第36話 王都への道②

パルザムの町を後にしてひたすら南を目指す。そう長いこと休憩を取ったわけではないが体のコンディションはとてもいい。


魔石による回復力のすごさがわかるな。道を走ることに最適化されつつある走法そうほうは休憩前よりキレを見せている。より少ない魔力消費でより速度がでている。


そう思っていたらセリアはさらにスピードを上げだした。まだまだ本気ではなかったらしい。それに必死でついて行く。


人通りが多くなっていくが道路は二車線を超える幅になっており、速度によって走る場所を分けているようだ。そのおかげで猛スピードで走っているがお互いに邪魔になることはない。


こちらがセリアのスピードに慣れてくるとセリアがスピードを上げてくる。それを繰り返しながら進んでいく。


途中で小さな町や村を通り過ぎて夕方近くまで走り続けていると大きな都市が見えてくる。


この都市は城壁に囲まれていない構造になっていて、都市部が広範囲に広がっているらしい。他の都市が魔物対策に城壁が設置されているのに比べると心許こころもとないように思えるがどうなんだろうな?


この辺には脅威になるような魔物は出ないのか、魔物が出ても対処できるのか、そもそも対処しても無駄なのか? いずれにしても人が集まってくる場所であるのは確かなんだろう。


都市部に入る手前で減速しつつ歩道側に寄っていく。歩きながらセリアとこの後の予定について確認する。


「このランセルドの街で今日は一泊していくことになる。明日の朝一で出発するから向こう岸で宿を取ることにする 」


「向こう岸ってどういう意味だ? 」


「この町は真ん中をゼンダリオ川という大河で南北に分断されている。川を利用した物流や発電により発展した都市だな。この道をまっすぐ行けばランセルド大橋という橋がある。その橋を渡ってから宿を取ることになる。南側の方が発展しているしな」


「そのようだな。こちら側は工場と言った建物が多いようだ。あまり宿らしき建物は見当たらないな 」


「そういうことだ。宿を取ったら荷物を置いて食事にしよう。この街は川の上流で水力発電を行っていてな。電気が通っていていろいろ面白いものが見れるかもしれないぞ 」


「電気か⁉ それも旧文明の遺産というものか? 」


「そうだな。なんでも帝国が旧文明の文献から調べた知識を現代の技術で再現したらしい。帝国の技師からその技術を伝授されて発電所を建設したんだ 」


「帝国か。いつか行ってみたいものだな 」


「私からの依頼が片づいて落ち着いたらじっくり考えてみるといい。まずはこちらの生活に慣れることだな 」


この世界の可能性に胸が踊るがセリアの言葉に現実に戻される。まずは金属素材を安定的に入手できるようにしたいところだがその前に仕事などの生活基盤をなんとかしなければな。夢は広がるが先に現実をなんとかしなければままならない。


会話をしながら歩いて行くといつの間にか橋の中程にきていた。あたりは薄暗くなってきていたので電力で灯る光が効力を発揮し始めていた。キョロキョロと辺りを見回す俺を見てセリアは好奇心を刺激された子供のように思っているのかもしれない。


だが文明のともる光景を見て俺は前世の世界のことを懐かしく思っていた。こっちに来てからそんなに経っていないのにな。


橋を渡りきってしばらく進むとホテルらしき建物が見えてくる。メイン道路に面しているだけあってなかなか立派な建物だ。お高そう。


前を進むセリアの様子をうかがうとやはりあの建物に向かうようだ。ホテルの敷地に入っていく。これまた高そうなガラス張りのドアをくぐってカウンターの前に立つ。やはり特に躊躇ちゅうちょはしないんだな。


ホテルの料金は一泊22000エスクだった。なかなかにきついな。流石にホテル代まではおごってもらうわけには行かない。さりとて自分だけ安いホテルを探すのも格好がつかない。こちらの懐具合はほとんど知られているわけだしな。


部屋につくと荷物を下ろして、清発室に服を着たまま入り軽く汚れを落とす。すぐにロビーに行きセリアを待って夕食を取りにレストランへ行く。


レストランで注文を済ませる。料理を待っている間、店内を見回してみる。電力で光るライトは歴史の教科書で見た白熱電球のようだ。席に着いたとき店員がおしぼりを持ってきたがそれがあたたかかった。


トイレに行く振りをして厨房周辺をちらっとのぞいてみたらおしぼりウォーマーらしき機械があった。電源コードが伸びているのでおそらく電熱式だと思われる。ニクロム線とかがこの世界にも製造されているのだろう。


他にめぼしいものはなかったが好奇心は十分に満たされた。席に戻りセリアに質問してみる。


「このおしぼりについて何だが、別にここまでして清潔にする必要は無いはずだ。これも旧文明が関係していたりするのか? 」


魔石の復元力や維持力があれば感染症にそう簡単にかかるとは思えない。風習みたいなものもあるかもしれないが清発室や水洗トイレといい過剰な印象を受ける。


「鋭いな。おしぼりで手を拭くことは旧文明のときに行われていたそうだ。旧文明の人類がそういうことを行っていたのは現在の我々と違って魔石を持っていなかったからと言われている 」


やはりそうか。今の人間が設計して作ったと言うより昔からあるものを引き継いでいるという感じなのだろう。


「旧文明の人類と今の人類は異なる存在なんだろうか 」


「、、、昔、大きな変動がこの星に起きたらしい。具体的に何が起こったのか詳細はわからないが、そのときに世界に魔力が満ちることになったそうだ。人間を含めた生物はそれに適応して魔力を、つまり魔石を持つようになった。それが今の通説になっている。もっとも微生物や虫なんかの小さい生物は魔石を持てないというか持ちにくいらしいが 」


「なるほどな。帝国はその頃のものを復活させたがっていると言うことか 」


「帝国だけでなく帝国系の国々は大体そうだな 」


「では、、、」


質問を言いかけたとき注文した料理が運ばれてきた。


中断してくれて良かった。うかつにもこの世界の医療事情を聞こうとしてしまった。ともすれば旧文明の人間じゃないとしないような質問をしてしまいそうになる。


病院はあるのかと言った質問とかな。アンダーカバーから考えてある程度以上の知識はすでに知っていなければならないからな。


夕食を食べながら合間合間にも会話を続ける。


「過去に変動をもたらした要因については調べがついていたりするのだろうか? 」


「研究はしていると思うがいまだにこれと言った結論は出ていないと思うぞ。なんせ学者が言うには1000年以上前のことらしいからな 」


1000年か。異変が起こったのならその頃の資料はあまり作られていないのかもしれないな。まあいい。俺の興味はおもに工学技術についてだ。


ここまで科学技術が発展しているならば俺がロボットを作るだけでなく、この世界にジャックスのようなロボット競技を広められる可能性を意識せざるを得ない。俺は頭の中でプランの練り直しを試みる。


ふと、視線を感じてセリアの方を見ると表情にはあまり出ていないが笑っているように感じた。魔力の微細な感覚からうれしい気持ちから来ているのではないかと思える。


「どうかしたのか? 」


気になったので聞いてみる。


「いや、なんでもない 」


そう答えると皿に目を落として食事の続きを再開しだした。何を思っていたんだろうな。悪い感情ではないだろう。まあ、なんにせよあまり詮索せんさくするものではないな。こちらも詮索されると困る。


食事を終えるとホテルに戻る。日課の魔力順化まりょくじゅんかの訓練に加えて筋トレをしてみることにする。


魔力を通す物質が多ければ多いほどそれに比例して一度に扱える魔力は多くなると考えられる。魔力順化が質を上げるなら筋トレは量を増やすということだ。筋トレして筋肉量を増やせば基本的な性能の底上げにつながるはずだ。


腕立てや腹筋、背筋、スクワット、足を上げたりするやつ。誰でも知っているようなメジャーなトレーニングから適当に考えつくやつまで行う。筋トレなんてほとんどしてこなかったのがここに来てたたることになった。


動画サイトで検索すればいくらでも効率の良いトレーニング方法を知ることが出来たと思うがこちらにはネットなんてものはない。今更ながらに前世でもっといろいろなことを勉強していれば良かったと思うが後の祭りだ。


トレーニング器具も自作してみるか?


考えるがそれほど有効には思えないな。結局、実戦で鍛えるのが一番効果的のような気がする。筋トレはあくまで添え物と考えるべきか。無駄ではないと思うが実験という意味合いで行おう。


日課をすべて終えると眠気が襲ってくる。この世界も一日が24時間で区切られているが、今は22:00頃だろうか。明日も朝が早いのですぐに寝ることにする。


翌日、夜が明けたぐらいの6:00頃に目が覚める。体調は万全。つくづくこの体は戦闘に適していると思えてくる。


このホテルは朝食がつくようでホテル内に食堂が設置されている。朝の清発など身支度を整えてそこに行くとすでにセリアは席についていて結構な量を食べている。


ビュッフェ形式のようでトレーに皿を取り、そこに自分で好きなものを盛り付けていく方式だ。


前世でもこういうホテルはあった。どこだったか家族旅行でいったテーマパークに併設へいせつされたホテルではこんな感じだった。内装は木と石とレンガと漆喰しっくいで出来たヨーロピアンなデザインなところがだいぶ違うが。


好きなものを好きなだけ取れるので野菜とタンパク質中心の構成にする。飲み物はヨーグルトのようなものがあったのでそれを注ぐ。筋肉を増やすためにソーセージやハム、ヨーグルトは食べられるだけ食べて締めにフルーツを食べる。メロンのようなキュウリのような味の果物だった。


朝食を終えたら再び王都を目指して出発しようとする。


しかし、橋の方角から魔力の気配を感じる。


、、、これは魔物のようだな。あまり強い感じはしないな


セリアも当然気がついているようだが特に気にした様子はない。俺が橋の方を向いていると後ろから声がかかる。


「この程度ならこの街の衛兵達でもなんとかするだろう。かまわずに先に、、、」


途中で言葉を切ったので何事かと思いセリアの方を見るが、彼女はすぐさま続けて言った。


「いや、見に行ってみるか。他人が戦うところを見るのもいい経験だろう 」


なんとなく師匠っぽいことを言うなぁと思ったが実際、師匠みたいなものか。師匠の言葉ならと橋の方に向かって走っていく。歩くより走る方が断然速い。当然ではあるが前世基準では考えられないぐらいその差が大きい。


俺たちはあっという間に橋が架かる土手にたどり着く。魔物を探すと程なくして発見する。


、、、でかい蛙だ


川岸に中型犬ぐらい大きい蛙が三匹ほどたむろしていた。人に襲いかかるような気配はしないがひょっとしたら子供なんかがいたら積極的に襲いかかるのではないだろうか。


「しばらく観察しているといい。直に衛兵達がやってくるだろう 」


セリアの言葉通り衛兵達が三人、駆けつけてくる。手にはそれぞれ長めの槍を持っている。と思ったら違った。近づいてきた衛兵をよく見ると先端にはしっかりとしたかえしがついている。槍ではなくもりのようだ。


衛兵達は俺たちの近くに来るとすぐには手を出さずに三匹を観察している。どう対処するか考えているのだろう。駆除される側の三匹は対照的にのんびりとした様子だった。


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