第25話

森の中から町の方を観察する。どうするか?今は日がだいぶ傾いている。このまま森の方から町に向かっていいのだろうか。誰かに見られていれば森の中から少数部族の民がやってきたと思うだろう。森の奥に知らない部族が住んでいると思われるだろうか。その場合森の奥を探索されたらウソがばれる。


北から移動してきたことにするか?それだと途中の開拓村に寄らなかったことを怪しまれるか?だとすると南側も同様か。南に何があるのか行ったことがないのでわからないが村や町がどのように配置されているかわからない。途中の目撃情報がないのは良くない。となると西側の海の方からが一番無難か。


しかし、大通りの市場では魚が売られていた。それらしき行商人が西門から入ってくるのを見かけたことがある。おそらく町の隣を流れている川の河口付近には漁村があるはず。海から来たことにするとしても、そこの漁師が俺の乗った船を目撃していないことの説明をつけておく必要があると思う。海側に行き地形を把握しなければならない。適当な上陸ポイントを見つけに行こう。


人目につかないように夜を待ち再びウサギに憑依して海を目指す。遠い海の向こうの島国からやってきたことにしたい。齟齬や勘違いが生じても言葉や文化がわからないからで押し通せるようにしたいな。根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だ。演技なんかできないし嘘をつき通すのも不可能。こちらの言語も完璧と言い難い。なるべく本当のことを積み上げてスムーズに嘘を吐けるようにしなければならない。


夜の草原をウサギとして猛スピードで駆け抜けていく。街道から外れたなにも目印の無い草原。ウサギの感覚では虫や小動物などの気配を捕えられるが人間だったらただのだだっ広いなにもない草原にしか見えないだろう。案外ウサギでいるのも悪くないと思う。人間になればウサギに憑依することもなくなるからそう思えるのかもしれないが。


星や月で方角がわかる。においでもなんとなく方角がわかるものだ。前方からかすかに潮の香りがする。どのぐらいの距離かわからないが前方には確かに海がある。そう思えると俄然やる気がわいてくる。さらに身体強化の出力を上げ土魔法を使い速度を上昇させる。


しかし、魔力を上げすぎたのかどうやら肉食動物に発見されたようだ。前方から複数の気配が迫ってくる。数分後、敵の姿がはっきりとわかってくる。オオカミが5匹。最初に出会ったときのような小型のやつだ。徐々に包囲を狭めてくるが俺はかまわず速度を維持する。接触をする前にタイミングを合わせ上に跳ぶ。相手の頭上を飛び越えて着地して勢いそのままに駆け抜ける。戦闘はなるべく回避しよう。おそらく魔力の成長にはたいして影響はないはずだ。それに今は時間が惜しい。


昼に寝て夜に移動する。休息を取りつつ進んでいると二日ほどで海岸に到着した。切り立った崖になっているところだった。ここからは着岸できないな。海岸にそって人がいなさそうな北側に進む。やがてなだらかな砂浜のある場所に出た。近くの草地に巣穴を作って睡眠を取る。


朝になって周辺を確認するが人影はない。念のために海に船がないか、人が訪れた形跡がないかを調べる。夜まで周辺を探索するが人が近づくような場所ではないようだ。日が暮れてから人間体に憑依する。亜空間から森で採取した木材を適当な形に切って並べる。火魔法で火をつけてたき火をする。小舟で漂着してその船をたき火にして暖を取った。そういう筋書きにしよう。


腹が減ったので夕食を準備しよう。余っていた熊肉を亜空間の中でサイコロ状にカットして木材を細長く加工した串にさす。焚火の周りの砂地にさして遠火で加熱する。焼いている間に海水を亜空間に採取する。その後、海水から塩分を分離して塩を作る。熊肉に塩をかけて再び加熱する。十分に火が通り完成した。恐る恐る口に入れてみる。


、、、まずいな。


肉はかたくて臭みがある。血抜きも熟成もしていない肉ではこんなものかもしれない。歯やあごを強化すれば硬さは何とかなりそうだがこのまま食べたいとは思えない。


俺は亜空間にしまうと血の成分を抜いて繊維を短く切る。そうして再び食してみると何とか食べられるくらいにはなった。満足はしなかったが空腹は満たされたのでもう寝ることにした。


夜が明けたら町を目指して出発する。どういう経路で行こうか?まずは開拓村と町をつなぐ街道を目指そうか。街道にあたったら町に向かって南下する経路をたどろう。海岸を南下して漁村を見つけてそこから街道を通る方が自然かもしれないが漁村がどういう場所か情報が無いのが痛い。


小さい村だったら排他的かもしれないし、いろいろ事情を聞かれそうな気がする。それよりもある程度の規模の町なら異国人との交流経験がある人がいるかもしれない。ネズミの姿で情報を集めたから直接町に行ったほうがトラブルは減らせるだろう。


まずは東に進む。とりあえず半分ぐらいのスピードで走る。全力を出しているところを見られたら変に注目を集めてしまいそうだからな。今の俺はおそらくこの辺ではかなり強い方だろう。数時間走っているが全く息切れや疲労感がない。


もともとこの世界の人間は魔石を持つため体が強い。町の普通の人でも100キログラムぐらいなら持ち上げられるし走るのも速いだろう。森の中で襲ってきた人間はその一般人よりもだいぶ強い感じだが今の俺と比べると大差で俺が勝つと思う。例外としては森の中であっさりと熊を倒した女性か。あの人の強さはまさに規格外って感じだった。ああいった存在がいるなら多少は力を見せても変に思われることはないとは思うが情報が足りない今は慎重になった方がいいだろう。


周辺を警戒しながら進んでいく。人は街道の外れには来ないようだが魔物はいる。オオカミと思われる魔力波を前方から感じた。少し進むとはっきりとわかってくる。数は5。ひょっとしたら行きで遭遇した群れかもしれない。さらに進み、目で捕らえられる距離まで接近する。戦わずに追い払いたいな。


意識を集中して威嚇の魔力波を全力で飛ばしてみる。すると5匹はひとかたまりになって進む方向を変えた。どうやら逃げることにしたらしい。この世界の生き物は基本的に出会ったら死ぬまで戦うのかと思っていたが違うようだ。


戦うか戦わないかを判断する基準はあるらしい。それは魔力に依存する部分が大きいように思えるが現状なんとも言えないな。わからないことが多すぎる。人間として行動できる今なら誰かから教わるのもありだな。そう心にとどめて進んでいく。


やがて街道が見えてきた。街道にあたったら、街道を南下して町までいく予定だ。ここまでは誰とも会わなかったが、ここからは人間との接触があるかもしれない。不自然な行動は避けたいがどうしたものか?全力で走って行っていいのだろうか?


街道を調べてみる。街道と言っても土を踏み固めたものだ。舗装はされていない。足跡はうっすらと残っているぐらい。普通の人でも全力で走ればもっとへこみそうなものだが、はっきりと足跡がつくほど踏みしめたりはしないのか。ここ何週間か雨は降っていないから足跡は残りそうな気もするが。町の反対にあるのがあの開拓村だけなのでそんなに修繕もしないのだろうし。全力で走るのはやめておくべきだな。となるとどのぐらいまでならいいのか?力加減がわからないな。小走り程度でいいか。町に近づいたら歩いて行く感じでいいだろう。俺は街道をゆっくりと走り出した。


町には昼過ぎに到着した。城門をくぐろうとするが衛兵に呼び止められる。まあ当然か。衛兵は慣れているのか落ち着いた様子で話しかけてくる。


「ちょっと待ってください。すみませんが詰め所で話を聞かせてもらってもいいですか?」


「かまわない。」


ここでごねても仕方が無いので承諾する意思を伝える。言葉が流暢でない異国人を装いぶっきらぼうな感じで答える。


衛兵に連れられて城門の横に設置された詰め所にやってくる。中はさほど広くない。部屋の真ん中に二人がけのテーブルと椅子があり、奥には扉がある。案内の衛兵が奥の扉をノックすると中からもう一人、衛兵が現れる。案内の衛兵は扉から出てきた衛兵に簡単に状況を説明すると詰め所を後にした。門番の仕事に戻るらしい。もうひとりの衛兵がこちらに話しかけてくる。


「椅子をどうぞ。」


椅子を勧められたので素直に座る。反対側に衛兵が座ると質問を受ける。


「わたしはこのリルゴの町で警備の人についているオストといいます。あなたの名前をうかがってもいいですか?」


名前か。この世界での名前は決めている。しかし、それがこの世界でどういう意味があるのかは良くわからない。変な意味があったり違和感があるような名前では無いと思うが果たしてどうなるか。俺は少し緊張しながら名前を告げる。


「レインだ。」


この名前は俺が前世で自作の機体につけていた名前から取っている。機体名はレインメーカー。初めてJAXXの試合に参加したとき、俺は7歳ぐらいだったように記憶しているがそのときはボロ負けした。市販のキットを組んだだけのたいしたことない性能の機体。今思えば負けて当然の結果だがそのときの俺は悔しくて大泣きした。それを両親は面白がって大雨が降ったなどと笑っていた。俺はそのとき自分が泣くくらいなら相手を負かして大雨を降らせてやると心に誓った。雨を降らせるもの。そういう意味で自分の作る機体をレインメーカーと名付けたのだ。


「レインさんですね。」


衛兵のオストさんは紙にメモを取りながら聞いている。しかし、ずいぶんと丁寧な対応だな。この世界というかこの国は識字率の高さといい教養の高さをうかがわせる。魔法なんてものがあるからもっと発展度合いが低いのかと思ったがなかなか侮れない。この町にはスラムのような場所もなかったし案外社会保障制度なんてものもあるのかもしれない。


「レインさんは異国の出身のように見受けられますがどちらの出身ですか?」


「俺は遠い海の向こうの島国で生まれた。航海中に船が嵐にあって難破したのだが小舟で脱出した。小舟が海岸にたどり着きそこからここにたどり着いた。」


「そっ、それは大変でしたね。あなたひとりなのですか?」


「仲間はおそらく全員死んだ。助かったのは俺ひとりだろう。」


「、、、お気の毒に、、、。」


仲間云々は完全に嘘なのだがどうやら信じてくれたようだ。この設定だともう少し服を汚した方が良かったか?それはいいか。今更だ。ただオストさんに嘘の設定で気の毒に思われるのも居心地が悪い。フォローしておこう。


「元々覚悟の航海だった。あなたが気にする必要は無い。」


オストさんは少し間を置いてから質問を続ける。


「ここから海の向こうというと北西のラドキア大陸側ですか、それとも南西のエルシュテン大陸側ですか?」


大陸の名前なんて知らない。そもそもこちらでの呼び名を俺が知っているのは変か。しかし結構物知りだなこの人。うかつなことは言えないぞ。


「大陸の名前は知らない。北側の海から来た。」


日本は北半球にあるからそれでいいだろう。こちらの地理は知らないんだよ。


「そうですか。これからどうされるおつもりですか?」


「しばらくこの町で働きたいと思っている。見ての通り金は持っていないのでね。だが腕には自信がある。」


「そうでしょうね。この町や周辺は今、開拓で人手を欲しているので仕事自体は豊富にあります。ただ仕事によってはコネや信用が必要なものもありますし、向き不向きもあるでしょう。とりあえず狩猟ギルドへ行ってみてはどうでしょうか?あそこはいろいろと顔が効きますから。」


「狩猟ギルド?狩猟ギルドとはどういったものか聞かせてもらってもいいか?」


「狩猟ギルドはその名の通り魔物を狩る狩人達を育成し統括するための組織です。国がついている組織でしっかりした育成機関を持っています。市民登録もそこで出来ますし、自身の魔力を強化するには一番適した組織ですので狩猟ギルドに所属してから別の仕事に就いている人も多いです。かくいう私も元々は狩猟ギルドに所属していて2年ほど狩人として生活していました。」


狩猟ギルドについてはネズミとして潜入したときにある程度調べていたが裏に国家がいる組織だったとはな。森で襲われたときに本気でやり合わなくて良かった。狩猟ギルドについては他にもいろいろ聞きたいことがあるがやめておく。あまり時間をかけるのは悪いし、なにより今腹が減っている。早く金を稼いで人間の食事を取りたい。それに宿を取らなければ町中で野宿することになってしまう。魔力で強化された体は野宿ぐらい平気だがせっかくなのでベッドで寝たいところだ。


「なるほどな。それでは狩猟ギルドとやらに行ってみることにしよう。もう行ってかまわないか?」


「ええ。大丈夫です。人となりはわかりましたから。お手間をとらせてすいませんでした。」


「いや。こちらこそ有益な情報を得られた。ありがとう。礼を言う。最後に狩猟ギルドの場所はどこだろうか?」


俺は和風スタイルでお辞儀をする。こちらの文化にお辞儀は無いと思うが伝わるだろう。オストさんはほっとしたように緊張を解く。対応がことさら丁寧だったことになんとなく合点がいった。魔力の大きさが伝わっているのだろう。俺も緊張していた。魔力の押さえが効いていなかった部分があるのだろう。図らずも威圧するような感じになっていたということか。そう思うとなんとなく恥ずかしくなってくるな。まあ、いい。詰め所を後にする。


狩猟ギルドに向かっていくが場所を聞かなくても知っていた。だが今の俺は何も知らない異国人。迷わずにギルドまで直行したら怪しまれるだろうか?誰が見ているとも思わないが見ていないとは言いきれない。大通りの露天なんかをちょっと見てみるか。大通りに到着する前に何人かとすれ違うがこちらをチラチラと見てくる。


やはり黒髪黒目はもちろん、和風テイストの服もここでは珍しいのだろう。気にせずに堂々と歩いて行く。こういうのは変に取り繕おうとすると怪しく見えるものだ。途中でこちらを化け物でも見るかのようにギョッと目を見開いてくるものがいたが気にしない。


大通りにつくと露天を見て回る。ネズミ調査でははっきり見ることが出来なかったものが今はじっくりと観察できる。それほど品は残っていないようだが野菜を扱っている露店ではトマトやキュウリにそっくりな野菜が売られていた。果物屋ではリンゴや桃に似たものがあった。見たことがないものも売られているが前世でも知らないものは山ほどあるのでひょっとしたらすべて前の世界と似たものなのかもしれない。


この世界ならではのものがあまりないかもしれないと思うと少し残念な気もするがこの世界の料理も地球と似ていると考えれば悪くない。自分の舌に合う味付けを見つけるのは案外簡単なのかもしれない。


大通りを一通り見終わると狩猟ギルドに向かう。ギルドの建物は森側にある城門の近くに位置している。狩ってきた獲物をギルドに納めやすいからだろう。途中ですれ違う人を呼び止めて道を聞いたりする。断られるかと思ったが案外親切に答えてくれた。獣人や緑の人もいるくらいだから異国人ぐらいでは驚かないのかね。チラチラと見られはするけど。


ギルドにつくと無遠慮に扉を開けて中に入る。中には思いのほか多くの狩人がいた。以前調べたときは狩人は町にいるよりかは森や山にいることが多いと結論づけたが違っていたのか?それとも何かあったのか?テーブルを囲んで椅子に座っている人たちはこちらが入って来る前からこちらに注目していたらしい。全員目線をこちらに向けている。じっと見られると居心地が悪いな。何を思ってこちらを見ているのだろう。視線を無視して受付カウンターの前に移動する。受付のお姉さんにとりあえず仕事について聞いてみるか。


「すまない。少しうかがってもいいか?」


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