第5話


 もみじとの連絡ってどれくらいしただろうか。もみじと出会ったのは小学四年の頃、俺が京都大会でB級優勝してA級に昇進したときだ。その時のB級決勝の対戦相手が秋生もみじという同じ年の女の子だった。


 もみじは強かった。華奢な体からは考えられぬほどのパワーとスピードを備えており、その勢いはまるで竜が滝を昇るような猛々しさが、そしてその速さはまるで最新のスポーツカーを思わせるほどの俊足な鋭さをもつ払い手をしていた。ただ、その速さが早ければ早いほどミスを伴う。二、三度と増えてゆくお手つきの隙をみて俺は一気に攻勢をかけ、そのままずるずると勝負がついたような結果となった。負けん気の強いもみじはその後も俺に勝負を挑み続け、何かあるたびに東京から福井へ出向くようになり、いつの間にやら足羽会、そして家族ぐるみの付き合いとなっていた。先日うちへ来た「流れ」というのも、そのようなものである。次第に好意を持ち始めたというのも、自然な成り行きといえるだろう。


 けれども、俺ともみじはそう頻繁に連絡を取り合うような間柄ではない。「今度そちらへ練習に行きます」「分かりました。よろしくお願いします」とまあ、いつもの業務連絡はそれくらいで、メールもLINEもほぼ皆無だ。来るときも練習のために来る、ただそれだけのことである。


 好きな子に気軽に連絡を取れないことも、「あきのたの」といった特定の札に強い執着を見せてしまうことも、元々は奥手な俺の性格が原因だ。なにかアクションをしようとすると、どうしても上手くいかないことが頭にもたげてくるのである。連絡してもつれない返事だったらどうしようとか、札を送って取られたりしたらどうしようとか、まあそんな感じだ。いや、もちろん、俺自身はそんな言い訳をするつもりは毛頭ない。ただ意識しようとしなくても無意識にそれが生じてしまうのである。


 変化というのは恐れを伴う。恋でも札でもメールでも、どんなものでも。一番大事なものを一番近いところで守ろうとするのは、動かすことよりも動かさないでいる方がより安心できるからだ。もみじへの連絡が億劫になったり、「あきのたの」という特別な札を相手陣に送ったりということが、絶対にできないということはないにせよ、どうにもこうにも苦手なのはこのような理由がある。


 俺は本当にもみじのことが好きなのだろうか、自分でもはっきりしない。高校生になった今でも恋の行方に道標が見えないのは俺が招いた結果であり、自業自得と言えるのかもしれない。自分の弱さにはつくづく呆れてしまう。かるたの神だって、きっと同じ思いをしていることだろう。俺には足りないものがまだまだある。日々反省、精進せねば。



 クリスマスから夜が明けて翌二十六日。昨夜は石川のかるた会で終電まで出稽古をしていたので、家に着いたのは深夜近くにまでなってしまった。帰宅して風呂に入り布団に潜ったのは夜の一時を超えていた。さすがに今朝は体がだるい。


 今日は冬休みだが、学校では大学入試に向けた課外授業が始まっているはずだ。けれど俺はすでに合格しているので、授業を休んでいいと学校側から指示されていた。その分名人戦に向けた練習に励めとのことである。この気遣いは非常にありがたかった。昨日の出稽古では調子が悪かったこともあり、練習で自信をつけるどころか名人戦への不安が逆に高まってしまった。自戒を込めて丸々今日一日練習に専念しようと思う。


 居間へ降りると母が出勤の準備をしているところだった。

「慎二、おはよう。昨日は帰り遅くて大変やったの。冷蔵庫の中にクリスマスのケーキがあるから食べときや。今年はオノサンとこのケーキやざ」


 オノサン、と言われて、はてどこの店だったのかと首を捻る。

「オノサンってなんや。新しい店でもできたんか」

「何言っとるんや。ジャルダン・ディリスのオーナーさんに決まっとるが。小野さんや。あそこは親子そろって男前でのお、つい見惚れてホールケーキ二個も頼んでもうたわ。悪いけどたくさん食べといてな」


 男につられてホールケーキ二つとは、母もいったい何を考えているのだろう。家族三人でどうやって食べきるというのだ。篠原のしたり顔が目に浮かぶようで複雑な心境になった。


 行ってきます、とバタバタと慌ただしく母が出ていくのを見送って、俺は食卓につきパンをかじった。口を動かしながら新聞をざっと読み、世の中の平和と先の見えない紛争と政治の混乱を確認する。

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