第38話 王都への道④

結構長いことトンネルに入ったり抜けたりを繰り返していると山間の盆地に出てきた。


盆地と言ってもかなり広い。山梨くらいあるのだろうか。見ただけではわからないか。そもそも山梨の広さも良くわかっていないな、俺は。てきとー過ぎだ。


昼食と休憩はここで取るらしい。結構広い平地の中心ほどに城壁で囲まれた都市がある。遠目で見ると広い農地に囲まれた小さな城塞都市にしか見えない。


しかし、近づいてみると実際はかなり大きな街だとわかってくる。名前はマナスというらしい。


城壁は今までのものと比較するとだいぶ高く作られている。セリアの話だとここは魔境に囲まれている土地柄とちがら、騎士団も衛兵も屈強なんだそうだ。魔境への道路もいくつも整備されていて腕の立つ狩人も多く在籍しているらしい。


がらの悪い狩人に絡まれないか心配だな 」


半分冗談めいて伝えるとセリアは笑いながら返してきた。


「大丈夫だ。ここの狩人は大抵、山の中にいるか狩人向けの酒場にいるから出会うことはないだろう 」


、、、柄が悪いのは否定しないのか


「ちょっと遅いがここで昼にしよう。この先の道をもう少し行ったところに小さめだが宿場町がある。今日はそこで泊まるからなおのこと出会うことはないだろう」


それなら安心か。俺たちは例のごとく大通りにあるちょっと洒落た店に入り昼食を取る。ここは山間の立地だからかどうやら蕎麦のような植物を栽培しているらしくガレットと似たような料理があったのでそれを注文してみた。


ガレットとの違いはこっちのは完全に具材を包んでいるところだな。それ以外の違いは良くわからない。そもそもガレットについてそこまで詳しくはない。こちらで栽培されるものがそもそも蕎麦と同じものかも良くわかってないしな。


味は蕎麦と似ている気はするが思い込みなのかもしれない。郷愁きょうしゅうとらわれているのだろうか。


中の具材はイノシシ系の魔物の肉を揚げ焼きにしたものととろりとしたソース、それにぷちぷちした食感やカリカリした食感の雑穀が入っている。なかなかにうまかった。


食事や休憩も終わり再び王都に向けて走り出す。田園風景の中を疾走するのは結構気分がいいな。高原のひんやりして乾燥した空気は肌に爽快感を与えてくれる。


しばらく走るとまたトンネルが見えてきた。だが様子がおかしい。トンネルの前には人だかりが出来ている。血の臭いがするな。


人だかりの手前まで来る。セリアが適当な人を捕まえて状況を聞き出す。


「すまないが何があったのか教えてもらっていいか? 」


隧道ずいどう(注)の中に魔物が出たんだ 」   (注)トンネルのこと。


「死人は出たのか?」


「怪我人が何人か出たが馬車の荷台を壁にして逃げてこれたんだ。確認は取れてないが一応、死人は出ていないはずだ 」


「そうか、わかった。ありがとう 」


話しかけられた行商人風の男はセリアの存在感に当てられたのか質問に素直に答えている。話が早いな。


「ではレイン。討伐することにしよう 」


あっさりと話を打ち切って決断をする。みたところ事件は起こったばかりのようでまだまだ衛兵なのか騎士団なのかが駆けつけてくる様子もない。朝と違ってこちらで処理をするのが速い案件と言うことだろうか。そうであればやるとしよう。


返事をしようとするが、こちらを待たずにセリアはさっさと先を行ってしまう。


はやいよ、、、


暗いトンネルの中を進んでいく。慎重な足取りで歩を進めていくと荷が散乱している場所にたどり着いた。


大きな荷車が一台道を塞ぐように横倒しになっている。その裏を見るが魔物はいない。どうやら反対側に向かったらしい。


それを確認するとセリアはやや魔力を上げて走り出す。すぐさま俺もそれに追従するように走り出す。ものの1,2分で相手の影をとらえる。


向こうもこちらの魔力をとらえていたようで臨戦態勢で待ち構えている。


相手の姿は以前にも戦ったことのある巨大なイノシシだった。だが今は暗視を行っているためモノクロの視界で色はわからない。魔力変異とかはわからないな。


10メートルほど開けて対峙する。


「レイン。こういった場合、隧道の壁や道路の舗装を痛めないように戦う必要がある。練習だと思って一人で戦ってみてくれ 」


「ああ、了解した 」


多分こうなると思っていたので戸惑うことはない。ここ数日でどれだけ魔力順化が進んだのか戦闘で試して見たいとも思っていた。


問題が有るとすれば、今イノシシがいるのがアスファルトの上だということだ。できれば土の上に来て欲しいところだが、さて、どうするか?


俺と相手の位置取りを土のレーン上でトンネルと平行になるように持って行きたいがそう簡単にいかないような気がする。


力ずくでアスファルト上から押し出すことは今なら出来ないことはないと思うが予想外の動きをされるとアスファルトが破損するリスクがある。


なるべく相手の動きを誘導する形で持って行きたい。俺は土のレーン上に移動して、イノシシに向けて敵意の波動を送りながら考えていると、イノシシの方から土のレーン上に移動してきた。


思いがけず理想的な展開になったことに若干戸惑とまどったが、イノシシが土に魔力を込め始めると合点がいった。イノシシも魔力が通しにくいアスファルトの上を嫌ったのだ。


なるほどなるほどと感心しているとイノシシはこちらに突進してきた。


ひづめを使い地面をえぐりながら猛スピードで迫ってくる。前に戦った個体より二回りぐらい小さいか。それでも俺よりも相当に重量は大きそうだ。


だが、俺はあまり相手から威圧感を感じていなかった。直撃を受ける直前に手に魔力を込めてイノシシの左右の牙をつかむ。


手から前腕、上腕、胸、背中、腰、臀部、上肢、下肢、足裏、つま先、地面の順に魔力を流して衝撃を受け止める。土魔術を使い地面に両足がめり込んでいるがその場でイノシシを受け止めることが出来た。


牙を掴まれたイノシシは振りほどこうと首を左右に振ろうとするが魔力を込めてがっちりと固定する。なおも振りほどこうとするが更に力を込めてそれを妨害する。


疲れて根負けしたイノシシが力を抜いた瞬間、俺は抜刀して眉間から脳を貫くように切っ先を突き入れる。魔力を抜いたイノシシの頭骨では魔力を込めた刃を防ぐことは出来なかったようだ。あっさりと頭蓋ずがいを貫通されてイノシシは絶命した。


刃を抜いて刀に清発を掛けて鞘にしまう。イノシシは横倒しになり額から血液が流れ出る。モノクロなので赤くは見えないが黒っぽく見えるな。


倒しはしたが後の処理はこの場合どうするのかわからないな。狩猟ギルドの依頼でもないしな。このまま放置するわけにもいかないだろう。セリアに訊いてみるか。


「この後はどうすればいいんだ? 」


「そうだな。まずは道路をならすか。結構へこんでいるところができているからな」


セリアの指示に従い土魔術でえぐれた地面を平らにならしていく。魔術って便利だな。1分もかからずに完了する。


「次は通行の邪魔にならないように道路の端にイノシシを寄せよう 」


後ろ足を持って道路の端に引きずっていく。重さはともかく大きさ的にうまく持ちにくいのが難点だな。狩人になったらそこら辺を考えなければならないのか。


「そのあとは魔石を取り出して、こいつを倒したことを管轄の交通局に報告すればいい。そうすれば事態を処理する人員が派遣されてくる。確認が取れれば報奨金が支払われるだろう。」


「この場合、報告する交通局はどこにあるんだ?」


「さっきの街だな。戻ることになる。しかたない、今日はあの街に泊まることにしよう 」


「了解した。では魔石を取り出すとしよう 」


俺はイノシシの遺体に近づくがどうしたものかと考えてしまう。亜空間にしまえば一瞬で魔石だけ取り出すことも可能だがセリアの目の前ではそれも出来ない。


皮を切ったり骨を切って取り外したりをしなければならないだろう。解体用のナイフとかが要るな。今日のところは刀を使うか。


しかし、そう決めたところでどう切り開いていけば効率がいいのかわからないな。蛇は楽そうだったんだけどな。魔石は心臓についているからとりあえず胸のあたりを切ってみるか。


刀を抜こうとすると後ろにいるセリアから声がかかる。


「ちょっと待て。やり方がわからないなら私がやるところを見ているといい 」


セリアは背嚢はいのうを下ろすと中から小ぶりで肉厚なナイフを取り出す。


「場所を変わってくれ 」


作業が見やすい場所に移動するとセリアはさっきまで俺のいたイノシシの前足のあたりに来る。


ナイフに魔力を通し胸のあたりに工の字に似た切れ込みを入れる。手で皮を引っ張りながらそこから刃を入れて剥がしていく。胸骨が露出するとナイフを逆手に持って魔力を込めるとその周りの肋骨を一本ずつ突き切っていく。


ザクッ、ザクッと一本切断するごとに小気味いい音がトンネル内に響く。すべて切り終わると胸骨を外し心臓を露出させる。心臓の中心に鎮座する魔石を掴む。


「魔石を掴んだら魔力を流して心臓との癒着を解くと綺麗に剥がれる 」


セリアの言う通り魔石は心臓から面白いように簡単に取れた。魔石を俺に渡すと少し離れて清発を行いナイフや手を洗浄する。俺もそれにならい魔石や手をキレイにする。


街まで引き返す途中、商人達は置いていった自分の荷物を回収しに来たようだ。こちらが魔物を倒したことを魔力の波動か何かで感じ取ったらしい。


自分の荷物を回収したら目的地に向けて出発していく。傷を負っていたものも回復魔術で治した後、普通に仕事を続けるようだ。裂けて血がついた衣服を見ると痛々しいが当人はあまり気にした風でもなかった。こういうことはままあるのだろうか。


たくましいな


自然とそういう感想が浮かぶ。


トンネルの外に出ると二人組がこちらに向かって走ってくるのが見えた。服装から言って役人とか少し堅い感じの仕事をしている人かもしれない。


その二人にセリアが声を掛けるとどうやら交通局の人間らしい。商人が呼んだのだろう。魔物は討伐したことを伝えるとそれを確認しにトンネル内に入っていった。


街まで戻り、役所などの公的機関が集まる区画に行く。途中で道を尋ねたりもしたが程なくして目的の交通局にたどり着く。


中に入り受付で担当部署を聞きそこに行く。そこで担当者を呼んで魔石を見せ状況を説明すると担当者は慣れた感じでスムーズに手続きを行ってくれる。


「手続きが終了して報奨金が支払われるまで一週間ほどかかります。振り込みに使う銀行口座はいかがいたしましょうか?」


銀行口座? そう言うのもあるのか


いや、まあ当然か。電気まである世の中だ。しかし、生憎あいにくと俺はそんなものを持っていない。まだ身分証明書も持っていない段階では銀行口座なんて作れるはずもない。困っているとセリアがすぐさまフォローしてくれる。


「では口座は私の口座を使うことにしよう 」


書類に書き込んで手続きは終了する。支払いに関してはセリアから俺に先に支払う形となった。


「税金分を引いて18万エスクと言ったところか。受け取るといい 」


すぐさま支払ってくれる。明朗会計、いつもニコニコ現金払い。セリア金融は阿漕あこぎな商売はしないようだ。


「道路や設備に被害がなかったからその分報酬は上乗せされる。事態への遭遇が速かったのも良かったがレインがうまく対処してくれたことも大きい。この短期間にずいぶんと力が上がったな。正直、驚いている 」


正直、俺も驚いている。ちょっと怖いぐらいだな。今夜にでも検査することにしよう。しかし、褒められるとなかなかうれしいもんだな。


「考案した修練方法が功を奏したようだ。自分でも驚いている 」


素直に白状しておこう。調子に乗ると要らないことも口から出てきてしまうかもしれない。


「これでホテル代も稼ぐことができたな 」


どうやらホテル代を気にしていたことはバレていたようだ。気を遣わせてしまったかな? 勘のいい女性はあつかいに困るな。


手続きが終わったので今日の宿を探すことになる。まあ、礼によって少しお高めのホテルに泊まることになった。立地的には繁華街に近い大通り。治安とかは申し分ないだろう。


夕食まで時間が空いたので少しこの街を一人で散策してみようかと思う。食料品店があったのでこの地方名産のそば粉をそれなりの量で購入してみる。


いつかこれで蕎麦でも作ってみよう。作り方は良くわからないが亜空間の中なら失敗してもやり直しがきく。いつか同じものを作ることが可能になるだろう。


いろいろ見て回ったがこの街も電気が通っているようだ。山間部に水力発電施設があるのだろう。街灯も多くこの街の発展度合いを誇っているように思える。


そこまで産業があるように思えないがなにで稼いでいるんだろうな。魔物の狩り場は多いみたいなことを言っていたと思うがそれだけでこんなに稼げるのだろうか?


魔石が魔物の部位で一番高値がつくらしいが何に使うんだろう? 宝飾品ってわけではなさそうに思うが。


考えながら歩いているとだいぶ時間が経ってしまった。ホテルに帰り部屋に荷物を置いて軽く清発を掛けてロビーに下りる。


そこには先にセリアが下りて待っていた。魔力の動きである程度相手の行動がわかるので便利ではあるな。伝える意思があってこそだが。


合流してレストランに向かう。昼に食べたところとは違う店だがカジュアルな雰囲気で旅人が着るような服でも入りやすい。店員に案内され席に着くと注文をして料理を待つ。


他愛たあいない話をしているとやがて料理が運ばれてくる。卓上に皿がすべて並びいよいよ食べようかと言うときにこちらに人が近づいてくるのを感じた。


セリアが座る席の手前までやってくると話しかけてくる。


「エルセリア・ソル・ランセス殿ではないですか。これは奇遇きぐうですね。こんなところで会うとは珍しい 」


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