第26話 仕事 x 討伐

狩猟ギルドの受付に声をかけるときに緊張がピークに達した。うっかり魔力が漏れ出てしまった。周囲は一瞬で緊張に包まれる。最も入る前から怪しかったが。


お姉さんは若干引きつった笑顔で応対してくれる。


「はっ! はい! なんでしょうか! 」


結構びびらせてしまったようだ。ちょっと申し訳ない気持ちになる。いい加減慣れないといけないがどうやったら慣れるんだろうな。気を取り直して極力柔らかい物腰になるように努める。


「俺は海の向こうの島国から事故でここに流れ着いたものだ。こちらで使える金は持っていない。衛兵のオストから聞いた話だとこちらで仕事について聞くのがいいとすすめられた。なにか仕事を紹介してもらえないだろうか? 腕には自信がある 」


「仕事の紹介ですか。衛兵の方から。そうですね、、、。狩猟ギルドの仕事をするには免許が必要なんです。ここで免許を取得することはできないのでもっと大きな町に行かなければなりません。この町でそのまま働くには他のギルドの仕事をすることになります 」


できれば魔物を狩る仕事の方が良かったが仕方がない。狩猟が免許制なのは想定していた。残念というほどでもないだろう。


「狩猟ギルド以外の仕事ですと今こちらから紹介できるのは建築や物資の運搬にかかわる仕事ですね。建築ギルドや物流ギルドあてに紹介状を書く形となります。雑用と言った仕事は町役場をあたってみるのがよろしいかと思います 」


「できれば今日から働いて報酬をもらいたいのだがどの仕事がいいだろうか? 」


「今日からですか? それは少し難しいと思います。面接等手続きがありますし、、、 」


、、、ちょっとがっかりだな。人が作った料理を食べたかった。まあこのパターンを考えていなかったわけではない。今日収入を得られないのであればまた町の外で野宿でもするか。だが現金収入への一縷いちるの望みをかけて提案を行ってみる。


「今それなりの魔石を持っているのだがこちらで買い取ってもらうことは可能だろうか? 」


お姉さんは突然の提案に少しの間、思考を巡らせるがすぐに答えた。


「組合員以外からの魔石の買い取りはいたしかねます。申し訳ありませんが規則ですので 」


やはりそうか。そううまくはいかないようだ。あきらめて仕事を紹介してもらおうと思ったら後ろから声をかけてくるものがいた。


「おい、あんた。どんな魔石を持っているんだ? 」


後ろを振り向くと、赤毛で筋肉質の女性がこちらに寄ってきている。髪の毛の中には狐や猫を思わせる耳のようなものが立っている。獣人と呼ばれる種族だ。


その顔や格好には見覚えがある。森で襲いかかってきた連中のリーダー格だった女性だ。俺はそのことを思い出すと警戒心が自然とき起こり身構みがまえてしまう。それは相手にも伝わったようだ。


「そう警戒しなくてもいい。あんたの持っている魔石をあたしが買い取るってのはどうだ? あたしがギルドに売って差額を得るから相場より安くはなるだろうが今すぐ金が要るんだろ? そう悪い話じゃないだろう」


それは別の意味で警戒すべきことなんじゃないだろうか。とはいえ確かにそう悪い提案ではないように思える。


ただしそれは魔石の相場がわかる場合だ。ギルドの人が教えてくれればいいのだが果たしてそう都合良く行くのだろうか?というかこの手の取引をギルドは容認するのだろうか。そんなことを考えていたら案の定、受付嬢から横槍が入った。


「ちょっとっ! サリューさん! そんな取引はギルドしては看過かんかできません 」


「なんだい。別にいいだろ? そんな規定があるわけでもないんだし 」


「それはそうですが良識というものがあるでしょう 」


このまま言い合いがヒートアップしていくのかと思われたが唐突に終わりを告げた。ギルドに向かって大きな魔力反応が近づいてきたのだ。この場にいる全員が黙ってそれに注意を向ける。


この魔力には覚えがある。ギルドの扉の前で止まる。やはりここが目的地のようだ。ここにいる全員が誰が来たのかわかっているようだ。場は落ち着いたものである。ただその存在感に注視せざるを得ないと言ったところか。


扉が開いて巨大な魔力の固まりが中に入ってくる。最初に目にとまるのは長い髪だ。薄水色の長い髪は手入れが行き届いているのかさらさらと流れ、透明感のある光沢を放っている。顔は鼻筋が通り、作り物めいて整っている。眉毛やまつげは髪の色と同じく薄水色。背はすらりと高く今は白いひらひらした服で体を覆っている。森の中とは違った装いをしているな。あれは戦闘服と言った類いのものだったのだろうか。


建物に入ってからずっとこちらを興味深そうに見ている。俺の何が面白いのだろう?髪の色か、目の色か、服装か。受付カウンターに移動しながらも目線は俺の方を向いたままだ。


森の中で俺を攻撃してきた時のことを思い出して内心ドキドキする。俺が人間より魔物に近い存在だって気づくわけはないとは思いつつも万が一を考えてしまう。受付嬢の前に立ったときは流石に俺から目線を切って受付嬢に話しかける。


「何があったんだ? 」


「はい。実は、、、 」


どうやら俺とサリューと言ったかこの赤毛の獣人との直前のやりとりに興味があるらしい。まあ、もめていたように見えたのだろう。サリューはまだ諦めていないようで交渉の続きを持ちかける。


「なあ。どんな魔石を売るつもりだったのか見せてくれよ。見るだけでいい。盗んだりはしないからさ 」


受付嬢に聞かれないように近づいてきて耳元で小声で話しかけてくる。どうするか。正直、買いたたかれてもいいような気がしてきた。買いたたかれた分いろいろ聞いて情報で元をとると言う考えもありな気がする。


今必要なのは当面を過ごせるだけの金銭と情報だ。買い叩いたことに負い目を持つようなら遠慮なく聞くことが出来る。値段によっては情報と引き換えに値を下げてもいいかもしれない。とりあえず見せるだけ見せておこう。


「わかった。少し待ってくれ 」


腰につけた巾着袋の口を緩めて周りから中が見えないように手を入れる。この巾着袋は余った布から作った。口紐にはなめしたウサギ革を細長く切ったものを使用している。中にはダミーの石を入れてある。中から石を取り出すフリをして亜空間から魔石を取り出して手に握る。


取り出したのは熊の魔石だ。平べったくて少し角張った楕円形をしている。長軸は7センチメートル、短軸は4センチメートルぐらいか。厚さは2センチメートルぐらい。手に持つのは初めてだ。


表面は手に吸い付くようになめらかだ。手でもてあそんでスリスリしたくなる気持ちを抑える。


相手からよく見えるように角度をつけて差し出して見せる。彼女はちょっと驚いたようだ。これは高値が期待できるか?


「なかなかのもんじゃないか 」


サリューは買いたたく意思はないのか素直な感想を述べているようだ。すると突如として横から声をかけられる。


「そうだな。この感じだと中級の下といったところか、、、 」


、、、! 、、、いつの間に?


気がつかないうちにあの謎の女性がすぐ隣に来て魔石をのぞき込んでいた。全く気配がしなかった。ギルドに入ってくるときはあれだけ存在感を放っていたのに。なにかしらの技能だろうか? サリューも若干引いている。


そんなこちらにかまわずに泰然たいぜんとして続ける。


後学こうがくのためにどんな魔物を狩って手に入れたのか聞かせてもらってもいいか? 」


どう答えるべきか? あくまでどこかの島で狩った魔物と言うことにしなければならない。考えているとふと疑問が浮かんだ。DNA鑑定みたく魔石を鑑定してどこ産のどんな魔物かわかったりするのだろうか?


それがわかるまで魔石を売るのは危険か? だがここまで来ると逆にかたくなに売らないというのも怪しいだろうか? とりあえず状況に任せてみるか。


「これは熊の魔物を狩って手に入れたものだ。火を使う熊だった 」


「ほう。なかなかやるものだ 」


水色髪の女性はどこかうれしそうに感心している。この人はいったい何者だろうか。そういえば自己紹介がまだだった。この際だ。情報を引き出せないか試してみるか。


「俺はレインという。もう知っているかもしれないが遠い海の向こう、島からやってきた。見ての通り異国の出身だ。そちらの名を聞かせてもらってもいいか 」


「これは失礼した。私の名はエルセリア。狩猟ギルド所属の狩人だ。狩人名はセリアだ。セリアと呼んでくれ 」


狩人名って何だろうな。通り名のようなものか。


「そうか。ではセリア。この魔石はいくらほどの価値になるかわかるか? 」


「そんなことより私に雇われてみないか? 金に困っているならちょうどいいだろう」


いきなり話をぶった切られたな。だが仕事をくれるなら悪い話しでもないのか? 返答に困っているとセリアさんはひとりで話を続ける。


「ちょうどいいタイミングで到着したか 」


なにかに気づいたように出入り口に視線を向ける。何が来るというのだろう? さっきからいいように振り回されているような気分だ。力の差を感じるな。


こちらが人間じゃないってばれたときが大変そうだな。そうならないように情報を集めなければならない。そうなってしまったときのために強くなる必要もあるだろうが。


しかし、そうなってしまったら鉄を購入してロボットを作る計画が頓挫とんざしてしまうなあ。


考えているうちに外から足音が聞こえ勢い良く扉が開く。入ってきたのは背が高くて線が細い男性だった。長い金髪を後ろでまとめている。


、、、どこかで見たな。ああ、あの兄ちゃんか


俺が泥をぶっかけようとした金髪の兄ちゃんだ。回避してくれて良かったよ。直撃させていたらいま普通の顔して見られなかっただろう。


「やはりマズいことになっている 」


金髪兄ちゃんはギルド全体に向かって語り出す。衣服はだいぶ汚れていて疲労も見られる。なにかの任務をこなしてきた感じか。周りの人たちは真剣に耳を傾けている。

今ギルドに人が集まっているのはこれが理由か。緊迫感がかもし出されている。


この雰囲気じゃ魔石を売るとか紹介状をもらってよそのギルドに行くとか無理だな。最後まで付き合わなきゃ駄目なやつかな?、、、そうだろうな。仕方ないので付き合うことにする。


「イーギス・アーガスが中層と表層の境ぐらいまで下りてきている。山小屋があるあたりだ。かなり大きい個体だ。おそらく中級の力はあると思う 」


イーギス・アーガスってなんだろうな。魔物の名前なんだろうが名付けの法則とかがわからないな。誰か詳しい人間に体系的に教えて欲しいところだな。


金髪兄ちゃんから引き継いでカウンターの奥の扉からでてきたちょっと偉そうなおっさんが発言する。金髪兄ちゃんが入ってきたあとすぐにこの部屋に入ってきていた。おそらくここの責任者と言った立場だろう。


「ひとり行方がわかっていない狩人がいる。そして討伐するまで狩り場を閉鎖しなくてはならない。できるだけ早く討伐してもらいたい 」


そこでおっさんはセリアの方を見る。つられて他の皆もセリアを見る。皆から注目されても泰然自若たいぜんじじゃくとした態度は崩さない。強者の余裕というやつか。そのセリアが俺の方を向く。何か嫌な予感がする。


しかし、ここで目をそらすと負けた気がする。俺はその視線に正対する。セリアは口元にふっと笑みを浮かべると言葉をつむぎ出す。


「レイン。君に討伐してもらいたい 」

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