第23話 兎 X 狼

オオカミたちはこちらが動かないとみるや真っ直ぐ向かってきて噛みつこうとしてくる。単純な行動だ。こちらをただのウサギと見て油断しているな。


狼たちがとびかかる直前、俺は魔力を後ろ足に込めて後ろに跳ぶ。


空中でバック転をして木の幹に着地して再び跳ぶ。木々を跳弾ちょうだんのように飛び跳ねて後ろをとる。


オオカミたちは勢いを殺しきれずにこちらに振り返ることが出来ない。


俺は亜空間から砂を取り出して魔力を込め砂の球を二つ作る。込める魔力を増大させて堅く圧縮していく。オオカミがこちらを向くタイミングに合わせ砂球を射出する。


十分に重さと堅さ、勢いのある砂の固まりがオオカミの顔面に直撃する。砂弾は顔面にめり込むと同時に崩壊して砂に戻る。砂は目や口に入り込み視界を奪う。


ここでたたみかけるか。


縮土陥凹しゅくどかんおう


魔法と亜空間の併用へいようで二匹のオオカミの足下が一気に沈む。一匹には避けられたがもう一匹は落とせた。


深さ1.5メートルぐらいの穴の中に水と土を入れる。泥に足を取られて多少は時間を稼げるだろう。その間にもう一匹を倒したいところだ。


もう砂を落としたのかしっかりとこちらを見ている。ただのウサギじゃないって理解しただろう。ここからが本当の勝負と言ったところだな。


俺と相対しているオオカミは魔力を高めている。魔法を使う気だな。


使われる前に飛び込もうかと思ったがどうやら遅かったようだ。オオカミの魔力は高まったまま安定している。準備万端なのだろう。お互い動けずにいるが不利なのは俺の方だ。


そろそろもう一匹が穴から抜け出してくるか。こちらから仕掛けよう。俺は前に出るとみせかけて後ろに跳ぶ。オオカミはそれにつられて魔法を放ってくる。喉元のどもとから口にかけて魔力が集中し咆吼ほうこうを放つ。指向性のある音の衝撃波とでも言うべきか。


とっさに目の前に砂の壁を作り出す。急増品の壁は音波を防ぎきれずにバラバラに分解される。それでも多少の減衰げんすいはできた。


全身に魔力を込めて衝撃に耐える。耳がキーンと鳴る。減衰していなければ鼓膜が破られていたかもしれない。


耳を治したいところだがオオカミはすでに動き出している。こちらに噛みつこうと口を開けて迫ってくる。もう一匹も魔法を利用して穴から脱出したようだ。ここで目の前の一匹にある程度ダメージを与えたい。


俺は水の球を両前足で抱えるように作り出し迫ってくるオオカミの口に水球をはめ込む。


―弾水球!


ゴムボールのように弾力を持った水球はオオカミのかみつきを受け止め口を塞ぐ。さらに水球に魔力を込め硬化させる。これで口を閉じることも開けることも出来なくなった。オオカミは水球を口から離そうともがく。


それを狙っていた俺は首の振りに合わせて体を回転させオオカミを地面に転ばせる。足に込める魔力がおろそかになっていれば体重差があっても十分にいなせる。


そこですかさずオオカミの喉に魔力を込め歯で食らいつく。かなり深く食い込ませることができた。結構な量の出血をさせる。追い打ちをかけたいがもう一匹がすぐそこに迫っている。追撃を諦めて距離を取る。


傷を負わせたヤツは回復魔法で治療をはじめる。その間にもう一匹を倒せればいいんだが、、、。


ウサギの肉体ではやはり決め手に欠ける。魔法の威力を底上げしたい。


俺はウサギの魔石とコアをつないでいる魔力触手を減らして直接手や足に通していく。さっき土魔法と亜空間を併用するときに一瞬試してみたが常時発動は初めてだ。


ウサギの体のコントロールをある程度ウサギ自身に任せることになるだろう。未知の部分もあるが試す価値はある。


変更をしている間に無傷のオオカミは魔法を使う準備ができあがったようだ。手加減など要らぬとばかりに思い切り音響魔法を放ってくる。


それはもう見たヤツだ。すでに足の裏から地面に魔力を流している。


土隆壁どりゅうへき


俺の前の土が盛り上がり壁を作る。十分に魔力が乗った壁は衝撃波を難なく受け止める。


驚いただろ? 魔法の威力が急に跳ね上がったことに相手は驚愕きょうがくしているはずだ。その隙に威力のある攻撃を食らわせてやる。


土隆槍どりゅうそう


土隆壁を作っている魔力をそのまま転用してオオカミの足下の土が盛り上がる。


土壁が崩れ、地面から円錐状の土の槍が飛び出て腹部に刺さる。普通なら致命傷だが刺さっている途中で狼が腹に魔力を込めて防御したこともあり想定よりダメージは少ない。だが内臓が傷ついては動きが鈍らざるを得まい。


魔力を込めて土の触手を作り亜空間から取り出した“雷閃”を先端につける。それを相手の心臓部めがけて放ち、狙い通りに突き刺す。


手ごたえありだ。


その間にもう一匹はすでに傷の治療を終えてこちらに魔法を放っていたが仲間を救うことはできなかったな。


ただ仕留めることを優先して、こちらも代償を少々支払うことになっている。横に跳んで衝撃波を避けようとしたが躱しきれずに右後ろ足に衝撃波を食らった。魔力防御が間に合わずに毛皮が裂け血が噴き出し、骨が何カ所か折れている。


くそっ、、、いてぇ、、


痛覚を遮断し痛みを抑える。治療はウサギの魔石に任せてコアにより体の周りを球状に土で覆って防御に徹する。オオカミは再び衝撃波を放ってくるが貫通させない。今度は噛みついてくるが接触部の魔力を上げ対抗する。足が治るまで耐えてやる。


ここでちょっと思いついた。火魔法を使ってみよう。だが今は土のドームを形成しているせいでメタンを空気中から集められない。亜空間でどうにか出来ないか考える。


いけるか?


土に含まれる有機物を分解してメタンを生成する。ドーム内をメタンで満たしつつ地面に穴を掘って避難する。


メタンに魔力を行き渡らせて爆発を小規模かつ高威力になるように酸素濃度や魔力分布を調節して爆破する。


地面の下まで地響きのような衝撃が走る。すこし気分が悪くなった。


穴の底で聞き耳を立てて地上の様子をうかがう。どうやら動いているものはなさそうだ。慎重に周辺を警戒しながら地面から顔を出す。


もう一匹の狼は頭が吹き飛んで絶命しているようだ。“雷閃”と二匹の狼の遺体を亜空間に回収する。


辺りを改めて見回すと戦いの後がかなり目立つ。最初に開けた穴やガス爆発であいたくぼみなどを人間に見られたら強力な魔物が現れたかと山狩りでもされそうだ。なるべく早くこの場を後にしたいが一応きれいにしておこう。


戦闘跡を消して森の奥に向けて立ち去る。


しばらく進んだ後、巣穴を掘ってそこでウサギの体を休める。十分に休めた後、コアのみの状態に戻ってからオオカミの魔石を解析する。魔力についてはこんな感じ。


現在魔力/最大魔力 306/652

現在魔力/最大魔力 279/673


結構魔力が高い気がする。ちょっと前に出会った新米狩人だと無理だろう。この辺にしては強すぎる気がする。もっと奥から流れてきたのだろうか?


まあ、それはいい。魔法の解析をしよう。


オオカミの使用していた魔法はどうやら媒質中を伝わる振動に魔力を乗せる魔法のようだ。指向性の振動とともに魔力を伝播させる。そうやって魔力の発散・減衰を抑えて有効射程距離を伸ばしているらしい。


もっともあまり精度は良くない。有効なのはせいぜい10メートルぐらいだろう。近距離ほど威力は高く、距離が伸びるにつれて威力は低くなる。だが音速の攻撃はなかなか躱しにくい。使い方と状況次第で相当有効な武器になるはずだ。


コアの魔力を確認してみる。


現在魔力/最大魔力 7492/14112


最大魔力は少し上がったか。現在の魔力はだいぶ減っているな。ウサギの体を通すことで効率が悪くなっている部分があるのかもしれない。体の中にパスを維持するのも結構消費につながっているようだ。


まあ今は最大魔力の容量と回復スピードの上昇によりなんとかなっている。人間の肉体ならまた違った課題が出てくるだろう。今日はもう意識を切って明日に備えよう。


オオカミとの戦闘からさらに三日たった。素材はもう十分に集まったのでそろそろ町に戻ろう。


そう考えていた矢先に大きめの魔力波動を感じた。


、、、どうするか


距離はそう遠くない。集中して音やにおい、魔力などを探っていくとどうやら戦闘を行っているらしい。あまり首をつっこむのもよろしくないとは思うが気になる点もある。新米の狩人が不相応な魔物に襲われていないか心配になったのだ。


今の自分の立ち位置を考えると人間側よりも魔物側にいるのだろう。しかし、人間側に寄った行動をなるべく取らなければ後々の行動に響きそうだ。


それに人間が戦っているならその戦いぶりを観察したい。今後人間として行動するなら他人と一緒に戦うことが出てくるかもしれない。


いろいろと理由をつけて現場に向かっていく。こちらの魔力に気づかれないように慎重に移動する。だが近づくにつれて激しい魔力の動きを感じる。これならよっぽどのことがないとこちらには気づかないなと確信する。


俺は結構な魔力を込めて木々の間を飛び跳ねていく。最初はウサギの脳と魔石に運動のすべてを任せることに不安を覚えたが、なれてみるとこちらの方が性能を十全に発揮できているように感じる。


すぐに現場に到着した。現場は森の木々が途切れ中央に川が流れている平地。一際大きな魔力に目をやると目線の先には一頭の熊がいた。


あの熊を思い出して一瞬、脳裏を嫌な記憶がかすめるがよく見ると今度のヤツは二回りほど小さい。特徴的な赤い毛がなく全体的に普通の熊といった見た目だ。


だが流石は熊。やはりフィジカルは強い。魔力で身体強化を行い動き回るだけで十分に脅威になり得る。


対する人間は四人で囲み距離を取りつつ応戦している。的を絞らせないように常に動き回り四方から投石などで牽制を行う。


しっかりと連携が取れているが状況は人間側が不利だろう。四人とも新米は十分に卒業したがまだまだ駆け出しといったところか。前に遭遇した六人より二段は劣る。


少し離れてところで一人、血まみれで倒れている。まだ息はあるようだ。野営地にしていたのかテントやかまどなんかがある。休憩中を襲われたのか?


こちらは森の中からのぞいているがなかなかにスリリングだ。危険な場面が散見される。アシストすることにしよう。


人間をアシストすることに決めたがどうしたものか? なるべく位置を特定されたくない。魔法を飛ばすのはだめだ。飛んできた方向から位置がばれてしまう。


もっともここから熊のいる位置まで15メートルぐらいある。十分に威力を保ったまま飛ばせる魔法は持ち合わせていない。


最近手に入れた音響魔法なら十分に届くかもしれないがまだ一度も使用したことがない。周辺で動き回る人間に当てずに熊だけに当てるのは困難だろう。音響魔法は直線軌道でしか放つことが出来ない。


幸いにして地面は土で覆われているので土魔法なら熊の足下から攻撃できそうだ。地面に接触する四つ足から魔力を浸透させる。深い位置までいったら熊の方向に伸ばしていって熊の直下の位置から上に向かわせる。


ここまでやれば気づかれないだろう。魔力消費はかなりのものだが今の魔力容量なら問題なくいける。


そうこうしているうちに狩人のひとりが熊のターゲットにされる。熊が突進しようと身構えた瞬間魔法を発動。熊の足の裏が地面に張り付きわずかにバランスを崩す。タイミングをいっした熊は攻撃を諦める。


足の裏に違和感を覚えた熊はその場で足踏みのような挙動をするがすでに魔法は解いている。こちらには気づいていないよな? 念のために魔力のパスは地面から地中に引っ込めておいた。


自分を取り囲んでいる4人に敵意のまなざしを向け威嚇する。どうやら周りにいる人間が何かをしたと考えているようだ。やはりばれてはいないらしい。


その後も熊が攻撃に転じようとするたびに4本の足のどれかを地面とくっつけて行動を阻害する。前足を邪魔する方が効率よく止められるようだな。


何回かやるとコツがつかめてきた。しかし熊は周囲の人間以外も気にし始めた。周辺にも視線をはわせる。そろそろばれてきたか? この方法にも限界を感じつつある。


四人は決定的な隙を作っても熊を本気で攻撃しようとはしない。このまま何もしなければ確実に熊に各個撃破されると思うのだが。


何か狙いがあるのか?、、、ひょっとして時間を稼いでいるのだろうか?


何かを待っているというのか。いっそのこと人間体に憑依して全裸のまま熊を倒してしまうか。お礼に服をもらったり町を案内してもらうというのはどうだろう。どうして森の中で全裸でいたのか根掘り葉掘り聞かれるだろうか? それはマズい気がする。


そんなことを考えていると膨大な魔力反応がものすごいスピードで接近してくるのを感じた。


、、、な、なんだ? なにが起こっている?

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