りでは、奥様がパートで出勤されている日は、確実にホテルへ行くなどしていました。スーパーを出る時、奥様は車の中で隠れるような真似をしていましたが……まぁ意味ないですね。噂になっていないのが不思議なくらいです。そもそも店の看板を背負った社用車でホテルに行くとか、この店長とやらも普通ではないですね。常識の無い相当なアホだと思いますよ」


 頭を抱える真一。なんでこんな男に亜希子がなびいたのか、まったく理解ができないのだ。


「それと……ホテル以外でも行為に及んでおりまして」

「はぁ?」


 真一は思わず変な声を上げた。


「場所は、県営自然公園の無料駐車場です。夜、車の中でしていました」


 愛香の父親と会っていた場所だ。確かに人気ひとけは無かったが、あんなところで行為に及んでいたという報告に、真一も開いた口が塞がらなかった。


「その映像を確保してあります」

「!」

「奥様の顔がはっきり分かるレベルで鮮明に撮影できています。かなりショッキングな映像ですが……ご覧になりますか?」


 正直言えば見たくない。しかし、確認しなければ先に進めない。

 真一はゆっくりと頷いた。

 スタッフはノートパソコンを用意し、パソコン本体へ録画データが収まっていると思われるUSBメモリを差し込んだ。さらに、ノートパソコンとテレビをHDMIケーブルで接続。テレビにパソコンの画面が表示された。


「再生します。よろしいですか?」

「はい、お願いします」


 スタッフが動画ファイルをダブルクリックすると、録画したデータが再生された。大画面のテレビに映し出されるその映像。社用車のライトバンの荷室での行為だった。興信所はさすがにプロなのか、行為にふけるふたりは、興信所の撮影にまったく気付いていない様子。その鮮明な映像を見続けるのは、真一にとってまさに拷問であった。

 車の中で乱れ交わるふたりをどれだけの間見ていただろうか。真一は歯を食いしばって、ただテレビの映像を見ている。

 やがて、車内で狂乱の宴を繰り広げていたふたりの獣は、その激しいダンスを止める。亜希子に覆い被さっていた男がゆっくりと離れた――


「!」


 ――男は避妊具をつけていなかった。


 胃がひっくり返ったような凄まじい吐き気がこみ上げる真一。プラスチックの青いバケツを差し出したスタッフ。


「ぉ……ごぇ…………!」

「高木さん、大丈夫ですか?」

「ぅご……ぉ…………!」


 バケツの中に真一の吐瀉物が音を立てて落ちていく。微かに残っていた亜希子への愛情と共に。


「おい、水持ってきて。あとタオルを頼む」

「はい、すぐに」


 興信所の別のスタッフが、テーブルの上にミネラルウォーターのペットボトルとタオルを用意した。こういうことが多いのだろう。誰も慌てている様子はない。


「ぉご……ぉぇぇ…………!」


 もう何も吐き出すものは無いのに、凄まじい吐き気が止まらない真一。バケツに頭を突っ込み、涙と鼻水を垂らし続ける真一の背中を、興信所のスタッフは優しくさすり続けていた。


 しばらくして、真一はようやく落ち着きを取り戻す。


「オフィスを汚してしまって、申し訳ございません……」

「いえいえ、全然問題ありませんよ…………高木さん」

「はい……」

「高木さんは……ちゃんと奥様を愛してらっしゃったんですね」

「…………」

「だからこそ、あんなに強く拒否反応が出たんだと思います。戻してしまう方は多いですが、あそこまでではない。それでも頑張って最後まで見られたのは、きっと娘さんのためですよね。私も娘がいるので、気持ちがよく分かります」


 真一の頬を涙が伝った。

 スタッフはテーブルの上の分厚いファイルを真一の前に差し出す。


「このファイルの後半半分は、直接的にはご依頼の件と関係ありません。これは当方から高木さんへサービスとして無償でご提供いたします。これをどう使うのか。それは高木さんに一任いたします」

「はい……後ほど確認させていただきます……」

「それと、こちらから離婚に強い弁護士をご紹介することもできます。これだけの証拠があれば問題ないと思いますが、確実に奥様や男を追い詰めたいのであれば、ご相談に乗れますので、いつでもご連絡ください」


 こうして興信所の素行調査は終わった。

 真一は、いまだ込み上げてくる吐き気を必死で飲み込みながら、重い調査報告書のファイルを手に自分の車に乗り込んだ。


「まずは、お義母さんと調査報告書の精査だ……」


 真一は、義母である沙織の家へと車を向かわせた。






----------------



<次回予告>


 第22話 家をけが



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る