第10話 虚構の女神

 就職先の新人歓迎会で出会った高木たかぎ真一しんいち。私と同い年で新卒。特別イケメンなわけでもない、本当にごく普通の男……なんだけど、妙に気になった。他の新卒と違って、チャラさを感じない真面目な男子。でも、こういうのがベッドの上では獣になったりするんだよね。

 ちらりちらりと見ていると、真一の隣の席が空いたので、さり気なく席を立った。


「あれ~、亜希子ちゃん、どっかいっちゃうの~」

「すみません、ちょっとお手洗いに……」


 酒が回っているのか、同じテーブルにいた先輩社員がヘラヘラと絡んできたけど、笑顔でかわした。仲が良いわけでもないのに、名前をちゃん付けで呼んでくるあたり、凄くウザい。

 お手洗いに行く振りをして、私はそのまま真一の隣に座った。


「お疲れ様です」

「あっ、お疲れ様です」

「私と同じ新卒の高木真一さんですよね」

「あなたは確か……長田ながた亜希子あきこさん、でしたよね?」

「わっ! 覚えていてくださったんですね!」

「はい、新入社員の自己紹介の時にお名前を知りました。オレの名前も覚えていてくれて、ありがとうございます」


 照れくさそうに微笑み、少し頬を赤く染めた真一。

 その後も楽しくおしゃべりを続けたが、ガツガツしてくるわけでもなく、心地良く話が出来た。他の男と何が違うんだろうか。とても不思議な感覚だ。


「……高木さん、よろしければウチでもう少しお話しませんか?」


 歓迎会がお開きとなり、居酒屋の外で三々五々。帰宅するひと、二次会に行くひと、カラオケに行くひと。みんなそれぞれだった。私は周りからの誘いを断り、思い切って真一を誘ってみた。もっとおしゃべりしたい、そして私を求めてほしい。が――


「長田さん、ひとり暮らしですよね。オレ、行けないですよ」


 ――あっさり断られた。普通の男ならヒョイヒョイついてくるのに。


「長田さんを傷付けるようなこと、したくないので」


 その一言に胸が高鳴った。女が誘っているのに、恥かかせて! 私としたくないの!? ……って、普段だったらそう思ってた。

 違う。意気地がないとかとは違う。今までの男たちと、このひとは違う。

 真一の困ったような微笑みには、私を気遣う暖かくて優しい何かがあったのだ。そして、真一はにっこり笑った。


「近くにバーがありますので、そこでお話ししませんか?」


 あぁ、そっか、結局私を酔わせて――


「そのお店、ノンアルコールのカクテルがいっぱいあるんですよ。長田さん、さっきもあまり飲んでらっしゃらなかったので、その方がいいかなって」


 ――真一は、良い意味で私の斜め上を行っていた。


「はい、ぜひ行ってみたいです。ご一緒させてください」


 笑顔の私に、嬉しそうな表情を浮かべる真一。


「じゃあ、行きましょうか。その店なら飲み比べもできますよ!」

「でも、太っちゃうかもしれませんね」

「確かに! 飲み過ぎには注意ですよ!」

「あははははは!」


 私と真一は、夜の繁華街へと消えていった。

 男と一緒に夜を過ごす場所は、ベッドの上だけじゃない。

 私は、そんな当たり前のことを真一に教えてもらった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌週、勤め先のオフィスビル――


「総務の長田さんってさぁ、すっげぇヤリマンらしいぜ!」


 ある日の午後、私がお手洗いからオフィスへ戻ろうと廊下を歩いていると、休憩ルームの扉の向こうから私の名前が大きな声が聞こえてきた。蔑みの言葉と共に。思わず足を止める私。


「長田さんって、新卒の子だっけ?」

「そうそう! 俺の大学の後輩があの子を知っててさ、頼むと誰とでもタダでやらせてくれるって、大学中で有名だったらしいんだよ!」

「誰とでもタダで!?」

「そうなんだよ! 最初はサークルで引っ掛けたらしいんだけど、ヒョイヒョイついてきて、簡単にやらせてくれたって! で、散々遊んでやった後、周囲にお裾分けしてやろうって、噂をバラ撒いて放流したらしいよ」

「噂?」

「タダでできる『公衆便所』だって! その話が大学中に広がったらしい」


 脳天を重い鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 男をもてあそんでいる気になっていた。私は男を手球に取る愛の女神なのだと。でも、現実は違っていた。私は男たちの欲望の吐き捨て場だったのだ。ついたあだ名が「公衆便所」。大学でそれが有名だったのも知らなかった。ショックすぎて涙も出てこない。

 自分の取ってきた浅はか過ぎる行動。後悔しても後悔し切れない。この会社でもそういう目で見られるようになるのだろうか。そんな大きな不安が心の奥底から湧いてくる。私はひとり休憩ルームの扉の前で動けずにいた。


 しかし、扉の向こうからは――


「その話、もうやめませんか? 聞いていて気分が悪いです」


 ――真一の声が聞こえてきた。






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<次回予告>


 第11話 差し伸べられた手



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