第二章 人界潜入編

第17話 町への侵入

次の日、魔力が回復したので土から抜け出して草原を目指す。


途中、スライムとの決戦の場となった川で亜空間に水を大量に確保しておいた。水魔法を使用するときに必要になるだろう。


草原までの道のりではなるべく戦闘は避けるようにした。そのせいで想定よりも早く草原に着いてしまったが、途中でウサギの体に憑依ひょういしてから進んだのでおそらく人間に見つかってもこちらから襲わない限りは大丈夫だろう。


俺はウサギの体のまま草原を南に向かって進んでいく。


2日ほど進むと木のさくで囲まれた集落のようなものが遠目に見えてきた。人間に見つからないように慎重に近づく。


かなり広いな。柵の中は農地が広がっている。農地では何人かが作業を行っている。魔力で水晶体を変形させピントを合わせてよく見てみる。


人数は六人か。そのなかに肌が緑色で小柄な少年がいる。


んんっ?、、、見覚えがある。、、、ああ、あの少年か


俺を囲んでぼこぼこにした連中の中にいた緑の少年だ。凶悪な土魔法でこちらを拘束していた。


その少年が畑の中央に移動する。両手の平を土につけて魔力を込める。魔法を使う気だ。


俺は一瞬ビクッとなってしまった。別にこちらに魔法が飛んでくるわけではない。わかってるよ、うん。


土に魔力が行き渡り少年を中心に円形に一瞬だけ土が光る。終わると少年は一区画分移動してまた魔法を使用する。くわを持った他の5人は魔法を使った後の土を混ぜ込んで耕していく。


、、、ひょっとしてハーバー・ボッシュ法か?


ハーバー・ボッシュ法とは水素と窒素を反応させアンモニアを生成する方法である。窒素固定を行い化学肥料の大量生産を可能にした。おそらくあの魔法は空気中の窒素を何らかの方法で土の中に固定するものだと思われる。


ほかの五人は魔法を使用しないところを見るにあの少年特有の魔法だろうか?


なぜハーバー・ボッシュ法を知っているのかと言えばJAXXで火薬が使えないかと考えたことがあるからだ。火薬の爆発力でアームパンチを繰り出す機構を実装できないかと検討したことがある。そのときに火薬について調べたのだが、火薬に関係してハーバー・ボッシュ法にたどり着いたわけだ。なつかかしいな。


実際の試合ではルール上、火薬は使用できないが実験はしてみようとした。それもJAXX部の他のメンバーに止められたわけだが。とくに女性メンバーの佐藤さんには本気で怒られたな。あの魔法の詳細について知りたいところだが難しそうだ。魔石をちょっと貸してくれないかな。無理だろうな。死んじゃう。


この集落はおもに農業で生計を立てる小さな村落と言ったところか。俺の欲しいものはなさそうなのでもっと大きな町を目指すことにする。


集落の周辺を調べると踏みならされた道のようなものを発見する。


おそらくこれをたどっていけば他の集落にいけるはず。しかし、道の上をウサギの姿で走るわけにはいかない。道に併走へいそうする形で草原の中を進む。早く都市にたどり着きたい、、、。


4日ほど道沿いに進んでいくと日が傾いてから大きめの町に着いた。


町は石造りの城壁でぐるっと囲まれていて周辺を農地で囲まれている。戦争か魔物か、何に対する壁なのだろうか。


城門が何カ所かあるみたいだがウサギの姿では通れない。城門には二人の衛兵が警備にあたっている。町への侵入を試みるのは夜になってからにする。通行の多い城門を探しその近くに潜む。


俺を倒しに来た人たちは知らない言語を話していた。少しでも言語のサンプルを増やしておきたい。コアの機能を使えば日常会話ぐらいなら二か月程度で話せるようになるだろう。人間の体を作ったところで言葉が通じなければ生活しにくい。


言葉が通じても常識がなければ怪しまれるだろう。なるべく多くの情報を得たいと思うが人通りはそれほど多くなく行き交う人たちは黙々と歩いている。たまに衛兵が雑談のようなものをしているだけだ。もう少し会話してくれないものだろうか。


日は沈みあたりはすっかり暗くなっている。城壁の中はわからないが農地のあたりは静寂に包まれている。


さて、これから城壁の内部に侵入しますかね。怪盗か盗人か。気分は犯罪者のそれだ。


ウサギの体を亜空間に仕舞い用意した体に乗り換える。潜入にあたって町周辺の土から高さ40センチメートルぐらいの土人形を制作した。目はウサギ魔石製を転用。耳にはウサギ革とカルシウムで小さな太鼓のような装置を作成した。これなら気づかれないように城壁内で活動できるはずだ。


土の体を駆使して城壁を登る。手や足の粘度を変化させれば壁にくっつける。城壁の上まで上り町の中を見回す。町は静まりかえっている。明かりもほとんど見られない。それなりに大きな町だが通りには人は見られない。


この町に目的の場所があればいいんだが。いや、ないはずはないな。


俺は城壁を降りると町の探索を開始した。いろいろと回ってみたがやはり課題は山積みだった。


夜は扉や窓が閉まっているので建物の内部がどうなっているのかわからない。看板が掛かっている建物もあるが文字が読めなければどういった施設なのかわからない。中に入って確かめたいところだが内部に侵入するのはリスクが高いだろうな。


この姿を見られたら大騒ぎどころではないかもしれない。思いのほかこの町が広いこともある。探索は難航しそうだと感じる。


しかし、収穫もあった。酒場のような店はそれなりに遅くまで営業している。会話をある程度サンプリングすることは出来た。


一日ではとうていすべてを把握することはできない。夜が明ける前に余裕を持って探索を切り上げた。


数日、夜に町の探索を行った。大きな収穫はなかったが町の地理は大体把握することができた。


さて、どうしたものか。昼にも探索を行いたいところだがこの体では見つかれば騒ぎになる。どうにか目立たないように探索したい。


そう考えながら町の中を探索しているとネズミのような生き物を見かけた。大きさはプレーリードッグとマーモットの中間ぐらいと言ったところ。魔石を持つれっきとした魔物である。草原でも見かけたことがある。飲食店が並ぶ中心街でも見かけた。


なんとなく気になったのでほかにもいないかと探してみる。倉庫街のようなところでも発見する。数は少ないがいなくはないと言ったところか。数が少ないのは駆除されているからか? 不安要素はなくはないがこの種類のネズミに憑依ひょういすることにする。


これならば見つかったとしても大騒ぎになることはないだろう。駆除対象だったとしても逃げられなくはないだろう。俺はこのネズミを捕らえることにした。


夜になると城壁の中には入らず、ウサギに憑依して町から少し離れた草原にいく。周辺に人目がないことを確認して戦闘用の体に換える。魔力視をフル活用してネズミを探す。


しかし、いざ探してみるとなかなか見つからないのが世の常だ。夜明けがそろそろ気になってくるような時間になりようやく発見する。


土魔法を使いネズミの足下から土の触手を伸ばし絡め取る。ネズミは拘束を解こうと暴れるが絡みついた触手はそれを許さない。


俺は拘束されたネズミに近づき胸部に指先を当てるとそこから心臓に向けて電撃を放つ。少し毛が焦げたが損傷を軽微にとどめて仕留めることが出来た。手のひらから魔力触手を伸ばしネズミの魔石と接続する。


ウサギと結構似ているな。呼吸とかの生理機能の把握はすぐに出来た。運動機能に関してもそう難しくはなかった。


最初は体中の筋肉をピクピクと動かし随意運動を確かめる。小脳の機能と連動させバランス運動をさせ、なれてきたら走ったり跳んだりする。これなら大丈夫か。


だいぶなめらかに運動できるようになったら回復魔法を使い肉体を修復し、魔力の使用感を確かめる。身体強化もそれなりにできるな。魔力反応の小ささから憑依するのに多少不安があったがこれなら大丈夫そうだ。


問題はコアをどこにしまうかだ。ウサギのときと同様に腹腔ふくくうに入れるしかないのだがネズミの大きさではおなかがぽっこりしてしまう。


まあいいか。実際にやってみたら動きについては問題ない。おなかがぽっこりしたネズミもなかにはいるだろう。


ウサギに憑依し直して町に戻り、城壁の外の草むらで夜を待つ。夜になったら城壁を越えひとけのなさそうな場所を探す。そこに穴を掘り土の中で夜明けを待つ。夜明け前に土から抜け出しネズミに憑依して町中を探索する。


なるべく人目につかないように建物の影を移動していく。


しばらくすると日が少し高くなり起きだした人が木窓を開け始める。夜の町と違い窓を開けてくれるので建物の中まで確認できる。


人々の会話を聞き言語の参照データを増やしていく。しかし、あまりやり過ぎると見つかってしまいそうだ。


人々の暮らしや文化にも興味があるし常識は身につけなければならないが今は他に優先しなければならないことがある。俺は夜の探索で目星を付けていた建物をいくつか回りお目当ての施設を探り当てた。


俺が探していたのは葬儀屋である。葬儀施設ならば人間の遺体が必ず運ばれてくるだろう。その遺体を亜空間に入れて解析し、人体を作り出そうという腹づもりである。


最初に墓地を探したのだがここでは墓地を作る土地が限られているのか火葬にしてコンパクトに埋葬するらしい。遺体はなく遺灰のみであった。


その際魔石は遺族に渡されるのか灰を入れた壺には入っていなかった。遺体を焼却するなら煙突が必要だろうと思い町の中心から外れた丈夫な煙突がある建物を探したのだ。


というわけで中を物色する。残念ながら遺体はなかった。そううまく行くわけないか。これから何日もここに張り付かなければならないわけだがどうするか。


ネズミの肉体を使うなら当然食べ物を食べたり排泄するなどの生理活動を行わなければならない。睡眠をとる時間も必要だ。この場所にどれだけ張り付かなければならないのか?


肉体の維持をしながらそれを行うのは効率が悪いしリスクが高い。土人形をうまく使うのがいいだろう。


俺は部屋の中を見回してできるだけ人目を避けられる場所を探す。いろいろなものが置いてある棚が部屋のすみに置いてある。それなりに背の高い棚だ。最上段の奥の部分は通常なら死角になるだろう。周りを見回し誰もいないことを確かめる。


ミニサイズの土人形に体を変更し棚の側面を上っていく。棚板の奥の方で平べったく変形しなるべく人間の視界に入らないようにする。


この状態で遺体が運ばれてくるのを待つことにしよう。

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