第19話 魔物使い x 小さな狩人

(別視点)

郵便ギルドの建物の中、ルセルはいつものように仕分けられた郵便物を自らが使役しえきするネズミ型の魔物に渡していく。


ルセルは郵便ギルドから雇われている形だが所属は魔物使いギルドである。


魔物使いはお互いの魔石同士を介して、人間と魔物の意思の疎通を行う魔術を使う者である。


この魔術を覚えれば誰でもどんな魔物でも使役できるというものではない。どのような魔術でも覚えるには適性がいるがこの魔術の適性を持つ者は一般的な魔術の適性を持つ者よりも少ない。そして、魔術の適性者と魔物の相性により意思の疎通ができる魔物の種類が決まってくる。


ルセルはネズミなどの小動物と相性がよかった。ギルドから譲り受けて赤ん坊の頃から育てたネズミたちはルセルのことを親だと思っているのかその意思を人間のように理解し、指示を聞いてくれる。


現在使役しているネズミは8匹。最後のネズミを見送った後、彼は昼まで事務作業を行い、合間合間に帰還してくるネズミたちにねぎらいのおやつを与える。


郵便ギルドでは大きめの荷物もあり人による郵便も行っている。だが人が通れないような路地を使い縦横無尽に駆けることが出来るネズミ便の方がこのような町では効率がよかった。


ルセル一人で何人分もの仕事をこなすことが出来るので郵便ギルドではルセルのようなテイマーを重宝していた。午前の業務が終了すると昼食をとりに近所にある食堂に行く。


このリルゴの町に来たのは三年ほど前だ。人付き合いは得意な方ではないが平日はだいたいこの食堂を利用するため雑談を交わす顔見知り程度はできる。今日はその顔見知りのひとりである大工のブランドに話しかけられた。


「よおルセル。今日も魚か? 」


「ああ。最近はこの魚が気に入っているんだ。たしかエミアとか言ったか。そっちは何を頼んだんだ? 」


「俺はいつもの豚の煮込みだ 」


「またか。たまには違うものを頼んだらどうだ 」


何回繰り返したかわからないようなやりとりから始まりお互いの仕事の近況についてや最近あった出来事について語り合う。その中でルセルは気になる情報を得た。


「この間、町の中でラピエ・ラタスを見かけたヤツがいてよ。普通ならなんてことはないんだが、そいつの話だとお前さんとこのネズミの後を追いかけていたそうだ。お前さんとこの新入りか? 首輪はしてなかったそうだが 」


「うちに新入りはいないな 」


「そうかい。そいつが言うにはそのネズミの腹がいやに膨れていたらしい。どっかで餌をたんまりと食べているみたいだな。倉庫街なんかがやられてなけりゃいいんだが。お前さん、ネズミの駆除も請け負っているだろ? そろそろそういう時期なんじゃないか 」


「駆除作業は少し前にやったんだが、、、調べてみる価値はあるかもしれないな。教えてくれてありがとう 」


「いいってことよ。倉庫なんかも俺たちで建てた物だからよ。ネズミに穴を開けられたらたまったもんじゃないしな 」


ルセルは昼食を終え、郵便ギルドに戻ってきた。午後便の最後のネズミを見送ると昼食時にブランドから伝えられた情報について考えていた。


(通常ネズミ類は町中では夜行性のはず。昼間に見ることはなくはないが町の中では珍しいな。もしも昼に行動する個体なら前回で駆除できなかったのもうなずけるが、、、 )


ルセルは椅子から立ち上がると郵便ギルドの職員に声をかけ外に出る。どこかに歩きながらさらに考え事をする。


(うちのプラーズ・ラタスとラピエ・ラタスは別種のはず。追いかけたところでどうするんだろうな。腹が膨れているのは残飯あさりでもしたか? しかし、残飯の管理は適切にできているはず、、、 )


考えがまとまらないまま歩いて行く。やがて目的の建物に到着する。魔物使いギルドの建物である。町の中心からは外れた人気のない通りに面している。あいている扉から中に入る。中にはカウンターの奥に女性がひとり座っている。


「やあ、ポーラ 」


「あら、ルセル。こんな時間に来るのは珍しいですね。何かあったんですか? 」


ルセルは事務員のポーラに話しかける。今のところこの町に魔物使いギルドの職員はこの二人しか在籍していない。周辺の辺境の開発が進めば増員が見込めるが辺境の開発が簡単に進むわけではない。このような場所には比較的若い人材が派遣されることが多かった。


「何か依頼が来ていないか確認したくなってね。ネズミ駆除の依頼とか来ていないか? 」


「今は特に依頼は来ていませんけど何かあったんですか? 」


「ちょっと気になることがあって、、、ルルとララにでてもらおうかと思ってね 」


ルセルはポーラに自分が聞いたことをかいつまんで話し、自分の相棒についてたずねる。


ポーラの仕事は依頼の受理や会計などが多いが魔物ギルド特有の重要な仕事としてはギルドに預けられた魔物の世話をすることだった。


「だいぶ前に裏庭で遊んでいたので今は寝ているとおもいますよ 」


カウンターの奥の扉を開けて奥に入ると動物用のベッドに二匹のイタチが眠っていた。


ルセルが魔力で呼びかけると二匹は鼻をヒクヒクさせて起き始める。ベッドから下りると同時に猫のように伸びながらあくびをする。この二匹も赤ん坊の時からルセルが世話をして育てた家族のような存在だ。ルセルは魔術を使用して2匹に指示を出す。


《ルルは日中に町の中でネズミの捜索と捕獲 》

《ララは夜に農地でネズミの捜索と捕獲 》

《なるべく殺さずにね 》


二匹は右前足を上げてキュッ! と返事をするように短く鳴くとルルと呼ばれた方のイタチがギルドの入り口から町に駆けていった。ララと呼ばれた方は再びベッドに乗り寝始める。


二匹につけられた首輪には魔物使いギルドの紋章が輝いていた。


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人間の肉体を構築している間は町の探索だ。夜が明ける前に寝床から這い出す。


あたりはまだ真っ暗だがネズミにはたいした問題じゃない。城壁のすぐ側までやってきてミニ土人形に換わり城壁をよじ登る。内部に侵入したら再びネズミにわり夜明けと人間の活動を待つ。


見つかるリスクは高いが人の集まる大通りを中心に情報を集めよう。たとえ見つかってもただのネズミにしか見えないだろう。狭い路地を通って路地裏に逃げ込めば簡単にけるしな。


そう考えて大通りを散策する。ちらほらと出店が見られなかなかの活気だ。


この町の人口はざっくりと見積もって2000~3000人ぐらいの規模感だ。周辺の村々から物資が集まる所らしい。魚や肉、果物や野菜、穀物などなど。売られているものは前世の地球の物とよく似ている。前にも思ったが生態系はほぼ同じと言っていいかもしれない。


商品の売買やその際に交わされる世間話などに聞き耳を立て情報を記録する。二か月もあればなんとか怪しまれない程度に会話が出来るようになっているだろう。


そのように手応えを感じていると胸のあたりにモヤモヤとした感覚を覚えた。


何だろうと考える。どうやら漠然ばくぜんとした不安を感じているらしい。ネズミは人間よりも聴覚、嗅覚に優れ、おまけにヒゲというセンサーまでついている。


はっきりとは感じないが微妙な何かを拾っているらしい。この不安感はネズミの脳が感じているようだ。物陰に隠れてじっとし神経を集中する。


最初に感じたのはにおいだ。何かの動物のようなにおいがしてきた。次は振動。地面にヒゲをつけていると振動を拾った。少し立つと足音のような音が聞こえてくる。


どこから来る? どうやら音の感じからすると通りの反対側から来るようだ。となれば俺は狭い路地に入り相手を撒くことにしよう。相手から距離を開けるように動く。


しばらく進むと立ち止まり様子をうかがう。後方からはついてきていないようだ。人通りのある大通りを横断することはなかったらしい。となるとこちらに回り込んでくる可能性が高い。


裏をくにはどうすればいいか? 相手はこちらが見えていない段階ですでにこちらを補足しているようだった。こちらと同じようににおいか音で判断していると言うことか。


俺は建物に近寄ると木造の壁に爪を立てて登っていく。屋根の上に上ると周囲を見回して人目がないことを確かめる。


亜空間から水を出しつつ水魔法で成形していく。魔力波動を最小にとどめるように慎重に出力をコントロールする。自身をすっぽりと足の裏まで覆う水のカプセルを作り出す。


これでにおいと音が漏れることはないはず。ネズミの魔石を介さず直接俺のコアから魔法を発動すればそれなりに魔法は使えるようだ。あまり出力を上げるとネズミの体が耐えられないようだが。


水のカプセルをまとったまま屋根の上を移動し隣の家に飛び移る。そのまま屋根伝いに進み通りの終わりまで来る。そのままの体勢でじっと相手を待つ。俺が屋根に登った位置から登ってくるはずだ。相手が顔を出すのを待つ。


やがて何かが壁を登ってきて顔を屋根の上に出す。俺は水の幕の形状や厚さを変化させてレンズを作り相手の姿をよく見ようとする。


ネズミの視力は弱くて遠くはあまり見えない。少し手間取ったがなんとか相手の姿を見ることが出来た。それは屋根の上を見まわして様子を確認するとよじ登ってきた。完全にその全容を表す。


四つ足で足は短く、胴長で細長い形をしている。イタチ科の動物と言ったところか。フェネックとかテンとかに似ている。屋根についた俺のにおいをふんふんと嗅いでいる。


こうしてみるとかわいいものだが前世の地球だと獰猛なハンターの側面も持つ。この世界ならなおさらだろう。やっかいな相手に目をつけられたものだ。


ん? 首輪をしているな。郵便ネズミと同じ感じか。害獣駆除のエキスパートと言ったところだろうか? だれが害獣だよと文句を言ってやりたいところだが畑の野菜などを失敬している関係上、反論の余地はないな。


匂いが途切れていることに気づいたのだろう。イタチは不思議そうに屋根の上を這い回りながらにおいを嗅いでいる。


俺は水を亜空間にしまいつつ屋根の上から壁に張り付きお尻を下に向けて下りていく。


今日はもう大通りは諦めて町の外れのほうを散策する。そして日が暮れたら寝床に帰った。

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