第18話

結局1ヶ月ぐらい身を潜めることになった。この世界の人はなかなか死なないのかね?待つのが長すぎてただの土になるかと思った。だが待った甲斐があった。目の前には遺体が横たわっている。部屋の真ん中にある石を削り出して造ったような台座に寝かされ周辺に氷の塊を置いて遺体が痛まないようにしている。1時間ほど前まで人がいて遺体を洗ったり化粧をしたりしていた。


老衰だろうか?遺体はおじいさんのものであった。葬儀はおそらく明日になるはず。すでに夜中と言っていい時刻になっている。葬儀屋は作業中に眠そうな感じだったからすでに眠りについていることだろう。


今が遺体を解析する絶好の機会だと思われる。ということで魔力触手を伸ばして遺体に魔力を浸透させる。そして亜空間に引き込んで解析を始める。どのぐらいで解析が終わるかわからないがいまの演算能力なら4時間ぐらいで終了するだろう。念のために土の触手を伸ばす要領でドアや木窓に土を貼り付けて固めておく。解析が終わるまで誰も入れない方針で行く。


幸いにして何事もなく解析は終了した。遺体を元に戻す。ドアや窓に貼り付けた土を戻し棚の上に戻る。夜が明け少し日が高くなった時にドアが開いて葬儀屋が入ってきた。手には大きな木箱を抱えている。木箱を床に置くと蓋を外し壁に立てかける。遺体を一人で持ち上げて木箱に入れる。棺桶は木製か。装飾のないただの四角い箱である。あまり大々的に葬儀を行うという習慣はないようだ。


葬儀屋は棺桶に蓋をすると軽々と持ち上げて部屋を出て行ってしまった。この世界の人間は魔石を持っていて魔力で身体能力を底上げしている。個人差はあるだろうが大抵の力仕事は一人でしてしまうらしい。


俺はこのまま夜を待つことにした。夜になってからミニ土人形で城壁の外に出る。ネズミを使わなかったのはネズミ用の食料がないためだ。あまり無理に使いすぎると肉体の損壊を招く恐れがある。いつか亜空間に十分な量の食料を保存しておきたいところだ。


いつものように土に穴を開け中に入って収穫を確認する。コアだけの状態で土の中にいるのが一番落ち着くな。この状態が一番ものを考えるのに適しているような気がする。


さて作業しよう。まずは人間の魔石のデータを解析する。ご遺体個人に関するデータを削除して俺のデータを代わりに入れる。このデータを魔石に書き込んで核としたいところだが人間の魔石は持っていない。人工的に魔石を作れればいいのだが今のところ無理。なのでスライムの魔石を使う。


スライムの魔石は生物的な情報は何一つ書き込まれていない。新しく情報を書き込むのに適していると思われる。それに最大魔力量が多く戦闘力の底上げも狙える。一番の問題は魔石の形が球形だということだ。通常、哺乳類は心臓と胸骨の間に魔石があるが球形の魔石をそこに置くと心臓がへこんでしまう。俺のコアをウサギやネズミに配置するように腹腔に配置するという方法もあるが本来の位置と離れた場所に設置すると他の人間に違和感をもたれるかもしれない。生物としての機能に何か影響が出ることも考えられる。


とりあえず肺をへこませて心臓の右側に配置してみることにする。俺のコアを腹腔に配置するために胃や腸を小さめに設計してスペースを確保。魔石の形状や俺のコアを考慮して設計し直したデータを魔石に書き込んでいく。かなり時間がかかりそうだ。夜明けぐらいになってようやく書き込みが終わった。


魔石の状態を確認したら結構赤い色になっていた。生物種固有の情報が魔石の色に反映されるのだろうか。変な色にならなくてよかった。データ的にはは一応哺乳類らしい。できあがった魔石を魔力測定してみるとこうなった。


現在魔力/最大魔力 0/15523


最大魔力が下がっている。新たに書き込んだ分容量を食ってしまったと言うことか?まあ考えたところで判断はつかない。次に行こう。この魔石の魔力を回復させて回復魔法の要領で肉体を構築していく。亜空間の中でも物質の合成や分離などが出来るので大丈夫だろう。むしろ亜空間の中だからこそか。早速始めることにしよう。


魔力回復には思いのほか時間がかかった。丸二日ぐらいか。俺のコアから回復した分を移す形で充填していったのだがロスが生じているようだった。肉体が出来れば肉体を通して直接の回復が出来るようになるはず。


まあ、それについては今はいい。肉体の構築を開始しよう。肉体の材料はいままで死蔵していたウサギ、オオカミ、ネズミ、鹿、イノシシ、熊の皮と肉、熊の骨。材料は十分以上に足りている。いざ開始、、、、。


、、、遅いな。


魔石を中心にして徐々に肉体が構築されているが想定より進行が遅い。心臓から構築を始めているが1時間ほどたっていても小指の先ぐらいの組織しかできていない。この分だと2ヶ月はかかりそうだ。まあ肉体が出来たところで言語と常識がある程度わからなければ社会生活は無理なんだけれど。2ヶ月の間に町を回り言語と常識を身につけておこう。


方針が決まったので準備から始めよう。土から抜け出し、ネズミに憑依して農地を巡る。ネズミが食べられる作物を探し回る。売り物にならなそうな小さいものや割れているものを選んで亜空間にしまっていく。


今の俺は人間ではないとはいえ多少気は使っておこう。あまり損害を与えると駆除の対象にされそうだ。ちゃんと食べるものを食べ睡眠をとって体調を整えたら人々が活動している昼の町に繰り出そう。


本格的に町の散策をはじめて1週間ほどたっただろうか。なんとなく言語はわかるようになってきた。英語に近い文法でしゃべっているようだ。ただ固有名詞と思われるものは意味が良くわからない。これは人間として生活しながら覚えていくしかないだろう。


文字も英語と同じ表音文字で表していると思われる。文字の種類はおそらく30種類ある。書くことは出来るが読むことはまだ出来ない。一応、学校のようなものがあり識字率は高いと思われる。文字の読み書きはいろいろな場面で見られる。学校でしっかりと教わってみたいものだ。


常識に関してはどの程度身についたなどと判断がつくものではないが、子供でも知っていることを知らないなどと言われたくはない。あの学校ではどのような授業が行われているのだろう。


授業内容はわからないが社会常識、言語、魔法などは必須ではないかと思われる。今の自分には有用な場であると思う。学校に侵入できればいいのだがネズミの姿のまま人が多い学校には入れないだろう。あきらめてこのまま人の生活を観察しながら身につけていくしかないだろう。


もう一つ重要なことがあった。それはお金に関してだ。この世界というかこの国では紙幣は使われていないようだ。支払いは硬化でのやりとりしか見たことがない。ネズミの目では色の判別がつかないのでなんとも言えないが大きいコインほど価値が高そうだという程度しかわからない。ただ通貨単位はエスクというらしい。おそらく10進法が使われ、10枚で通貨が繰り上がるようになっていると思われる。まだよくはわからないが。


人間になったらお金を稼いで使わなければ生きていけないだろう。金属材料を買うにもお金がいるだろうし。お金を稼ぐことも重要な課題だ。出来そうな仕事を見つけなければならない。俺を襲ってきた人たちはおそらく魔物と戦う仕事なのだろう。実力次第では実入りも良さそうだが特別な資格とか要るのだろうか?そのあたりも調べなければならない。


課題は山積みだなと人目を避けて路地裏で休憩しながら思考を整理していると後ろから人ではない足音が近づいてきた。この路地裏は人が通るにはかなり狭い。人は来ないだろうと思っていたが人でなければ来るか。どういう生き物だろうと振り返って見てみると今の俺と同じようなネズミが走りながら近づいてくる。だが目に映る輪郭に違和感を覚える。よく観察してみると背中に何かついている。その体格にしては大きめのリュックサックを背負っている。すれ違うときに紋章が入った首輪をしているのが見えた。気になったので後をつけてみる。


ネズミは狭い路地を通り表通りに出ると建物の玄関扉の前に移動する。器用にリュックサックを下ろすと手で留め金を外して中から手紙を一枚取り出す。扉についた郵便受けのスリットに投函するとリュックサックの留め金をかけて背負い直した。建物の反対側の路地に回り駆けていく。俺は再びそのネズミを追いかける。するとまた同じように建物に手紙を届けた。


ネズミが郵便業務を行っているのか。興味を引かれた俺は最後まで追いかけて見ることにした。ネズミはこの後、8件の家を回り手紙を届け、業務を終えたのか寄り道することなくどこかに駆けていく。比較的長い追跡が終わるとネズミはとある建物に入っていった。ネズミ用の入り口があり自由に出入りできるらしい。建物には看板が掛かっているがそこに書かれている紋章はネズミの首輪に書かれているものとは異なっていた。どういう意味があるのだろうか?施設はおそらく前世で言うところの郵便局と言ったところか。しばらく見ているともう一匹ネズミが帰ってきた。


建物の中に注意を向けて魔力の波動を観測する。なかでなにかしらの魔法を使ったようだ。ネズミを操る魔法があるのだろうか?ネズミに限った話ではないか。魔物を操ることが出来るような魔法があるとしたら人間を操ることも出来るのだろうか?そういう魔法があったら人間に成りすましてもばれそうな気がする。気をつけておいた方がいいかもしれない。


それから夜を待って城壁の外に出る。夕食を済ませると穴を掘って壁を固めた寝床に入り土魔法で入り口に蓋をして周囲とわからないように蓋をする。そしてネズミの姿のまま眠る。ウサギに憑依していて気づいたがこうやって肉体を休めないと回復魔法だけでは調子が悪くなる。この世界の人体は前世とは違う。人間の肉体を得るにあたってこういう経験も生きるような気がする。

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