第24話 人間の体

魔力反応が迫ってくる方向を注視するとすぐに高速で人影が迫ってくるのが見えた。


四人も熊も突然の事態に呆気にとられ同じ方向をみている。人間の方はどこか期待を込めた表情をしているな。これを待っていたのだろうか。


小さかった人影はいつの間にか大きくなり次の瞬間にはもう熊の目の前、四人と変わらない距離まで来ていた。


速いな。しかも全力ではないのだろう。息一つ切らしてはいない。


ウサギの目には色はわからないが四人とは明らかに髪の色が違う。白っぽい明るい色なのだろう。髪は長く、整った中性的な顔立ち。体のラインから女性だろうと推測する。


ただ無造作に立っているだけでも内包する魔力量の大きさを実感できる。熊は完全に萎縮いしゅくしている。


逃げればいいのだが逃げない。この世界の生き物はなかなか逃げないんだよな。もっとも周囲を囲まれている状況だからというのもあるかもしれない。それともさっきまで優勢だったから今更逃げるのもという気持ちでもあるのだろうか。


熊は迷ったあげく突然現れた女性に対して威嚇を始める。後ろ足で立ち手を広げて吠える。普通の人間ならそれで戦意を喪失するだろうが女性は全く意に介さない。


涼しい顔で受け止めると次の瞬間、熊の心臓に剣を突き立てていた。


、、、いつ抜いたのだろう。全く見えなかった。


女性が剣を引き抜くと熊は後ろに仰向けで倒れる。剣先についた血を剣を一振りして落とし鞘に収める。他の四人は心ここにあらずといった表情で熊の死体を見つめていた。


女性は一番近くにいた男性に声をかける。


「大丈夫か? 」


男性は声をかけられてハッと我に返り答える。


「はっ、、はい!、、あっ! い、いえ! ひとり襲われてひどい怪我をしています 」


襲われて怪我をした仲間のことを思い出して四人は仲間の元へ駆け寄る。顔や手足に骨まで見えるような深い傷を負っているがどうやら致命傷は避けられたようだ。


この世界の生き物は魔石の復元力でかなりの深手でも元の状態に回復することが出来る。脳や心臓にダメージがなければ案外なんとかなるものだ。ダメージがあっても何とかするやつもいるようだが。


女性は大股で歩いて怪我をした男性に近づく。大股で歩きながらもりんとしていてどこか気品のようなものを感じる。


「貸してみろ 」


深手を負った仲間を心配している四人に割り込むような形でけが人に近づくと心臓のあたりに手を当てる。あれは魔石の位置かな?


手のひらに魔力が集中したと思えば怪我人の引き裂かれた傷の部分で肉が盛り上がっていく。裂傷を肉が塞ぎ、見えていた骨を覆い隠す。


元通りになるところまでは塞がらなかったがこれ以上出血することはなさそうだ。あれも回復魔法というやつか。自分の怪我の治療だけではないのか。


自分の怪我なら魔法で直すのは難しいことではないが他人の怪我を治すのは相当に難易度が高いだろう。魔力が高いだけではない。魔力の使い方も一流だ。俺は魔法の新たな可能性に若干興奮を覚えた。


その後、包帯を巻いたり背負子しょいこにくくるなどの処置を行っていた。四人は協力して熊の死体を布で包むと紐でくくり木の棒を通す。一人がテントなどを片付けて背嚢はいのうを背負うとリーダーらしき男が怪我人を背負う。もう一人が一際大きい背嚢を背負い、残りの二人が棒を持って熊を前後に吊り下げる。最後尾に例の女性が付き、町へと戻るようだ。


なんとなく気になったので森の中を進んで後をつけてみようと思う。距離を取りつつおいて行かれないように進むとあの女性が前を進む四人に声をかけて行軍が止まる。何かあったのだろうか? 女性がこちらに振り向くと鞘から剣を抜く。


魔物の気配を感じたということか? 俺も辺りを警戒するが魔物の気配は感じられない。ん? 真っ直ぐにこちらを見ている。フェンシングのような構えをとり切っ先をこちらに定める。


、、、ああ、魔物って俺のことか


切っ先に魔力が集中しどんどん大きくなっていく。少々、、、まずい、、、か


俺は後ろ足の裏から地中に魔力を浸透させる。女性が突きを放つと衝撃波がこちらに向かってくる。魔力視で見ると縦波が空気を伝播するのと同時に魔力も伝播していく。


へぇ、こうなっているのか。どうやらオオカミが使っていた魔法と同じ系統らしい。距離があるので少しは観察する余裕がある。とはいえ音速で迫る攻撃だ。余裕かましている場合じゃない。俺は地面に穴を開けて落下する。


俺が穴に落ちるのとほとんど同時に衝撃波が着弾し、地面が爆発する。耳がキーンと鳴る。毛細血管が傷ついて目や鼻から出血する。それにかまわずウサギの体を亜空間にしまいコアの状態で穴を深く掘り上から埋めていく。


全力で戦っても勝ち目はないし戦う意味もないので隠れてやり過ごそう。はっきりこちらを敵と定めたわけじゃないと思いたい。特に近づいてくる気配はないが生きた心地がしない。胸がドキドキするな。胸も心臓もないけど。


そのまま数時間が過ぎる。流石にもうここから離れただろうと思い。地中を移動して少し離れた場所で地表付近に行く。コアから魔力を土に浸透させて地表の様子をうかがう。誰もいないようだ。


そのまま地中で部屋を作りウサギに憑依して傷を癒やす。


一応得るものは有ったが割に合わない気がするな。一歩間違えればウサギの肉体を失っていた。使っているうちに愛着のようなものが出来ていたようだ。失うのは惜しい。


もっと慎重に行動しなければならないと誓う。


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ウサギの肉体も治療が終わり、コアの魔力も回復したのでいよいよ布を作ろうと思う。


集めたつる植物はもうほとんど繊維に加工してある。残りをすべて繊維に加工する。


次に繊維をより合わせて長い糸の状態にする。紡績ぼうせきというやつだ。


それを縦糸で横糸を交互に挟むように織っていく。亜空間なら紡績機や織機がなくてもあっという間に出来てしまう。やり直しも容易だ。切れた繊維をつなぐことも可能。そうして布が完成する。


さて、これからどうしよう。服を作ろうにも服のデザインなんてやったことがない。町にいる人の服装をまねようにも詳細な構造がわからない。服をちょっとだけ借りて解析しようか? それも手だがリスクはある。なにより今更感がある。また町に戻って人やイタチを避けながら調査するのも面倒な気がしてきた。


それにだいぶ大きな問題が別に立ちはだかっている。人体の構築だが最初は目や髪の毛の色をこちらの人に合わせて最も一般的な茶色にしようとした。だがそこのデータをいじろうとするとどうにも致命的なエラーが出てしまい肉体に障害が発生してしまうようだった。構築した後に変更することも考えたがシミュレーションの結果、魔石の恒常性のせいで時間がたつと元に戻ってしまうという結論になった。


また、現地人に溶け込める容姿になったとしてアイデンティティーの問題が発生する。見た目が似ていれば当然同じ世界、同じ国の人間としてあつかわれるだろう。そしてコミュニケーションを取るとどこの出身? 親兄弟は? 仕事は何? などといろいろ聞かれるはずだ。まだまだ常識が足りない今、円滑に現地社会に溶け込むのは不可能だ。ネズミの姿では調査にも限界がある。


記憶喪失者の振りをしようとも思ったが、記憶喪失を装うにもこの世界の人間は魔石を持っている。魔石の恒常性があるのに記憶喪失になると言うことがあるのだろうか? 可能性はなくはないが一般的じゃなかったらただの変な人として注目されてしまう。それだと人間じゃないことがばれる可能性が高まるかもしれない。なにより記憶喪失者を装う演技力が俺にはない。


いっそ容姿が違うのだから遠い異国から来たことにしよう。文明レベルからいって世界の隅々すみずみまで探索し尽くしていると言うことはないだろう。異国の出身なら当然知っているべき知識や習慣も文化の違いで押し切れるはずだ。なにより遠いところから来たのは本当のことだ。嘘はなるべく少ない方がのちのち行動しやすくなるだろう。


アイデンティティの設定方針が決まると服装についてもアイデアがシンプルになる。明らかに異国の人間だとわかりやすい方がいいだろう。町の人間が一般的に着ているものと違うものであれば何でも良くなった。その中でも構造が単純で作りやすいものがいいだろう。


平面の布を二つに折って頭を通す穴を開けたいわゆる貫頭衣をベースにする。武器の刀に合わせて和風テイストを加える。たもとのついた七分ぐらいのそでをつけて胴は腰下で切り詰める。体の横が開くな。横をくっつけて着物のように前開きにしよう。はかまを作ってはき、帯で留める。袴のすそがひらひらして邪魔になるか。


オオカミの革で脚甲を作ってまとめよう。手も手甲を作ってはめる。ちょっと味気ないな。戦闘体からアルミを取りアルミ板を革に張って補強する。この先戦うにしても人間体で行うのがメインになるだろう。遠慮なく使う。これで十分完成と言えるがなんだろう。


、、、こう、、、なんていうか、、、白すぎるな。死に装束ってぐらい白い


染料になるものを探すか。花とか果実なんかがあれば染められるだろう。とにかく色がついたものを探す。地上に出てウサギに憑依。


ここ数日、森の中を繊維を求めてさまよっていたので心当たりはある。


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一日あれば十分な量の染料を集められるかと思ったが見積もりが甘かった。


青い花を見つけたので一輪取って分析してみたら結構な量が必要なことがわかった。もう一日かかって集める。


青色だけでなく赤や黄色、紫といった花を手当たり次第に集める。こうでもしないと必要量に到底届かない。混ぜて色を調整して使おう。


全体を染める程にはならなかったが袖口の周りなど場所を絞り、幾何学模様を描いて染めない場所をデザインに取り込む。なんとか見栄えがするものが出来たのではないだろうか。


、、、新撰組とアイヌの民族衣装をあわせたような雰囲気になったな


とりあえず服も着せたので人間体に憑依してみる。


、、、これが俺の人間としての肉体か。生前の自分の情報から作り出した肉体。この世界に合わせた部分もあるが目に映る自分の両手の平はまぎれもない自分のものだ。握ったり開いたりを繰り返し感触を確かめる。


亜空間内では外部からの視点で確認できていたのだが鏡などで確認したいという気持ちが芽生える。しかし、鏡なんて用意できているわけもない。


震える手で顔に触れてみる。別に自分の顔を触った感触なんて覚えているわけはない。だが自分の顔だとなぜかわかる。亜空間にしまっていたとき外観は詳細にわかっている。当然と言えば当然だ。


しかし実際に自分の肉体として動かしてみて手で触れてみるとなんだろうか、、、。自分が生きている確かな感触をつかんだような、、、。生きているから生きている。そんなあたりまえで意味も無いことを臆面も無く主張できる。


紛れもない事実として自分が存在していることに感動できる。顔には笑みがこぼれる。しかし、、、なぜか涙があふれてくる。足が震えて立っていられなくなった。泣いているのに笑えてくる。俺はしばらく泣き笑いを続けた。


しばらくして落ち着いてくると思考がクリアになってくる。早く町を目指したいところだ。人間体の慣らし運転も兼ねて魔力を込めた全力で走ってみる。森の木々がどんどん後ろに流れていく。


速いな。ウサギの時とは大違いだ。体が大きい分、魔力出力も大きい。そして、使用している魔石は大容量のスライム産の魔石。息切れすることなく森の入り口まで駆け抜ける。


ウサギで森を進んだときは植物採取をしながら1週間ぐらい奥に進んでいったが、人間体ではまっすぐ帰ってきたとはいえ、1時間ほどで済んだ。より性能の違いを感じる。


戦闘体よりも高性能と言えるだろう。長所と短所はあるだろうがこの先ずっとこの体と付き合っていくことになりそうだ。

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