第39話 王都への道⑤

「エルセリア・ソル・ランセス殿ではないですか。これは奇遇きぐうですね。こんなところで会うとは珍しい 」


話しかけてきた男性は背が高くがっしりとした体型。癖のある茶色の髪を左右に分けて耳ぐらいの長さに切りそろえている。顔は鼻筋が通っていてやや垂れ目気の整った顔立ちである。体格の割に優男といった顔をしている。


セリアにフルネームで呼びかけていたが、真ん中にソルを入れるのはこの国では貴族にあたるんだったか。初めて聞いたがやはり結構な身分だったか。


「やあ、セルダン・ソル・グレンバール殿。久しいな。いつ以来だったか 」


なるほど。この男も貴族だったか。魔力の感じからすると今の俺の肉体より若干大きいぐらいかな。


強さ的に狩人か騎士と言ったところだが物腰や貴族であるということから考えると騎士の方だろうか。いや、セリアは狩人をやっているのか。この辺は良くわからないな。


「王都での社交界以来ではないですか。となると5年ぶりと言ったところですね。騎士団長としての務めはいいのですか? まさかお辞めになられたとか」


なんとなく言葉にとげのようなものを感じる。さてはあんた、狩人じゃないな。狩人ならこういう言い回しはしないだろうからな。


しかし、いや、騎士団長って言ったか? どのくらいの立場か知らないがやはりセリアは結構偉い人なんだろうな。


「辞めてはいない。優秀な部下がいるからな。仕事を任せるのも上司の勤めだ 」


余裕の表情で受け止めて言い返す。その態度を見るとなおのこと偉い立場にあるのではないかと疑念が深まる。対する相手はそれを意に介さずなおも続ける。


「では優秀な部下に花道を譲ってはいかがかな。そろそろあなたも結婚相手を探してもいい頃合いでしょう。騎士団長をしながらよりも効率がいいと進言させていただきましょう 」


現代社会であればセクハラに当たる発言だがこちらではどうなんだろうな。セクハラ野郎とののしってやりたいところだが異界の価値観をこちらに持ち込むのもよろしくない。とりあえずは静観をするしかないな。


しかし、さっきからこの男、全然俺の方を見ようともしないな。こちらの世界の礼儀ではこういう場合、話しかけた側から同行者について尋ねるものだったと思うのだが。


貴族は平民の相手はしないとか言うやつか? しかし、それならこんなカジュアルな飯屋には来ないだろう。それだけセリアにご執心なのか、それとも異国人は眼中にないと言うことなのか。


ふと、目の前の皿に視線を移すとイノシシ肉の煮込み料理が語りかけてくる。


丸い木のプレートの上に陶製の鍋型の器が乗っている。冷めにくいように厚手に作られた取っ手付きの器。その中に褐色でとろみのある液体が未だにぐつぐつと音を立てて煮立っている。ゴロゴロの野菜の間から表面を適度に焦がされた角切りのイノシシ肉がのぞいている。


おいしいよっ!そう俺に語りかけている


俺は腹が減っている。この男を排除することに決めた。


一緒に注文した飲み物は氷が入っていてガラス製のコップの表面には水滴がついている。飲み物を飲む振りをしてそれを指先で集める。


―並列演算


魔石とコアの両方で魔術回路を精密に組み上げていく。


相手にこちらの行動と意図を気づかせないようにしなければならないが俺は最初から見知らぬこの男に警戒を抱いていた。今も特に自己紹介してないし警戒している。なんなら敵意すら持っている。


その範囲でならこちらの変化に気がつかないだろう。あとは感知できないぐらい少量の魔力で魔術を使えば防御されることはないだろう。


幻透水糸げんとうすいし


水滴を目ではとらえられない程、細く伸ばしていく。上着の首元、背中側から背骨を伝うようにはわせて腰に向かって伸ばす。伸ばし終えたら水糸みずいとを背中にくっつける。


今度は雷魔術で水糸に少しずつ電荷を溜めていく。静かにしていたなら電場の変化に気がついただろうがセリアとの会話に夢中の男はそれに気づかない。


やがて準備が整った。


相手の防御をつらぬく方法はいくつかあると思うが最も単純な方法は物理的な力と魔力的な力の合計が相手を上回る攻撃を当てることだ。そうすれば上回る分のダメージを相手に食らわせることが出来る。


だがそれは効率と言う観点から見ればあまり良いとは言えない。もっともいいのは不意打ちにより防御がなされていない場所に攻撃を当てることだ。


それ故に複数人で囲んでいろいろな方向から攻撃をしかけるのは戦術としてはとても有効なものだ。実際に囲まれてボコられると全身を防御で固めるしか出来なくなる。俺は詳しいんだ。


そして、もう一つ言うと物体と魔力の性質を利用することだ。雷の魔術を防ぐには絶縁体に魔力を通して結合力を上げると同時に絶縁性を魔力で強化するのがいい。


逆に、銅線のような電流を流しやすい物体に防御の魔力を流しても防ぐことは出来ない。膨大な魔力消費をすれば可能かもしれないが。


今回は二つとも条件をクリアしている。相手にこちらの行動が気づかれている兆候はない。人間の神経も電流を防ぐようには出来ていない。後は決断するだけだ。


―複合魔術、幻透水糸・雷爆索らいばくさく


水糸の先端から根元に向かって溜まった電荷が順を追ってはじけていく。俺のイメージの中では静電気がバチバチバチッとはじけているが実際は静電気のスパークほど電荷はない。音はせずに背中にビビビビッと電流が流れるぐらいだ。


「大体あなたは王都を守る責任の重さ、ふっほぅっ!」


男は突然、頓狂とんきょうな声を上げて体をくねらせる。まるで背骨に電流が流れたようだ。


どうしました? 早く席について注文した方がいいですよ。おなかがすいて変になっているんだ


ここで初めて男はこちらを見る。俺が何かしたか疑っているようだ。だが俺は腕を組んで目をつぶり静かにしている。


はて? 拙者には何のことやらさっぱり、、、貴殿の勘違いではござらぬか?


何某なにがしは突然大声を上げたことを思い出し周りを見回す。今は夕食には少々早い時間だが店内はそれなりに席が埋まっていて結構な視線がこちらに向いている。


恥ずかしくなったのか咳払いをすると取りつくろって別れの挨拶をする。


「そ、そろそろ私も食事にするとしよう。では失礼する 」


きびすを返して去って行く背中を見送るとこちらも食事をする。


「待たせてすまないな。冷めないうちに食べるとしよう 」


セリアの音頭で食事が再開される。こちらの意図と何かをしたことは彼女にも伝わっているようだ。具体的に何をしたのかは流石にわかっていないようだが。


肝心の煮込みはぐつぐつ言わなくなっていたが湯気はまだ十分に立っていた。急いでスプーンですくい口に運ぶ。口の中に芳醇ほうじゅんな香りが広がり酸味と甘味とクリーミーなコクが舌を突き抜ける。


うまいな。ここの名物料理だけのことは有る


ワインのようなものも入っているのだろうか。果物のような風味が後を引く。角切りのイノシシ肉もうまい。歯ごたえがあってかみしめるとうまみがでてくる。


ほんの少し独特の臭みのようなものがあるがそれが嫌じゃない。風味とうまみのように感じる。今日、自分が一匹仕留めたこともあり満足感も一入ひとしおだ。


皿に残ったソースをパンですくって食べているとセリアが話しかけてくる。


「あいつを許してやってくれるか。あれであいつも苦労しているんだ。詳しくは言わないが 」


どうやらセリアには俺が思っている以上に俺の感情が伝わっているらしい。嫌ではないがやりにくいな。ない返事を返す。


「別に気にしてはいないさ 」


そうとも、俺は寛容かんようなんだ。食べ物ごときでいちいち人を恨んだりはしない。今は空腹も満たされているしな。


「そうか? 今にもあいつを半殺しにしそうな目でみていたが、、、 」


えっ。そんな顔してたのか? あまり顔に出ないタイプだと自分では思っていたのだが。この肉体を制御できていないのか? それともこちらに来ていろいろあったから自分が変わってきているのか?


セリアの顔をまじまじと見つめるとふふっと笑ってこちらから目をそらす。


からかっていたのか。だが嫌じゃない。美人は得だな


食事が終わるとホテルの部屋に戻ってくる。ご飯代は例のごとくセリアのおごりだった。


ヒモも悪くない。そう思い始めている自分にかつを入れよう。今日のトレーニングはいつもよりハードにいく。


痛覚を遮断してもなお痛みを感じるような魔力順化トレーニングに筋トレを行う。筋トレを行うときは肉体に流れる魔力を極限までゼロに近づけてから行う。筋肉が喜んでいるかは不明だがなんとなく引き締まってきているような気がする。


トレーニングが終わると清発したくなるところだが今回はそれをこらえる。人間の肉体を亜空間にしまって分析を行おうと思う。


肉体をしまってコアだけになると妙な気配を出してしまうかもしれない。かといってネズミやウサギになると魔物の気配を察知されてしまうかもしれない。


考えた末、巾着袋きんちゃくぶくろの中に硬貨を入れてその中にコアを紛れ込ませることにした。魔力を結構な濃度で含んでいる魔鉄の中に埋もれれば気配を絶つことは出来るだろう。


しっかりとドアに鍵がかかっていることを確認し取りかかる。亜空間内で巾着袋に持っている硬貨をすべて入れて肉体と巾着袋を交換する。


端から見れば人間がいきなり消えて布団の上に巾着袋が転がるように見えただろう。


亜空間内で肉体を解析する。骨や血管、神経、筋肉などの魔力含有量まりょくがんゆうりょうは増えているようだ。魔力伝導率も上がっている。比較する対象が初期の頃しかないから当然か。


一番重要な魔石について調べていく。結構変化しているな。ビー玉のような球状から平たい形状になりつつある。心臓と癒着ゆちゃくして徐々に胸骨の下に向かって移動しているようだ。


だんだんと最適な形になるように変化しているということか。


肉体の方がそれを目標に変化しようとしているのか、魔石が自分の意思で変化しようとしているのか。あるいはその両方か。


良くはわからないがこの最近の戦力の上昇はここに起因しているような気がする。


今までの訓練方法で問題は無いようだが訓練しなくても強くなっていけそうな予感はある。結論を出すのは早いか。まだ訓練しだして三日だしな。


最後に最大魔力を計測しよう。久しぶりな気がする。


魔石最大魔力 21242

コア最大魔力 16592


順調に成長しているな。狩猟で大金を稼ぐにはまだ足りないかもしれないが焦ってもしょうがない。今日はもう寝よう。亜空間内で体や衣類の汚れを落としてのキレイにする。肉体に憑依ひょういし直して眠りについた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る