第29話 X イーギス・アーガス

夜明けとともに起きて出発の準備をする。ガウンとふんどしを脱いでシャワールームに入り顔を中心に浄化魔術を弱めに一発。


今度はトイレに入り便座に座って用を足す。今度も浄化魔術が活躍する。尻と先っちょに意識を集中して発動。魔力を用いて状態を確認する。


よし、キレイになった。手を使わずに済ませることが出来るので手は汚れていない。ただなんとなく手を洗いたくなるな。この感覚に慣れなければ。


服を着て背嚢はいのうを背負いロビーに行く。カウンターには宿の人がすでに働いていた。朝早いのにご苦労様だ。カンテラと部屋の鍵を返却してセリアさんを待つ。程なくして彼女もロビーに現れる。


昨日とは違って狩りに適した格好をしている。革の鎧を身に付け汚れが目立たない黒っぽい色の服を着ている。ウサギ姿で見かけたときと同じ格好のようだ。背中には小さめの背嚢を背負っている。


そして、腰には一振りの剣が鞘に収まっている。その剣からただならぬ魔力の気配を感じる。あまりじろじろ見るのも失礼か。とりあえず挨拶を交わそう。


「おはよう。セリア 」


「おはよう。レイン。待たせたかな 」


「いや。それほど待っていない。すぐにギルドに向かうのか? 」


「そうだな。食料や燃料なんかの消耗品はギルドで用意する手はずになっているからこちらで用意する物はない。ケイルと合流してすぐに出発するのがいいだろう。そうすれば朝食はちょうどいい時間に現地で取れるだろう 」


俺たちは連れだって狩猟ギルドに向かった。ギルドにつくとすでに金髪兄ちゃんことケイルは荷物を用意して待っていた。ギルドの受付嬢もいて準備に加わっていたらしい。なんか悪いな。俺はギルド側の人間じゃないからいいのか。あくまで立場は助っ人か。出しゃばらない方がいいのかもしれない。だが挨拶ぐらいはしておこう。


「おはよう 」


「おはようございます 」


受付嬢は挨拶を返してくれたがケイルは無反応だ。泥をぶっかけようとしたことを根に持っているのか? そんなわけないよな? 俺があのときの魔物なんて想像だにしていないはず。狩人はあまり挨拶する文化がないのかもしれない。


用意された荷物を背嚢に納め、いよいよ出発となる。セリアが指示を出した。


「ケイルのペースで進んでくれてかまわない。私が後に続く。レインは私の後に続いてくれ 」


ケイルはうなずいて了解の意を示す。単に無口なだけか? 俺は声に出して返答する。


「わかった 」


こうしてケイルを先頭に森に向けて移動していく。ウサギの時は道路など使わなかったが比べてみると雲泥の差だ。やはり移動しやすい。それほど本気で走っているわけではないがあっという間に森の入り口に到着する。そこから川沿いの道を上っていく形で緩やかな坂道を進んでいく。


途中、狩人が熊に襲われていた沢に出る。そこを越えてさらに進む。完全に日が昇って少したった頃に話しにあった山小屋にたどり着く。どうやらここを拠点にするようでここで行軍は止まった。


とりあえず朝食にするようだ。セリアさんと俺は汗一つかいていない。呼吸も乱れていないがケイルには若干の疲労が見られる。肉体的な差はあまりないようにも思えるがそれほどに魔力の影響が大きいのだろうか。


配給された荷物をあさると朝食があった。紙で包まれた物を開くとサンドウィッチだった。この世界にもあるのか。サンドウィッチ伯爵なんてこの世界にはいないだろうから別の名前だろうけど。


手を浄化魔術でキレイにしてから直接つかんで食べる。トマトやレタス、ハムにチーズが挟まれている。前世と遜色そんしょくない食事情のように思える。


ちょっと興味を覚えてトマトやレタスの来歴をセリアさんに聞いてみた。どうやら旧文明の頃に世界に広まった野菜らしい。野生化していたのを帝国が品種改良してそのころに近づけたのだとか。


そんなことを聞いてくる俺にセリアさんは感心したようだったが意外なことにケイルもなにか感じ入ったような眼差しを向けてきた。狩人も案外あんがいがくがあるのかもしれない。偏見へんけんか?


朝食を食べ終わると早速、討伐対象を捜索することになる。手分けして探すのかと思ったら対象はこれと決めた場所からあまり動かないらしい。昨日と同じ場所付近にいる可能性が高いため三人で行動するらしい。捜索を開始して1時間もしないうちに対象を発見する。


、、、でかいな


相手から発見されないように離れたところから見ているが、それでも大きさは伝わってくる。周りに自分の敵になるようなものはいないからか自分の魔力を隠蔽いんぺいしようとしていないな。魔力の大きさも伝わってくる。


見た目は単純に蛇だな。キングコブラとかガラガラヘビとかじゃない一般的な蛇。それをただ大きくしたような感じだ。


緑っぽいような灰色っぽいような体色をしている。苦手な人だったら卒倒しているな。俺も蛇は得意というわけではないが今までの戦闘経験のおかげか、自分に宿る魔力のおかげなのかそれほど恐ろしさは感じないな。


考えているとセリアが話しかけてくる。


「それではレイン。今からあいつとひとりで戦ってもらう。勝てなければ私が倒すから心配は要らない。だが力の程は見せてくれ 」


「問題ない。おそらくひとりで倒せるだろう 」


そんなこと言われたら意地でもひとりで倒したくなるな。できるだろうけど。とはいえ初めての相手は予測がつかないことをしてくる場合もある。慎重に相手の行動パターンをつかまなければならない。気を引き締めていこう。


「巻き込まれないように離れて見ていてくれ 」


一応、警告はしておく。そして、大蛇に近づいていく。蛇の生態はそれほど詳しくないが赤外線を感知するらしい。舌でにおいを感じることもするらしい。それらを封じてみるか。


俺は両手を地面に付けて両手両足から魔力を地面に広範囲に浸透させる。土から水分を取り出す。ある程度水分を抜くと急激に魔力効率が悪くなるのでさらに範囲を広げる。土から取り出した水を空中に薄く広げ、空気中の水分も吸収する。


集めた水を霧状にして蛇の方に散布する。土魔術と水魔術のコンビネーションだ。亜空間内の水が使えれば楽だったが人目があるから仕方がない。


霧は蛇の周辺を覆い尽くす。今日は風があまりなくて助かったな。まだ気温がそれほど上昇していない時間帯なのもいい。だがそう長くは持たないか。


相手も流石に敵がいることに気づいている。動き出さないうちに一方的に攻撃させてもらおう。


俺は腰にいた“雷閃”を抜いて駆ける。土魔法を使って足音や地面の震動を抑えて接近する。間合いに入ったら思い切り魔力を込めて刀を振り下ろす。


刃は鱗や皮、筋肉を切り裂き血しぶきを上げさせる。


だが堅い。手にはしびれが来るほどの衝撃が走る。回復魔術で治しつつすぐさま移動する。


元いた場所に蛇の噛みつきが飛んでくる。


場所を変えてもう一撃を放つ。切りつけの直後に地面を蹴って空中にひるがる。


今度は尻尾が鞭のようにしなりさっきまでいた地面をたたく。地面が爆発したように飛び散り大穴が開く。


、、、かなりの威力だ。食らったらやばいな


空中で体をひねりながら切りつける。今度は少し浅い。


胴体近くに着地すると振り向きざまに横薙よこなぎの一閃を繰り出す。大きく切り裂いて血しぶきをまき散らす。


後ろに跳んで反撃にそなえるが反撃がこない。回復魔術を使うようだ。


傷が塞がっていくがそうはさせない。気合いを入れた振り下ろしの一撃をたたき込む。手応えありと思うが刃が通っていない。魔力を込めた鱗に刃が止められている。


一瞬防御に徹する気かと思ったがその瞬間蛇の内部から魔力が爆発的に膨れ上がる。


まずい!


蛇の体を思いきり蹴りつけて後ろに大きく跳ぼうとする。蹴った瞬間蛇が回転するようにのたうち回り周辺の土や草木を根こそぎ周辺にまき散らしていく。


俺にも蛇の体がぶち当たり吹き飛ばされる。


なんとか空中で回転して地面に足から着地する。勢いを殺しきれずに後ろに滑っていくが樹木を足場にして止まる。


かなりの威力だ。後ろに跳んで威力を殺したはずだが魔力でガードした腕の骨にひびが入った。喰らった直後から回復魔術で治していたのでもう直るが、まともには食らいたくないところだ。


霧は徐々に晴れつつある。完全に晴れる前にもう一撃有効打を取っておきたい。


接近して斬撃を振るう。先ほどより堅い手応えだ。鱗を切り裂くものの肉はおろかその手前の皮にすらうっすらと切れ込みを入れる程度だ。出血をさせなければ簡単に修復されてしまう。ほとんどダメージにはならないだろう。


防御を上げているせいか蛇の動きは先ほどよりも鈍い。ダメージが入る位置から俺の居場所を判断しているようだが躱すのは容易だ。噛みつきや尻尾での打擲ちょうちゃくを繰り出してくるがタイミングが一呼吸遅い。威力もだいぶ落ちるようだ。だがこちらも打てる手はあまりない。


込める魔力を上げ過ぎると刀が崩壊してしまう。自分の肉体も同様だ。雷魔術や火魔術を使いたいところだがそれもはばからられる。


今までにそれらの魔術を使っている人間を見たことがない。人間に使えない魔術だったらどうしようか。そう思うとなかなか使用に踏ん切れない。


切りつけては躱すを繰り返すが手応えはない。そうこうしているうちに霧は晴れていく。これが狙いか? だとすると霧が晴れれば攻撃に転じてくるな。知能は思いのほか高いのかもしれない。


霧が晴れかかってくるとこちらの位置を把握できるようになったらしい。頭をこちらに向けて攻撃姿勢を取る。体の側面に回り込もうとしても常に頭を動かして正対する位置取りになる。首の部分を動かすだけでこちらの動きに合わせてくる。蛇の体の柔軟性がこんなにも厄介やっかいだとは、、、。


攻めあぐねていると今度は向こうから攻めてきた。大口を開けた蛇の頭が高速で迫ってくる。それを大きく横に跳んで回避する。


蛇の頭は元の軌道を通って素早く戻り8の字にとぐろを巻いた状態になる。この体勢が蛇にとっての必殺の構えなのか。


すぐに次弾が飛んでくる。また大きく横に跳んで躱す。少し服をかすめた。タイミングがつかみにくい。ブレのない一直線の軌道で迫ってくる。急激にズームして目の前に迫ってくるように目には映る。


距離を取って射程外に動くと体をくねらせてじりじりと距離を詰めてくる。


再び噛みつきが迫ってくる。魔力視で観測しながら避けていると攻撃の概要がつかめてきた。体の尻尾側から徐々に頭に向かって魔力が移動している。噛みつきのタイミングで頭に魔力のピークが来る。


タイミングを合わせて躱しながら頭を切りつけてみる。すると、堅い音がして刃がはじかれる。十分な威力を乗せなければ魔力で強化された鱗にたやすくはじかれてしまう。


どうするか?


なんとか鱗を越えて内部にダメージを与えたい。あれを使ってみるか。


俺は刀を鞘にしまう。次の攻撃を紙一重で躱すと蛇が頭を引っ込めるのと同時に蛇に向かって駆ける。


蛇は俺の次の攻撃を予測したのだろう。全身に魔力をまとわせはじめ防御姿勢に入る。


俺は間合いに入ると拳を繰り出しながら音響魔術を拳に乗せ蛇の胴体にたたきつけた。インパクトの瞬間体の内側に響き渡るように衝撃波を放つ。


手応えは十分。はたして蛇は悶絶するように体をくねらせて口を開けて唾液をまき散らす。


もう一撃。今度は左を繰り出して再び魔術をたたき込む。蛇は体を必死にくねらせて痛みから逃れようとする。巻き込まれないように距離を取る。


手応えは十分に感じるが今ひとつ決め手に欠けるような気がする。刀で切りつける攻撃は対処された。内部への攻撃に対してもこのまま続ければ対処されるだろう。


ふと以前に自分が受けた攻撃が頭をよぎる。赤毛の獣人、たしかサリューと言ったか。彼女が使った魔術なのか良くわからない技。出来るかわからないが試してみよう。こう言うのは勢いが大事だ。なんか脳筋ぽいところがあったし。


蛇は回復を試みようとしている。その隙に蛇の体に取り付く。左手と左足を胴に巻き付けるように回し、右手と膝で押さえ込む。右手は握りこんでそっと当てる。拳から魔力を蛇の体内に流し込む。


このときに無理矢理流し込むことはしない。蛇の魔力の隙間から徐々に浸透させ血流に乗せる。自分から押し込むのではなく血流に引っ張られて魔力がむしろ奪われるようなイメージ。蛇もこちらの意図に気づいたようだがもう遅い。


十分に浸透したところで魔力を起爆させる。


「ふん!」


思わず声が出た。外から見た感じでは光や音などの効果は見られないが蛇は体をくねらせて口から血を吐き出す。


蛇に一瞬抵抗されたのもあるが最後の起爆の完成度が低かった。威力は想定の半分程度か。それでも十分に効いているようだ。


しっかしこの技は実戦向きじゃないな。相手が大きな隙を見せているときしか使えない。かなりの集中力が必要だ。完全に発動させるのは相手が寝ていても難しいかもしれない。達人なら可能なのだろうか?



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