第7話

 そういえば、亜紀乃はインスタとXも始めたとか言っていたか。教えてもらったアカウントを検索して、そちらの方も確認した。Xはまだ十件ほど。インスタには、角が二本生えている恐竜のぬいぐるみのようなものが画面いっぱいにひしめき合っているだけだった。俺には理解できないユニークな世界だが、今の女の子の間ではこういうものが流行っているのかと感心して眺めてしまった。恐竜が飾られているのはどうやら亜紀乃の部屋らしく、思わずその画像を拡大してしまう。その途端、女の子の私生活をのぞき見しているような、見てはいけないものを見てしまった気がして、心臓が激しく高鳴りだした。次第に照れくさくなってきて、やれやれこれじゃいかんとスマホを消す。


 久々に亜紀乃の部屋を見てしまった。亜紀乃の部屋に入ったのは小学校以来か。あの頃は縫いぐるみと絵本が散らばる可愛らしい部屋だったのに、インスタにあった亜紀乃の部屋は、カーテンがピンクから青色に替えられて、参考書が増え、友人たちと写る写真立てが並んでおり、大人びた高校生の女の子の部屋へとすっかり模様替えをされていた。


 それからかるたの練習を始めた。そして休憩のたびに、俺はスマホを確認する。亜紀乃のXもインスタも動く気配はない。それから三十分後、また確認、それからまた確認……


 この日いったい何度亜紀乃SNSを確認したことだろう。いやはや、今日はかるたよりもスマホの方が仲が良い。集中力を散漫させぬようにと気を引き締めるものの、どうしても亜紀乃のSNSが頭から離れなかった。こんなに誰かのSNSを楽しみに思うのは生まれて初めてだった。次の更新はいつだろうかと、今か今かと待ちわびてしまう。


 夕方になって、やっと一件ツイートされた。

「今日も元気にザウザウザウルス三昧です。ザウザウに負けないように勉強を頑張ります」


 たった一つのつぶやきに、心臓が跳ねあがるほど胸が躍った。インスタにはまたもや亜紀乃の部屋に置かれた恐竜が投稿されていた。亜紀乃は余程この奇妙な恐竜が好きと見える。このツイートとインスタだけで想像力が急激に膨らんだ。ほんの少し前に亜紀乃がスマホに触り、恐竜の写真を撮り、それを見て喜んでいたわけである。そんな一連の光景がありありと目の前に浮かんだ。彼女の普段知りえないような生活が自分の身近にあるような気がして、高揚した気分をどうしても抑えることができなかった。


 ところが翌日は、待てども待てども更新がなかった。結局夜までつぶやき一つなし。ベッドで横になり寝る直前までしつこく何度も確認するも、Xの画面に変化はなかった。同じような画面をずっと見ていたせいか、俺の逸る気持ちが冷たくあしらわれているような感覚にじわじわと陥ってきた。周りに誰もいないような寂しさと孤独がひとしお強く押し寄せる。なぜだろう、一人でいることなどいつものことなのに。隣に行けばすぐに会えるはずなのに。この感覚は俺に妙な違和感をもたらした。


『一度くらいは、メールか電話くらいしてあげなよ。きっと向こうも喜ぶから』


 ああそうか、と納得がいく。ようやく俺は篠原の言葉の意味を理解した。これはもみじではなくて亜紀乃に向けられた言葉である。ほんのささいな出来事でも、相手の存在を感じるだけでこれほどまでに嬉しいものなのか。そして存在が消えてしまうだけで、これほどまでに切なく苦しく感じるものなのか。会えないことが、会わないことが、そして連絡のないことが、ここまでの辛さと寂しさをもたらすとは思ってもいなかった。


『私にとってのソフトボールは人生の宝です。大学へ入っても続けます』


 こんなに力強い信念が彼女の中にあったとは。俺は驚きをもって何度も亜紀乃の動画を見つめた。彼女の瞳には数多の星が輝きを放っていた。その瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。そう、彼女は強いのだ。早朝早くから弁当を作ってくれたその強さ。福井から東京まで慣れない足で弁当を運んでくれたその強さ。


 今、ふと思う。俺は、彼女の強さのお陰で勝てたのではなかったか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る