　エリス姫の厚意で城に滞在させてもらい始めてから数週間。

　最初の驚きは次第に慣れ親しんだ日常となっていた。豪華な室内やエリス姫の優雅な振る舞い、リリーとモモの心遣いに囲まれた生活は、一見すると夢のように見える。し

　かし、そんな贅沢な時間の中でも、俺の心の中には常に重い不安が渦巻いていた。

「ケイさん、どうしたんですか？」

　モモの元気な声が、俺を現実に引き戻す。彼女の瞳には心配の色が浮かんでいる。

「いや、なんでもないよ。」

　俺は無理に笑顔を作るが、気持ちは晴れない。

　実は、俺がここにいる間も、頭の中では常に親父や会社のことがぐるぐると回っていた。御曹司としてのプレッシャー、そしてその期待に応えなければならないという責任感が、俺の心を重くしているのだ。

　ここにいる間にも、毎日のように大量の仕事が舞い込んでいるのだろう。無理にでも報告を上げなければならないのに。

「ちょっと、考え事してただけだよ。」

　エリス姫の城で過ごす日々は、確かに楽しさも新鮮さあったが、心の奥底には常に帰りたいという強い欲望があった。こんな異世界にいる暇なんてないんだ。

　それに、エリス姫も特異な不審者を面白そうだから置いているだけなのだろう。箱入りのお嬢様にありがちな好奇心で、新しいおもちゃを遊んでいるだけ。

　俺の妹もそうだったからよく分かる。

「ケイさん、どうしたんですか？なんか元気がないですよ？」

　リリーが気づいて近づいてくる。彼女の優しい声と柔らかい手が、俺の肩に置かれる。

「大丈夫だよ、リリー。ありがとう。」と答えながらも、その言葉に説得力がない自分を感じる。

「ケイさん、何か力になれることがあれば言ってくださいね。」

　リリーの言葉に感謝しながらも、心の中で強い決意を抱く。どんなに異世界で楽しい時を過ごしても、俺の帰るべき場所がどこかに存在するのは間違いない。その責任から逃げるわけにはいかないのだ。

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