第20話 父と娘の絆
真一と義母である沙織との話し合いが終わり、娘の美咲は沙織の家で預かってもらえることになった。美咲と沙織の関係は良好で、「おばあちゃん!」「私をおばあちゃんって呼ばないで!」なんてことを言いながら、笑い合うような関係だ。美咲も心を許しているので、少しでも心が癒せればと真一は期待している。
興信所にも妻の亜希子と相手男性の素行調査を依頼。
二十四時間張り付きで調査となると、とんでもない調査費用が発生するので、亜希子がパートに行く曜日と時間を指定。また、通常とは異なる行動や調査すべき価値があると興信所側が判断した物事については、一報をもらってその都度調査の継続有無を判断することになった。かなりの出費にはなるが、亜希子有責での離婚をするためにも、また何よりも娘の美咲の親権確保を確実にするためにも必要な出費と判断した。
ただ心のどこかで、間違いであってほしいという願いを真一は持っている。亜希子を愛する気持ちがまだ
数日後――
秋晴れの昼、深紫色の軽自動車が国道を走っている。真一の車だ。助手席には、中学校の制服であるセーラー服姿の美咲が乗っていた。あれから美咲は学校を休んでいる状況だったが、沙織の家で預かってもらうことをきっかけに、学校への通学を再開したいと美咲から真一に申し出たのだ。愛香のような仲の良い友だちもいることから転校はしたくないとのことだったので、通学時は沙織が車で送り迎えすることになっている。
「美咲、持って行くものはリストアップできてるかい?」
「うん、お父さん。大丈夫だよ」
この日は、亜希子がパートで家にいない隙に、美咲の通学に必要なモノや着替えなどを自宅から持ち出そうとふたりで自宅へ向かっていた。
「お母さん、パートだから大丈夫だと思うけど――」
「私にはお母さんなんていない」
「美咲……」
真一の言葉にかぶせる美咲。
「パート? 違うわよね。浮気しに行ってるんでしょ、あのババァ」
「……ごめんな、美咲」
「なんでお父さんが謝るのよ! やめて!」
「…………」
中学一年生の娘にこんなセリフを言わせる事態になってしまった。この状況に、真一は美咲に謝ることしかできなかった。
「とにかく家に着いたら、必要な物を急いでまとめるんだ」
「……うん、分かってる」
そして、自宅へ到着。家に入ると、美咲は自分の荷物をまとめるために、二階の自分の部屋へ足早に向かっていった。
一階のダイニングキッチンでいつもの椅子に座った真一は、誰もいないキッチンを見つめる。
『あなた、おはよう。今、アジ焼くからちょっと待っててね』
『お母さん、手際わる〜い』
『た、たまにはお母さんだってこういう時があるのよ!』
『のんびり待ってるから慌てなくていいよ』
『だってさ。お父さん、本当にお母さんに甘いよね〜』
『お父さんのお母さんへの愛よ。ね、あなた?』
『はいはい。愛してる、愛してる』
『あなたったら、もう!』
『お母さん、なんか焦げ臭いんだけど……』
『えっ? きゃー! アジ焦がしちゃったぁ……』
『亜希子、何やってるの……』
『あはははは! お母さん、ナイスなオチ!』
三人で暮らしていた頃の朝の一コマ。いつだって感じることができた幸せの一コマ。もう二度と感じることができないかもしれない一コマ。
誰もいないキッチンを見つめる真一の瞳から涙が零れる。どうしてこんなことになったのだろう。亜希子を愛していた。態度でも示してきたつもりだ。それがなぜ、どうして……自分の中ではどうしても答えが出てこない問いが頭の中をぐるぐる回っていた。胸が苦しくて、涙が止まらない。両手で頭を抱える真一。
そんな真一の頭を暖かい何かが包み込む。
「お父さん、私がいるからね……」
美咲が抱き締めてくれたのだ。
父親を嫌悪する年頃の娘が、その父親の頭を胸に抱き締める。それがいかに異常なことなのか、真一も理解している。美咲はすでに限界まで追い詰められているとも言える状況であり、地獄で蜘蛛の糸に
そして、真一もまた限界まで追い詰められているひとりであり、
(絶対に離れない。お父さんは私を守ろうとしてくれている。だから、私もお父さんを守る。私がお父さんを助けるんだ!)
そんな強い気持ちを込めて。
切れかけた家族の絆を必死で
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二週間後、興信所から調査結果をまとめたとの連絡があり、真一は興信所のオフィスへ再度赴くことに。
亜希子の真実の姿。真一はそれを目にすることになる――
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<次回予告>
第21話 調査結果
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