第40話 王都への道⑥

次の日、イノシシ討伐で進行が遅れたため、いつもより早めに出発する。


トンネルをいくつも通っていく。盆地の標高が一番高かったのかゆるやかに下っていくと途中で泊まる予定だった小さめの町を通り過ぎる。


なんでも温泉で有名な町らしい。前世で入ったのはいつだったろうか。別に温泉好きというわけでもないのだが入れなかったことを残念に思っている自分がいる。なぜだろうな。


下りが多い道のため今までにないような速度で進んでいる。しかし、足にかかる負荷はなかなかに大きい。


回復をしながら走り続ける技術が必要とされる。これもセリアが魔力を使うの見ながら参考にして習得していく。


六時間ほど走り続けただろうか。少し開けた場所にたどり着いた。


マナスに似ている地形で規模を小さくしたような感じだ。同じように高めの城壁で囲まれている。中に入って昼食と休憩を取る。


あまりこの町は商業的に発展していないようで繁華街と言ったものはないようだ。狩猟で生計を立てているものが多く、必然と狩猟者向けの飲食店で占められる。


狩猟者向けのレストランに入ると、やはり狩人かりゅうどだとわかる雰囲気の者がちらほらと見られる。複数人で食事をしているものもいるが多くは一人でくつろいでいる。


普段は魔力の気配をある程度抑えているので店に入った瞬間にセリアに注目が集まると言うことはないが席について注文を取っていると何人かはちらちらとこちらをチラ見するようになった。


3人組で食事を取っていた人たちはこちらを見ながら小声で話し合っている。


「、、、もしかしてあれは絶剣のセリアじゃないか? 」


「あの髪色は間違いなくそうだろう。魔力変異という話だ 」


「一緒にいるのは誰だ。ここらへんじゃ見ない顔立ちだな 」


「あの黒髪黒目は魔力変異か? 獣人では珍しくないそうだが獣人ではないな 」


いろいろ話しているが別にこちらに絡んでくる様子はない。狩人の不文律ふぶんりつというやつか。必要以上に他人にかまうことはない。こちらを見て話しているのはまだ新人と言った感じか。


やはりセリアは狩人の間でも有名なようだ。王都で騎士団長をしているなら当然か。魔力変異で特徴的な髪色をしているしな。


しかし、狩人と騎士団長は兼務でいいのだろうか? 昨日絡んできた貴族はそこら辺に突っかかっていたのではないだろうか?


いや、部外者だしそこを考えるのは余計なお世話か。余計なことを考えずにメニュー選びに専念しよう。ここら辺の名物料理というか一般的な食材は鹿であるらしい。


前世では食べたことがなかったのでこれにしてみるか


注文が終わると程なくして料理が運ばれてくる。早いな。狩人向けだからだろうか。狩人はせっかちな人間が多いのかもしれない。それとも単にこの地域にそういう気質があるのだろうか。まあ、考えても仕方がない。目の前の皿に意識を集中する。


頼んだものは鹿肉のステーキだ。鹿というとあの雷鹿のつがいを思い出すな。多少心が痛まないでもないがあのときは俺も必死だった。


生きるためには仕方がない部分もある。すべての部位は余すことなく活用した。同種のこの肉を食らうことで供養納くようおさめとすることにしよう。誠に勝手ではあるが。


ほどよく焦げ目のついた厚切りの鹿肉に別容器でつて来たステーキソースをかける。端からナイフで一口サイズに切り分けながら口に運んで行く。噛みしめると独特の風味が口に広がり、香りとコクが強めのソースと良く合う。


最後まで肉を食べきると皿に残ったソースをパンですくって食べる。ごちそうさま。心の中でそうつぶやく。俺に料理が出来たならあの鹿を食べれば良かったかな。


直接肉体を構成する材料にしているから食べる以上の意味合いを持っているんだが気持ちの問題か。、、、味が気になっただけか。


食事と休憩が終わると出発する。どうやら今日中に王都には到着できるようだが少し遅めの到着になるようだ。


なるべく遅くならないようにさらに速度を上げて進んでいく。出発前にセリアから聞いていたのだが確かに結構きつい。


耳をかすめる風がごうごうとうなりを上げる。目に当たる風がうっとうしい。魔力を込めて防御すれば大丈夫ではあるがゴーグルが欲しくなるな。空気抵抗が今までになく大きく感じる。速度の二乗に比例することがしっかりと感じられるな。


セリアを見習って姿勢の前傾を強めて投影面積を減らす。抵抗は減るがこの体勢を維持して進むのは結構つらいな。


最悪、セリアのスリップストリームに入らせてもらうことも視野に入れるべきだろうか。それはちょっと情けない感じがするからギリギリまで頑張ろう。


2時間ほど経てばだいぶきつい前傾姿勢で走って行くことにも慣れてくる。トンネルの出入り時の暗順応や明順応も同時に行わなければならないが、一度魔石が覚えると意識しなくても自然に出来たりするので思いのほか苦労はない。


肉体の回復力が向上していることが有利に働いているのかもしれない。回復が間に合えば慣れるまでずっと練習が続けられる。


山道を抜けて比較的平坦な道が続くようになる。川を越えるために橋を渡ったり町や村を通り過ぎていく。日が暮れだしてもとにかく進み続けて、日が完全に暮れる頃に王都の圏内にたどり着く。


王都の正式名称はプラニスというらしい。みんな王都っていうからなじみがないけど。


王都は城壁で囲まれてはいないようだ。広すぎて囲えないのだろうか? 人口は200万人ぐらいいるらしい。周辺の魔境を切り開いた結果強力な魔物が襲ってくることはだいぶ減っているそうだ。


魔物が現れても騎士団がなんとかすると言う体制を整えているとセリアは言っている。まあ、実際に城壁なしでもやれているからこうなっているのだろう。


仕方ない部分もあるだろうが。外側に住んでいる人はある程度リスクを承知の上で住んでいるのだろう。


王都の道路は車道はアスファルト、歩道は石畳で舗装されているところが多い。アスファルトを痛めないように速度をだいぶ落として走行する。


流石に王都まで来ると自動車らしきものとすれ違うことが多くなる。前世のように電気自動車かと思うがやはりどこか違和感がある。


セリアについて王都の中心に向かっていると長い陸橋が左右に伸びているのが見えた。


始めは水道橋かと思ったが近づくにつれ大きさがわかってくると違うなと思いはじめる。道路の高架橋かとも思ったが真下を通るときに高架橋の下から階段を伴う建物が上に伸びているのを確認する。


ひょっとして鉄道の駅か?


建物の入り口には名称を表示するような看板が掛かっている。駅名の表示のように見える。施設に入ってみたい気持ちを抑えてセリアの背中を追いかける。機会があれば後で聞いてみよう。


王都の中心部に近づいていくと城壁が見えてくる。城壁は一応あるのか。人口が増えて収まりきらなくなり城壁外に進出していったのかもしれないな。


遅い時間になっているので城壁の内外を結ぶ門は閉じられている。城門の横に武装した人が二人立っているのが見える。服装をみるに衛兵ではなく騎士のようである。


二人は近づいてくるこちらを見て警戒をしたようだがすぐに緊張を解いてこちらに向けて敬礼らしき仕草をしてくる。右手の拳を握り、左の肩に曲げた指の方を二回軽く当ててそのままの状態を維持する。


セリアの顔を知っているのだろう。いや、魔力の波動で判断した可能性もあるか。


徐々に速度を下げていき二人の手前で止まると、セリアはその敬礼に答えるように同じような仕草を返す。若干ポーズが異なるようだ。セリアのは心臓のあたり、心臓というよりか魔石か、そこに一度だけ当てる。


セリアがポーズを解くと二人も普通の姿勢に戻る。


「ご苦労。通してくれるか? 」


「「はっ!」」


セリアが通すように命じると二人は今度は右手を直角に曲げて前腕部ぜんわんぶを腹の上に置くポーズを取りながら了解の声を上げる。その後、近い方の一人が門の脇にある普通サイズの扉を開けてくれる。


そこをくぐってからは歩いて移動する。城壁の中は走らない方がいいらしい。15分ほど歩いただろうか。一軒の広い家の前に到着する。


金属製の格子で出来た立派な門が閉じられている。家のドアが開いてメイドとおぼしき格好をした女性がこちらに来る。一応呼び鈴がついているのだが魔力を感知したのだろう。ノーアクションで対応してくれる。


呼び鈴いる? と思ったが知らない人は呼び鈴使わないとだめか。


「お帰りなさいませ 」


「うむ。ご苦労 」


メイドさんは門扉もんぴを片側だけ開けて中に招き入れる。入っていいのかと思っているとセリアから声がかかる。


「入ってくれ。私の家だ。今日はここに泊まってもらう 」


有無を言わさぬ感じだ。こちらとしてもタダで泊めてくれるなら願ったり叶ったりだ。、、、タダだよな? あとで請求が来ないか少し不安になる。


そういえばこちらの文化をよく知らないんだよな。前世でも存在していたような文明を見ているので前世の常識でものを考えそうになる。流れに任せるしかないか。体験するしか理解できないものもある。


家の中に通されるとナイスミドルの執事っぽい人とメイドがひとり、こちらを出迎えてくれる。


執事は黒いスーツに似た格好をしている。メイドはフリルとかは全くないシンプルな作業着って感じの黒を基調としたメイド服を着ている。


山下は残念がるかもしれないな。メイド服についてのこだわりを熱く語っていたことを思い出す。真面目にジャックスをやれとも思っていたが今となってはもう少し真剣にあいつの話を聞いてやれば良かったとほのかに思う。


「電話で連絡した通り客人がひとりいる。名前はレインだ。よろしく頼む 」


セリアから紹介されるがどうしたものか。明らかに年配の男性をみると前世の基準で敬語で話したりお辞儀したりしそうになるが家主のセリアにもしないことを使用人とおぼしき人にするのはマズいだろう。


「よろしく。世話になる 」


軽い会釈をしてそう言う。こっちの礼儀とかあんまり知らないんだ。勘弁してね。むこうの礼儀も怪しいけどな。


「はい、よろしくお願いします。執事のジョエルと申します 」


手を折り曲げて30度ぐらい頭を下げる。こっちも似たような感じなのかね。どこかで見たような仕草だ。門を開けてくれたメイドが合流して自己紹介に移る。


「ニーナと申します。よろしくお願いします 」


「ユミーと申します。よろしくお願いします 」


スカートの端を少しつまんで前に軽く出し、同時に軽くお辞儀をする。俺はそれに対してとりあえず軽く会釈をして返す。


「よろしく頼む 」


なんちゃって和服を着ていれば良かったかな。異国人アピールを最大限するべき場面だろう。変な汗が出てきそうだ。あまり気にした風でもないのが救いだな。

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