第30話 イーギス・アーガス Ⅹ 決着
蛇は血を吐いて倒れ込む。巨体が倒れ込むとズシッと地面が揺れる音がする。少し距離をとって様子を見る。
今の一撃でだいぶ魔力を消耗した。慣れないことはするものじゃないな。体の負担もなかなか重い。肩で息をする。こういうときからの反撃が結構恐ろしかったりする。
実際、蛇の魔力はまだまだ高い水準を保っている。こちらが攻めてこないと見るや鎌首をもたげて戦闘態勢を取り始める。先ほどよりも動きに精細がないがまだまだやれる感じがある。油断は出来ない。
蛇は回復魔術を使おうと魔力を体に込めていく。回復中は防御力が落ちる。攻撃のチャンスではあるがそれを
俺は遠距離から音響魔術での攻撃を選択した。拳に魔力を溜めて打ち出す。そのまま回復を続けるならダメージになる。回復がブラフなら防御に回る。そう予測しての選択だ。
だが蛇が取ったのはそのどちらでもなかった。衝撃波をそのまま受けると同時に尻尾での
尻尾が迫ってくる方向に斜め上に跳んで空中で体をひねりつつギリギリで躱す。
ほっとしたのも
蛇は口を大きく開けて牙の先端をこちらに定めていた。牙の先端から黄色い液体が噴き出してくる。液体は空中で空気抵抗により広がって俺の顔を中心に上半身にかかる。
くそっ! 目に入った!
距離を取って立て直そうと後ろに跳ぼうとする。なんだ? 体に力が入りにくい。頭がクラクラする。目に映る映像が暗くなったり明るくなったりする。白黒になったりカラーになったり忙しい。体が熱くなり汗が噴き出てくるが凍えるほどの寒さを感じる。
これは毒か? セリアさんがなんか言っていた気がする。あまり気にも留めていなかったが食らってみるとやっかいさが身に染みてわかる。
敵の攻撃の気配を感じるが体が言うことを聞かない。魔力を練ろうとするがうまくまとまらない。
十分に魔力を込めた尻尾によるなぎ払い。眼前に迫ってくるが防御姿勢が取れない。迫り来る大蛇の尾がスローモーションのように見える。まともに食らえば死なないまでも戦闘の継続は困難。
とっさに肉体のコントロールを魔石からコアにすべて切り替える。コアから魔力を両腕に流し、肘を曲げて縦に構えて受ける。
接触の瞬間、かかとで地面を蹴り上げ自分から後方に跳んで衝撃を和らげる。後ろに吹き飛ばされながら状態を整理する。
痛覚を遮断して魔石に肉体の治療を任せる。コアと魔石間のパスを最小限にしてその分を全身に回す。これで体をまともに動かせる。
姿勢を空中で制御して地面に着地する。着地の瞬間土魔術で地面を粘りのあるクッションのように変えて体を受け止める。後ろには木が迫っていたがぶつからずに止まる。
俺は急いで浄化魔術を使うフリをして毒液を亜空間にしまう。
「ぬん! 」
体内と衣服に染みこんだ毒液も回収できた。
この毒液にはかなり気になる点がある。通常なら肉体から離れた時点で魔力は急速に抜けていく。魔力を含まない物質なら強力な毒でも簡単に魔力で無効化できるはず。まったく魔力を含まないとは思わないがここまで効果を発揮したのはなぜだろう?後で分析することにしよう。
遮断していた痛覚を戻すと急に吐き気に襲われる。朝食を吐き戻すのはもったいないと意地になって吐くことを我慢する。実際はこの肉体は消化吸収が早いのですでに消化吸収を終えているだろうが。
ガードの上からでも衝撃は伝わって内臓を揺さぶっていたらしい。毒の効果も相まって体全体にだるさがある。胃のあたりはムカムカする。胃の中におもりが入っているようなにぶい感覚がある。
蛇の様子をうかがうと回復魔術でダメージの回復をはかっているようだ。先ほど蛇が行った連撃は痛みや苦しみを度外視してこちらを仕留めに来た感がある。蛇にも痛覚遮断の技術があるのだろうか?
今回復に専念しているのは、こちらがまだ毒の対処に時間がかかるとみてのことか、これで勝利したと思っているからだろうか。こちらも回復に専念しよう。
今はコアと魔石の両方の魔力をフルに使える状態だ。大きな力が出せる反面、肉体がそれに耐えられないだろう。肉体のコンディションを適切に保たなければ戦闘に支障が出る。体に負担が蓄積しないようになるべく早く決着を付けよう。
それにいいように攻撃を食らってイライラしてきた。もう出し惜しみはやめよう。雷魔術と火魔術を解禁だ。手を抜いていては勝てるものも勝てない。相手にも失礼だろう。俺は次で仕留めると決めた。
回復が終わる頃に蛇にゆっくりと歩いて近づく。
蛇は俺がこれほど早く回復すると思わなかったのだろう。表情には表れないが戸惑っているようだ。魔力の動きを観察するとなんとなくわかる。
蛇の方は八割ぐらいの回復か。やはり急所を狙うのが一番手っ取り早い。
間合いを詰めていくと蛇は八の字にとぐろを巻いて必勝の構えを取る。高速で動いて牙を突き立てて毒を注入する。蛇らしい戦法だ。
にらみ合っていると蛇の方から仕掛けてきた。最初ほどではないが十分に速い。ギリギリで躱すと今度も頭の引き戻しと同時に接近する。
それは読んでいたのか頭を戻しながら尻尾による薙ぎ払いを仕掛けてくる。学習しているよな。
仕掛けてくるのを読んでいた俺はそれを少し後ろに跳んでやり過ごす。これを
蛇の方は尻尾を避けられることを想定していたのだろう。尻尾を振りながらも頭を振り回して動きを止めた俺に再び毒液を射出する。
―
飛来してくる毒液に右手を突き出して雷を放ち焼き散らす。
この毒液を放つ攻撃は大きく口を開けての頭がけぞった体勢になる。俺の位置を一瞬見失うことになる。この後必ず俺の位置を確認しようとするはずだ。
それを狙って左手から火魔術を放つ。蛇とにらみ合っている時点から左手の平にメタンガスを溜め始めていたのだ。左手を突き出して蛇の顔に向けて可燃ガスの塊を伸ばしていく。
―
蛇がこちらを向いて舌をチロチロと出した瞬間、炎の壁が蛇の顔面を覆うように
俺は炎で焼いている間にも蛇の顎下の位置まで接近している。
コアと魔石に刻まれた魔術式が高速で演算を行っていく。抜き放った“雷閃”に雷の魔力を込めていく。刀が発光し時折バチバチと空気が爆ぜる音がして放電が起こる。刀を天に向かって立て肘を地面に向かって引き絞る。
―
土魔法を使い足裏の土を爆発させる。爆発に押され俺は弾丸のように一直線に天に向かって飛ぶ。蛇の
―
喉元から入った刀身は放電しながら周囲の組織を破壊する。脳に向かって肉を焼きながら突き進みやがて脳を貫通する。電子の角が頭蓋を内側から突き破り完全に脳組織を損壊させる。
刀の周辺は空洞になり一切の抵抗を生み出さない。重力に引かれてそのまま自由落下していく。
疲労のために両足と左手をついて地面に着地する。
立ち上がりつつ刀を鞘にしまうと俺はすでに絶命した巨大な蛇を見上げる。力をなくした蛇はその巨体をゆっくりと倒れ込ませ地響きとともに地面に頭を横たわらせた。
勝てたな。俺は深く息を吐くと後ろを振り返る。
そこには腕を組んでにこやかな表情のセリアが立っていた。いつの間にとも思わないでもないが戦闘に集中していたなら気づかなくて当たり前か。
その後方にはケイルが走ってこちらに向かってくる姿が見える。
「いろいろ聞きたいことはあるが、まずは合格だ。おめでとう 」
「、、、そうか? 」
合格と言うがいったいどういう試験だったんだろうな。詳細がわからないから適当な
一定以上魔石の魔力がたまったら今度は魔石から余剰分をコアに還流させる。魔石の魔力の方が肉体になじんで即応性が高く回復量が多いな。
コアと魔石のパスを強化しておこう。完全に切れたとき何が起こるかわからん。
それにしてもこの巨体をどうするんだろうな。熊は二人ぐらいで運べていたが何人も人手が要りそうだ。
「これはどうするんだ? 」
蛇の巨体を指さしながらセリアに聞いてみる。視界の端には遺体を検分しているケイルが移る。
「ギルドに運んで解体することになるだろう。運搬する人員を何人か呼ぶことになるだろうな。場合によってはこの場である程度切り分けるかもな。流石に私でもこれを一人で運ぶことは出来ないしな。辺境は道の整備が遅れているからこういう時に大変だ 」
重さだけならセリア一人でも大丈夫そうだけどな。
ケインの死体検分が終わるまで待つ。終わるまでそう時間はかからなかった。最後に蛇の魔石を胸のあたりを切り開いて取り出す。
そこに心臓があったのか。魔力から大体の位置はわかっていたが正確にはわからなかった。戦闘中ではしょうがないか。蛇の解剖学をわかっていたならもっと楽に勝てたか? もしもの話をしてもしょうがないか。
取り出した魔石は討伐証明になるらしい。帰りもケインを先頭に同じ並びで駆けていく。下りがある分行きよりも速く移動できた。昼ぐらいには町に到着する。城門をくぐるとすぐにギルドに向かい討伐の完了を知らせる。
ギルド内は知らせを聞いて慌ただしくなる。蛇の死体を回収するために人を集めたりするようだ。ケイルはどうやら回収班の案内をするために再び今日のうちにあの現場に戻るらしい。ご苦労さんなことだ。狩人はみんな働き者なのかね?
俺は疲労の残る体を休めながら奔走する職員や狩人たちを眺めていた。
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