第四章 狩猟免許取得編

第35話 王都への道①

前を走るセリアの後ろを走る。全力で走られたらおいて行かれかねないので、余裕を持って進んでいくとの提案は正直ありがたかった。まだ、十分に魔力順化まりょくじゅんか出来ていないんだよ。


走る後ろ姿を眺めながら、ふと後ろを走る俺に土煙つちけむりや小石なんかが全く跳んでこないことに気がついた。


走る足下を注意して視るとどうやら土魔術を精密にコントロールして力を伝えやすくするだけでなく道路を痛めないように整地しながら地面を蹴っているようだった。


俺もまねをしてみる。はじめはうまくいかなかった。戦闘中には地面のへこみなど気にせず、機動性重視で魔力を使っていた。しかし、これはだいぶ勝手が違う。


踏み込む力に合わせて地面がへこまないように魔力で堅くしつつ摩擦まさつを増やす。地面をった足裏が砂を蹴り飛ばさないように、地面から離れる瞬間まで硬化を維持する。


しばらく悪戦苦闘をしていると徐々に慣れてくる。大雑把おおざっぱな制御だったものが緻密ちみつになっていく。魔石の中に組み込まれた回路が書き換わっていったのだろうか。意識をしなくても自然に繰り返すことが出来るようになる。


こちらが慣れてきたのが伝わったのだろうか。セリアはスピードを上げだした。俺も遅れまいとスピードを上げる。


ひょっとして俺に合わせて速度を調整してくれているのだろうか?


おそらくそうなのだろう。俺の習熟しゅうじゅく度合どあいをかんがみて訓練になるように誘導してくれている。間違いなさそうだ。感謝を心の中でするとともに一層訓練に集中することとなった。


午前中いっぱい走り続けるとだいぶ疲労がたまってきた。呼吸が少々荒くなり、魔力の構成が乱れてきている。集中力が切れてきているのだろう。


いい加減、休息をしたくなってきた。地面に近い位置に落ちていた視線をセリアの背中の位置まで上げると、視界の中に町とおぼしき影が映り込む。時間はちょうど昼食にいい頃合いだろう。


あの町で休憩きゅうけいを取ることになるのだろうと思うとなぜか疲労を意識せずに走ることが出来るようになる。それを察したのかセリアはラストスパートと言わんばかりに速度を上げる。


負けられん


謎の対抗意識を燃やした俺は全力でそれについて行く。あわよくば抜いてみようかと思い速度を上げたりもしたがとうとうセリアを抜くことは出来なかった。


町が近づいてくるとセリアはスピードを落としていく。俺もそれに習ってスピードを落としていく。


こうして他人と連れだって行動すると、この世界の魔石を持つ生き物は魔力の波動を通した意思疎通をしていると言うことがわかってくる。


最初に遭遇した狼の群れは特に鳴き声を掛けることなく連携を行っていた。俺を襲ったときのサリュー達もお互いに声を掛けることなく見事に連携を取っていた。おそらくだが狩人達の流儀から考えるとあれで初めて組んだパーティーだろう。


同種の生き物であれば魔石を介して漠然とした意思疎通が可能になるのかもしれない。人間体にんげんたいになって初めて人間の微弱な魔力波動を読み取ることが出来るようになった。セリアがどう動くかなんとなくわかる。


町の外観はリルゴとあまり変わらない。グルッと高い城壁で囲まれた構造をしている。城壁から距離を置いて農地が広がっているのが遠目からでもわかる。


城門の手前まで行くと門から横にそれて、立ち止まって息を整える。振り返ってこちらを見るセリアはうっすらと汗をかいているようだが呼吸の乱れとかは感じない。対してこちらは玉のような汗をかき結構激しく呼吸している。


地力じりきの差を思い知らされるな


こちらの息が整うのを待ってくれているのかセリアは先をうながしては来ない。俺は軽くストレッチをしながら呼吸を整えることにした。


ストレッチをしている俺にセリアの興味深そうな視線がまとわり付いてくる。俺はセリアの方を視ていないが魔力の感じでなんとなくわかる


「こちらではストレッチはしないのか? 」


無言の視線に耐えきれなくなった俺は聞いてみることにした。


「ストレッチというのか。それはなんのために行うんだ? 」


逆に質問が飛んできた。ストレッチというものはこちらの世界にはないらしい。考えてみれば当然か。魔石の復元力でほっといてもいい感じの状態になりそうな気がする。とはいえ筋肉を伸ばす感覚は気持ちがいいものがあると思うのだが。


「運動後にこれを行うことで疲労回復や肉体の柔軟性を向上させることが期待できる、、、らしい、、、」


説明している途中でこっちの人間に効果があるのか自信が無くなってきた。ある程度はあると思うんだけどな。イワシの頭も信心からって言うよ? 続けることに意味がある。そう思いたい。


「ふむ、、、そうなのか 」


セリアは半信半疑と言った様子だがおもむろに見よう見まねでストレッチを行う。効果があるといいな。なんかドキドキするな。嫌な汗が出てきそうだ。


「これはなかなか心地いいな。筋肉に適度な刺激がある 」


そう言ってもらえると心が軽くなるな。この世界に無意味なものを流行らせてしまわないように気をつけなければならんね。


「ひょっとしてこれがこの間言っていた魔力順化のやりかたなのか? 」


すぐに誤解が広がっていきそうな方向に走ろうとするな。軌道修正しなければ。


「いや、それとは別だ 」


コンディションが整ったのでセリアから城壁に沿って離れて“清発せいはつ”を行う。俺は浄化魔術と言っていたが百科事典によると清発と訳す方がしっくりくる。対象を衣服にまで拡大すればある程度服の汚れも跳ばすことが出来る。


「結構きれい好きなんだな。先に言うべきだったが、この町は昼食と休憩を取ったらすぐに後にする。またすぐに汚れることになるぞ 」


「問題ない。汗が少し気持ち悪かっただけだ 」


「そうか、では町に入るとしよう 」


連れだって町に入ると俺たちが来た、北の城門から南の城門まで貫く大通りを歩いて行く。この大通りはリルゴの町よりも広く馬車なんかが通る車道と歩道が分けられている。


何でもこのパルザムの町は北部辺境への玄関口という位置づけらしい。ここから南側への道はそれなりに整備が進んでいるそうだ。歩きながらセリアから聞いた。


昼食を取るべく店を探しながら歩いていると道に面しているところにテーブルや椅子が並ぶオープンカフェのようなレストランがあったのでそこで食事をすることになった。外に面しているので旅人でもそのまま入りやすい。


席を取りウェイターが持ってきたメニューに目を通す。リルゴの町とあまり変わらないメニューが並ぶ。そこまで気候が変わらないからだろうか。


ただこちらの方がメニューが充実していると言うか流通の関係からだろうか、ハーブやスパイスに関する記述がやや多いような印象だ。とりあえず鶏肉を挟んだサンドウィッチを注文する。


飲み物は水でいいかと思ったがこちらは水も有料のようでそれも注文しなければならない。


水を注文しようとするとセリアから待ったがかかった。


「せっかくだからギートを試してみたらどうだ? 」


「ギート? ギートとは何だろうか? 」


った豆を砕いて粉にして熱湯で抽出したものだ。見た目は黒くて一見飲み物に見えないがなかなかいける 」


ひょっとしてコーヒーのようなものか? こちらにもあるなら是非とも飲んでみたいな。


「では、それにしよう 」


注文を済ませると料理を待つ間に雑談をすることにした。


「予定より早くこの町に着くことができたな。ずいぶんと短時間に魔力の扱いがうまくなったものだな。正直驚いている 」


会話はセリアの方から始まった。自分の能力についてはなんとも答えづらいな。普通の人間と違う部分が多すぎる。


「見よう見まねというやつだ。セリアのやり方を視ながら自分のものに出来ないか試行錯誤を重ねた結果だ。上達が早いのはセリアのおかげだ 」


女性をめるときは真実に少しの嘘を混ぜてめなさいと母さんと妹が言っていた。父さんはとにかくヨイショしておきなさいと言っていた。どちらにせよこれでいけるはずだ。


「意外におだてるのがうまいな。まあ、悪い気はしない 」


どうやら成功したようだ。家族に感謝だ。今度はこちらから会話を投げる。


「ああ、そうだ。この国の治安について聞いていいか? 道中で盗賊とかが出るような危険な場所は会ったりするのだろうか? 」


「この国というか帝国系の国は基本的に治安はいいな。この国については騎士団や衛兵団、自警団などの治安組織も強固だ。何より魔境に潜むことができるぐらいに腕が立つなら何らかの方法で合法的に生計を立てることが出来るだろう 」


「なるほど。それなら安心だな。魔物の脅威はあるだろうが人と戦う心配はなさそうだな。ところで帝国系の国とはなんだろうか? 」


「大陸中央に位置している帝国から西側の国々を指す言葉だな。そのすべての国が建国に帝国の支援を受けていて帝国と友好関係にある。この国も帝国系に属する 」


「そうなのか? では戦争なんかは起きないようだな 」


「昔は帝国系の間でも小競り合いくらいはあったようだが今はそれもないな。貿易協定があり流通も盛んで相互人材交流も行われている。帝国系じゃない国とはとくに山脈を越えて東側に位置するオルドア共和国とは緊張状態にあるが戦争をするほどではないな 」


「平和がなによりだ 」


話の区切りがいいところでちょうど料理が運ばれてくる。例のギートと言う飲み物がテーブルに置かれる。手前に引き寄せて色や香りを良く確認する。


カップの中は漆黒の液体で満たされコーヒーに見える。香ばしいにおいを放っており、香りもコーヒーそのもののように感じる。ミルクと砂糖が一緒についてきたので入れようとするとセリアがそれを遮ってきた。


「ちょっと待った。まずは何も入れずに飲んでみるといい 」


表情を確認するととくに感情が読み取れるような変化は見られなかったが、言葉にいたずらめいた調子が含まれていると感じた。こちらも表情を変えずにカップに口を付ける。


「苦いな。だがコクのようなものを感じる 」


こちらはコーヒーの味を知っている。とくに取り乱すことなく味の感想を言う。


「ほう。その苦さに耐えられるとはな 」


セリアは平然とコーヒーを口にした俺に素直に感心している。しかし、若干じゃっかん落胆したような声色が含まれているような気がするのは気のせいだろうか。


苦さに驚いて取り乱す演技をしようかとも思ったが、演技をしようものならばれていぶかしがられるだろう。素直に反応を返すことにした。期待に添えなくてすまないな。


「ひょっとしてお前の国にもギートと同じものがあるのか? 」


「いや。こんなに黒い飲み物はないな。たが、緑の茶葉を粉末状に砕いてお湯で溶かした飲み物はある。深い緑色で苦い飲み物だ。それに慣れているから苦い味はそれなりに大丈夫だ 」


言いながら俺は芸人とかが罰ゲームで飲むセンブリ茶とかをなぜが思い出していた。思わず笑いそうになるが無理矢理こらえる。だが、セリアには伝わってしまったようだ。


「からかってやろうとしたことがばれてしまったようだな。一本取られたのは私の方だったか 」


何がおかしかったのか、カラカラと笑う姿に意外なものを視た気分になる。あまり感情を表に出さないタイプかと思ったが思い違いだったようだ。もっといろいろな表情を見たくなるな。


「それでは食べることにしよう 」


「ああ、そうだな 」


話を打ち切って食事を済ませることにする。コーヒーにミルクと砂糖を少々入れて混ぜて溶かす。一口飲んで口の中を潤してからサンドイッチを頬張る。


ゆでた鶏肉を粗めにほぐしたものにソースが絡めてある。ソースはスパイスのピリッとした風味がする。ソースに混ざる野菜の酢漬けを刻んだものが酸味とカリッとした歯ごたえを加える。


はさんである野菜は香草の類いなのか清涼感のある独特な風味がする。それらを挟むバゲットのような皮が固く中が柔らかいパンは小麦の味が豊かで噛むのに力が要る分、口の中ですべての味が一体となる。


食べている間、北に向かって馬車が通る。馬の首にはリルゴの町で会ったネズミやイタチの首についていた首輪と同じものが付けられている。あの馬も魔物のようだな。


魔力が感じられるし、何より御者台にいるテイマーと魔術で意思疎通を行っている。そこから受ける穏やかな感じは魔物であるとは思えない。野生種ではなくて品種改良されたものかもしれない。サラブレッドのようなやつ。サラブレッドは気性が荒いか。


食べ終わって少し休憩すると会計を済ませる。支払いは全額セリア持ちだった。


「ごちそうさま 」


何度目がわからない礼を言う。借りがどんどんたまっていってる気がするがこの際だから借りれるだけ借りておこうと思う。踏み倒すことにはならないだろう。返す当てはあるのだ。


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