第28話 魔物の情報 x 生活習慣

すべて食べ終わると再び会話の続きをはじめる。ただなんとなく先のことを考えるのが億劫おっくうになってきた。


直近の明日から始まる討伐についての情報を集めよう。


「討伐する魔物についてだが、イーギス・アーガスとか言ったか? どんな魔物なんだ? 」


「そうだな、、、なんと説明したらいいか。手足がなくて細長い魔物だ。口は大きく牙が鋭い。全身はうろこで覆われている 」


どうやら蛇の魔物のようだ。アーガスは蛇って意味か? イーギスは大きいって意味だから大蛇の魔物ということか。


「生物分類としてはロプテルにあたる。魔物の分類は難しくてな。正直私ではよくわからん。王都に来るなら詳しい人間を紹介してやる 」


ロプテルは爬虫類という意味か? 生物分類と魔物の分類は違うのか? まあいいか。


「なるほどな。大きさはどのぐらいなんだ? 」


「個体によって異なるがおおよそ全長は12セウス、太さ0.5セウスぐらいだな 」


セウス? 長さの単位だと思うがどれぐらいだろう? まあ大きいんだろうな。


「なるほど。魔法を使ったりはするのか? 」


「魔法? そちらでは魔法と魔術を区別しないのか? 」


魔法と魔術の区別なんて考えたこともなかったな。ファンタジー好きの山下がいたら聞いてみたいところだがいないので目の前のセリアに聞いておこう。


「、、、魔法と魔術は区別していなかったな。こちらではしっかりと定義していると言うことか? 」


「そうだな。こちらでは学問として魔力現象を研究している。魔法はおとぎ話の世界のことで物質を作り出したり時間をさかのぼったりと何でもありの世界だ。人前で魔法などと口にしない方がいい 」


「そうなのか。いろいろ教えてもらえると助かる 」


「やはり王都にいって狩人をやりながらいろいろ学ぶのがいいと思うぞ。そのためにも明日の討伐依頼はしっかりとこなさねばならないな 」


「やる以上は全力でやるさ。それでイーギス・アーガスの使う魔術について何だが、どんな魔術を使うんだ? 」


「魔力変異の報告がないということは通常使える魔術程度しか使えないと思うが、蛇類は毒液魔術を使う場合がある。牽制けんせい程度にしか使えない場合も多いがまれに強力なことがある。これは相手と戦いながら分析していくしかない。まあ、避けてしまえばたいてい何とかなる 」


魔力変異? また知らない単語が出てきた。なんとなく予想はつくが聞いてみよう。


「魔力変異とはなんだろうか? 」


セリアさんはあごに手を当てて少し考えた後、自分の目を指さして逆に聞いてきた。


「私の髪色や目の色についてどう思う? 」


「あまり見ない色だと思うが、、、 」


「そうだな。徒人ただびとでは普通はあり得ない色だ。魔力を高めることで肉体に何らかの変化が起きることを魔力変異という。昔の私はこのような色ではなかった 」


「それが魔力変異というものなのだな 」


「そうだ。だが魔物の場合は体毛や体色が変化するだけでなく肉体の一部が変化するものもいる。見た目ではわからない部位が変化することもあるから油断はできない。情報を十分に集めることが生きて狩りをするためには必須の技能になる 」


鹿や熊にはそういった特徴があったな。イノシシなんかは目立つものがなかったがあれも一応変異と言えるものがあったのだろうか? 油断できないのは身に染みてわかっている。それが失敗をしないという保証にはならないが。


「わかった。明日に備えてそろそろ休むとしよう 」


「そうだな。会計を頼むとしよう 」


セリアはウエイターを呼ぶと席で会計をする。そういう方式か。


話し込んでもうだいぶ遅くなった気がする。窓の外は街灯が灯っているが照らされていない部分は漆黒の様相を呈している。


野宿をするなら早いほうがいいか。刀を抱いて寝る傭兵スタイルで過ごすことになるだろう。少しわくわくするな。


会計を済ませて店を出る。


「馳走になった。久しぶりにまともな食事ができた。ありがとう 」


本心から言葉がでてくる。もう思い残すことはないってのは言い過ぎだな。縁起えんぎでもない。だがそれぐらいの感動はあった。


「それでは明朝、ギルドでまた会おう 」


きびすを返し立ち去る。そんな背中に声がかかる。


「待て。どこに行くつもりだ。宿はそっちじゃないぞ 」


立ち止まって振り返る。宿? 宿代までおごってくれるというのか? そこまで世話になると後が怖いような気がする。断りを入れようかと迷っているとセリアは手招きをしてさっさと歩き出してしまう。


「こっちだ。ついてこい 」


その背中を小走りで追う。宿はレストランと同じ大通りにあった。すぐに到着する。外壁には装飾が施され、正面玄関はガラス戸になっている。かなり高そうな宿だな。


こちらを振り返らずに扉を開けて中に入ってしまう。ついて行くしかないか。こちらも中に入る。


ロビーの床は石畳。カウンターは大理石を切り出したようなしつらえで高級感がある。若干気圧されたように建物内を見ていると声がかかる。


「今日は私と同じところに泊まってもらう。いいな? 」


同じところ⁉ どういう意味だ? そういう意味ではないよな?


「いきなり来て開いている部屋があるのか? 俺は野宿でもかまわないが、、、 」


「安心しろ。この宿は見ての通りこの町ではかなり高めだからな。そうそう部屋が埋まることはない 」


良かった。正解だったようだ。恥を掻くところだった。セリアはもう一部屋分の代金を払うと鍵とランタンを渡してきた。


「これが部屋の鍵だ。使い方はわかるか? 」


「大丈夫だ。問題ない 」


「ギルドではああ言ったが明日の夜明けはここで待ち合わせしよう。起きてこなかったら部屋に起こしに行くから心配はない 」


「了解した。だが起きられないと言うことはないから安心しろ 」


セリアさんと別れ、鍵とランタンを持って部屋を目指す。203号室か。階段で2階に上がり部屋番号の表示を見ながら自分の部屋を探す。基本的に番号順に並んでいるから探すのに苦労はしない。


鍵を開けて部屋に入る。ドアから入ってすぐのところにはクローゼットがある。


ランタンを置き背嚢をクローゼットにしまう。ランタンを持って部屋を確認してみる。


大して広くはないがシングルサイズのベッドが部屋の真ん中に置かれベッドの両サイドは1メートル以上間がある。窓の手前には椅子とテーブルが置かれている。ベッドの手前には何も置かれていないがそこに面する壁には扉が二つある。


手前の扉を開けるとそこには前世でもよく見るような洋式便器が鎮座ちんざしていた。床は水をはじくタイル張り。タンクがついていて上の蓋を開けると水がたまっている。水栓用の浮子うきもついている。横にはレバーがありこれをひねれば水が流れるのだろう。完全に前世での水洗トイレと仕組みは一緒か。ここには上下水道が通っているというのか。一瞬前世の世界に戻ったのではないかと錯覚してしまった。


だがふと気づく。便器以外になにもない。トイレットペーパーがない。ゴミ箱もない。用を足した後、尻をどうやって拭くのだろうか?


疑問を持ったままトイレから出て奥の扉を開ける。そこはタイル張りの部屋だった。一見シャワールームのようにも見えるがシャワーヘッドがない。蛇口も何もない。


どういうことだ? どうやら俺は異世界に迷い込んでしまったようだな


、、、いや、落ち着け、俺。ここはもともと異世界だ。カルチャーギャップはあって当然。受け入れるんだ、この現実を。


、、、しかし、どうするか? セリアに聞いてみるか?


どの部屋かわからんな。いまさら聞けないしな。自分で謎を解くしかないか。


はぁ、、、


この世界と前世の世界は違う。トイレや風呂に違いがあってもまあ、おかしくはない。改めて違いを確認しよう。


ランタンを持ってシャワールーム? にはいる。壁や天井を見回すがこれと言ったものはないように思う。唯一フックが壁の高いところについている。これは何に使う物だろう? タオル掛けか? わからないな。


今度は床面を確認する。中央付近に排水口がある。その排水口に向かって床はやや傾斜をしている。ドアの枠はやや床から高くなっていて水が寝室に行かないような構造になっている。


となるとやはり水を使うのか?


だが水栓やシャワーヘッドなどはない。自分で水を用意して使うのか? しかしトイレでは上水が供給される仕組みになっている。それならシャワールームにも供給されてしかるべきだろう。


困ったな。なかなか正解にたどり着きそうにない。腕を組んで考えようとするが手に持ったランタンが邪魔になる。床にでも置こうとしてふと思いつく。


このフックはランタンをかけるためか?


トイレ側も確認すると同じようなフックを見つけた。トイレではタオルをここに掛けることはないだろう。とするとやはりランタンを掛けるフックである可能性が高い。シャワールームに戻りランタンを掛ける。


改めて使い方を考えることにしよう。排水口はあるが水は使わない。矛盾しているような気がするがどうだろうな。使う人間が違うのか?


客は使わないがホテル側で使う。清掃のための排水口か。ありそうだな。だとすると客はここで何を使う?


、、、魔力か。この世界と前世の世界の大きな違いは魔力の存在だ。大きく異なる部分があるとすればそこには魔力がかかわってくるはず。


客はここで魔術を使う。だとすればどんな魔術だ?、、、水の魔術ではないな。それはさっき否定した。水を作り出せるならともかく水を用意しなければ水魔術は役に立たない。それにすべての客が水魔術を使えるのだろうか? 今のところ水魔術を使用した人間は二人だけだ。多分みんながみんな使える魔術ではないだろう。みんなが使える魔術か。


、、、体を洗う。、、、いや、体をきれいにすると言う認識の方が近いか? 体をきれいに、、、。体をきれいな状態にする? 、、、汚れた状態をきれいな状態に戻す、、、回復魔術か!


俺は遺体からコピーした情報を解析する。回復魔術に似たパターンが他にないか検索。、、、あった。


解析してみると回復魔術と確かに似ている。回復魔術が自分自身の正常な状態を認識して欠損した部分の復元や代謝を促進する魔術なら、これは正常な自分自身を認識してそれ以外を払い飛ばす魔術のようだ。範囲は外皮の表面に限られるようだが。


早速試してみよう。寝室に行き服を脱いでベッドの上にたたむ。クローゼットの中にサンダルがあったのを思いだし取ってくると脚甲を脱いではかまも脱ぐ。すべて脱ぎ終わるとシャワールームに行く。


若干の緊張を伴い中心に立つ。魔石に刻まれた術式を意識して魔石から全身に魔力を送る。それを体表に留める。両手を開いて広げ、発散する空間を確保。一気に魔力を放出する。


「はっ! 」


思わず声が出てしまった。髪の毛が逆立ち体の内側から風が出ていったような感覚が全身を抜けていく。実際にわずかに空気がぜるような音がした。肉眼では見えないが皮脂や垢が細かい粒子になって飛び散って行ったのだろう。全身がさっぱりしたような感覚がある。


いや、なんか皮膚がヒリヒリする。ちょっとやり過ぎたようだ。汚れが再びつかないようにシャワールームからすぐに出る。回復魔術で肌のひりつきを治しふんどしを締める。クローゼットからガウンのようなものを取り出して着る。


さてさっぱりしたので寝ようかと思ったが、歯を磨いてないことに気づいた。また同じように口の中をきれいにする魔術があるのではないかと思い再び魔術解析を行う。やはりあった。体の場所が違うだけでほぼ同じ魔術式だ。それを行い唾液とともに飲み込む。洗面所がないので出すわけにはいかない。


、、、これは食べてから割とすぐに行った方がいいな。


ともかく寝る準備は出来たのでランタンを消し肉体に睡眠を取らせる。肉体が睡眠に入ってもコアは寝なくてもいいのでコアで夜明けを感知すれば寝坊することはない。安心して休むことが出来た。

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