第37話 王都への道③

(別視点)

駆けつけてきた衛兵達は魔物を視認すると観察を始める。一目見て対象が蛙の魔物、イーガ・ウェニアであると確認できた。予想通りの相手であり今手に持っている武器で有効に対処できる。


だが、見た目だけで判断するのは軽率だ。魔物に魔力変異やその兆候がないか目に魔力を込めてしっかりと観察する。


(おそらく通常のイーガ・ウェニアだな。絶対はないが、、、)


小隊長のロイスはそう判断すると今度は別のことに注目して考えを巡らせる。


(別の大型の魔物に追い立てられて川岸に上がってきたなら川に追い返すとマズいな。狩りが成功すると大型の魔物が橋の周辺に住み着く危険性がある。しかし、このまま放っておくとこいつらが住み着くかもしれない )


周辺状況をかんがみて結論を出す。


「ジーン。蛙用の寄せを出してくれ 」


ジーンと呼ばれた衛兵は背負った背嚢はいのうを外して地面に置くと、中から包み紙に包まれたブロック状のものを取り出す。それを受け取ると小隊長は作戦を告げる。


「俺が寄せ餌をいてこちらに引き寄せるからジーンとルイはあらかじめ川縁かわべりに移動してくれ。やつらがこちらに移動したらそれに合わせてはさむ形に持って行く作戦にする 」


概要を説明するといよいよ作戦が決行される。


ジーンとルイは少し大回りしながら川の手前まで来る。あまり川に近づきすぎると大型の魔物がいた場合、刺激してしまう。


川岸は短い下草しか生えていないため隠れるような場所はないがゆっくりと動けば相手に気づかれることはない。蛙は動くものしか見えない。


ロイスも土手の上からゆっくりと下りていき配置につく。


二人がほどよい場所に位置取りしたことを確認すると手で合図を送り次の段階に進む。


ロイスは包み紙から寄せ餌を取り出すと自身の手前、2メートル程の場所に転がすように投げる。寄せ餌は結構な強いにおいを放っている。


大抵たいていの蛙の魔物はこのにおいに釣られると言う触れ込みだ。何度か使ったことがあるが実際その通りの結果になっている。今回はどうだろうか?


果たして大蛙は狙い通りに動き出す。徐々にだが小刻みに跳んでロイスの立つ方向に接近してくる。ジーンとルイはその動きを確認しつつ後をつけるようにゆっくりと動き出す。


三匹は寄せ餌の元にまで来ると舌を出してそれをなめる。たまに別の個体が頭で寄せ餌をなめる個体を小突き、それを奪い取ったりしている。


その光景を確認しながら三人はいつでも攻撃できる位置に陣取る。ゆっくりともりをかまえて攻撃するタイミングをうかがう。微動だにせずかまえを維持して蛙の視界から消える。


三匹の意識から完全に消えると三人は一斉に銛を頭に向けて突き入れる。それぞれが別の蛙の頭を刺しつらぬき討伐は完了した。おそらく蛙は即死だっただろう。


銛に突き刺さった大蛙の死体を引きずらないように肩にかついで土手の上まで運んでくる。放置していた背嚢から麻袋を取りだし中に入れると銛の先端を柄から外して、反対側に通して引き抜く。


「うまくいきましたね。これで報奨金も期待できますね 」


作業をしながらルイと呼ばれた衛兵がうれしそうに話す。他の二人もどことなく喜んでいるように見える。


このあと蛙の魔石や皮などは売却され都市の運営費用に充てられる。その一部が報奨金として討伐した衛兵に還元される仕組みだ。


蛙の後ろ足はかなり美味で一番高値がつく部位である。皮は加工に手間がかかるためそれ自体はあまり値がつかないが腹部を傷つけずに仕留めたためそれなりの金額にはなるだろう。三人が頭を狙ったのはそのためである。


この後、いた寄せ餌を回収して現場を清掃し、一連の作業は完了する運びとなった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

衛兵が魔物を狩るところを見ていたがなかなかによく考えられている。魔物の習性や状況に合わせてしっかりと戦術をっているようだ。


「なかなかのものだろう。単純な力押しではなくちゃんと目的を定めてそれに沿った行動を着実に行っている。魔物の習性にも詳しいようだな。あの隊長は元々、狩人かりゅうどだったのかもしれないな 」


「そうだな。全員魔力を抑える技術にも習熟している。最後の攻撃のときぐらいしか魔力を感じなかったな 」


「そうだろう。いろいろな魔物と戦うとそういった技術が必要になってくるし、実戦の中でなんとなく身についてくるものだ 」


セリアは他人のことなのにどこか誇らしげに語る。ひょっとしたら結構偉い立場の人間なのかもしれないな。まあ、うすうす感じていたが。


「なかなかにいいものが見られたな。他人が戦うところを見たのは初めてだ。勉強になったよ 」


「うむ。ではそろそろ行くか。少し遅れた分、速度を上げていくぞ 」


かかった時間は30分ほどだが急ぐらしい。いや、それを理由にこちらをきたえようという腹づもりなのだろうか。まあ、それならそれでありがたい。俺は気合いを入れてついて行く覚悟を決める。


宣言通りに始めからかなりの速度で進んでいく。風景がかなりの速さで後ろに流れていく。その様は自分で起こしている風と相まって爽快感そうかいかんを与えてくれる。


しかし、昨日と比べると確実に消耗が少ないな。スピードはだいぶ上げているはずだが消費は減っている。自分の適応力や成長性に若干怖くなってくる。今日の夜にでも肉体を亜空間にしまって精密検査でもしてみようか。


そんなことを考えていると都市部の終わりが見えてきた。石畳がしばらく続いていくが途中からアスファルトに切り替わっている。


アスファルトの道の左右に土を固めた道路が続いている。そこを猛スピードで駆け抜けていく。


、、、ちょっと待てよ。アスファルト?


なぜアスファルトにしているのだろう。いや、そもそもアスファルトなのか?


みためは完全にアスファルトだな。かすかにただよってくる臭いも前世ではなじみがある。、、、アスファルトなんだろうな。


土の道路なら大抵の人間は土魔術で痛めずに走行できるし補修も出来る。アスファルトをわざわざ使う理由は何だろうな? アスファルトも魔力を通しやすいのだろうか? それなら今、土の上を走る理由はないか。


しばらく進んでいくと道路が二手に分かれる分岐にさしかかる。標識が設置されていてそれぞれの行き先を示している。右が海岸沿いに出る道。左が山側を通る王都への最短ルートになる。


左側のルートに入る。距離が短い方を選ぶのは合理的かとも思ったが、山を通るルートならきつい勾配をこなさなければならない。俺を鍛えつつ速く王都に着こうという算段なのかと予想をした。


そう予想をしていたのだが思いがけない形でそれが間違っていたことがわかった。しばらく進む山が見えてくる。その側面に向かって道路は延びていき黒々とした穴のようなものに突き当たっている。


まさかトンネルか?


トンネルが掘ってあるとは思わなかった。徐々に近づいていくとかなり大きく掘ってあることがわかる。魔術を駆使して建設したのだろうか? それとも旧文明の技術というやつか?


トンネルの中に入ると入り口の周辺は外からの光である程度視界があったのだが、内部にライトのようなものはなくすぐに視界が真っ暗になる。魔力視まりょくしでなんとか見えないかと目に集中する。


トンネルの壁や道路は魔力を帯びていて微かに見えるがセリアが明るく見えすぎてしまって見えにくいな。だんだんと暗闇には慣れつつあるがすぐに限界が訪れる。


どうしようか。このままでも一応は視認できているが心許ない。トンネルに明かりが設置されていないのは金がかかるのもあるだろうがこの世界の人間なら対処できると言うことなのだろう。考えた末、暗順応あんじゅんのうを魔力で強化してみようと思い立った。


目の網膜もうまくにある桿体かんたい細胞は明るさを感知する細胞である。桿体細胞に含まれるロドプシンは明るいところでは分解されて貯まることはないが、暗い場所では分解されずに貯まっていく。ロドプシンが合成され桿体細胞内に増えていくとそれに応じて光の感度が増していく。これが暗順応である。


ロドプシンの合成速度を魔力で上げると同時に、桿体細胞とロドプシンを強化してその働きを増強すれば暗いところでも視認できるのではないだろうか。暗順応のメカニズムを思い浮かべて魔力を込めてみる。すると色はわからないが物体の形を明確にとらえることが出来るようになった。


調子に乗って暗視の強化を強めたり弱めたりしているとトンネルの出口が見えてくる。明かりが見えてくるとなんとなくほっとするな。そんなことを思ったのが良くなかったのかもしれない。


出口の光にさしかかるときはたと気づく。急いで暗視強化を切るが後の祭り。急激に光が強くなり視界が真っ白になる。


ぬぁっ、、目が痛ぇ!


思わず目をつぶるがまぶたを貫通して光が襲ってくる。つぶった瞼の隙間から涙があふれてくる。急いでロドプシンの働きを魔力で止めるがしばらく見えそうにない。俺はセリアの足音を頼りに進んでいく。


実際それほどの時間は経っていなかったと思うが、長いこと目の痛みに苦しみようやく視界が効くようになった。セリアの顔は見えないがなんとなく笑っているような気がした。


あらかじめ言っといてくれよ、、、


そう思うが結局、愚痴ぐちにしかならないな。思えば出口付近に近づくにつれ減速をしていた。トンネルだから出口があることに気づいて当然だ。


暗順応したなら当然、明順応めいじゅんのうをするときが来る。魔力でロドプシンの生成を抑えつつ、明るさが強くなっていくことに対して桿体細胞の強化をおさえていかなければならない。


しばらく進むとまたトンネルの入り口が見えてきた。今度はきっちりと対応してみせると心の中で息巻く。


トンネルの暗闇を進んでいく。今度のトンネルは先ほどのトンネルよりだいぶ長いようだ。緩やかなカーブになっている部分があったり工事中の苦労が忍ばれる。


永遠に続くかのようなトンネルの壁を眺めていたりすると、視界の端に向かい側からくる光が見えた。


始めは明かりを持った人がこちらに走ってきているのかと思った。光が近づいてくると同じような光が二つ、間隔を開けて並んでいることがわかる。二人いるのか。そう判断したのもつかの間、違和感に気づく。


歩いているにせよ走っているにせよ明かりは上下に一定に揺れるはずだ。左右の光が別々の周期で揺れる。そうなるべきだがなっていない。光はほどんど揺れていなかった。


すっとそのまま空中を滑るように移動しているようだ。更に近づいてくるとそれはアスファルトの道路上を移動していることがわかる。


なんだろうな? セリアは何かわかっているようだが、、、


先を行くセリアの魔力に動揺の色はない。ここはもう何が来るのかをきっちりと見て、確認してやろうと思う。


光はシュオオオとなにかがこすれるような音を響かせながら近づいてくる。


どこかで聴いたような音だ、、、


逆光の上に、暗視下だと全容が確認しにくい。直前までよく見えなかったがすれ違いざまにその姿を確認することが出来た。


あれは、、、トラック、、、だと?


トラックとしか言い様がない外観だった。ぱっと見ただけでも前輪が二つに後輪が二つ。キャビンの前面は透明なガラスか何かがはまり、座席が二つ。そこに二人乗っていて片方がハンドルを握っている。荷室は箱形で全体的な構造は前世でもよく見たトラックとほぼ一致する。


コアに記録した映像を解析するとフロントグリルなどは無く全体的にのっぺりとしていてつなぎ目が見えない。構造を強くするための溝などが所々入っている。金属の一体成形いったいせいけいで複雑な形状を作っているのだろうか?


おそらくは魔術で金属を操作して成形していると思う。もし、旧文明の技術で制作しているなら旧文明は前世の科学技術をだいぶ越えている。流石にそこまでではないと思いたい。


そして、動力に何を使っているのかが気になる。エンジンの音はしていなかった。フロントグリルがないので内燃機関ないねんきかんではないと思う。排ガスの臭いもないし。前世でも合成石油を使うエンジン車はあまり多くはないけれど存在はしていた。


電気自動車の可能性が高いと思うがなにか違うような気もする。電磁波なのか音なのか。まあ、王都に工房があるみたいだから王都に着けば調べることも可能か。


いろいろ考えながら走っているといつの間にかトンネルの出口に来ていた。


あっ、、、


気づいたときにはもう遅かった。


目がっ、、、目がぁっ!


セリアが小さく吹き出す音が聞こえた。


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